天城院家 7
私にとって夜とは、朝と比べて比較的短く一瞬で過ぎゆくものを指す。遅くても夜10時には就寝しているので当然と言えば当然なのだが。
しかし今日の夜は長かった。
それはもう、本当に…。
ああ、お家に帰りたい。
◇
「うーん、清々しい朝ね。おはよう、夕…ってどうしたの夕。目の下にクマ出来てるけど」
「…おはよう、夜瑠。コレは寝れなかっただけだから気にしなくていい」
大きく伸びをして、起き上がる夜瑠に向かって淡々と答える。
そう、結局私は昨夜一睡もできなかった。
荒れ狂う常葉を止められなかったのだ。
いや、ね。何をしてもスルーしてくるし、朝日を差し出す以外に止める方法が思い浮かばない。
ちなみに常葉だが、彼女は今朝食の準備ができてるかの確認とやらで数分ほど前に席を外していた。
私と同じく一睡もしてないのに、疲れた様子は微塵もなかった。むしろ元気溌剌と言った感じだった。意味わからない。
「え、夕が寝れなかったとか何があったのよ。すっごいニュースじゃない。明日雪でも降るの?」
「お前は私のこと一体なんだと思ってるんだ」
「睡魔の奴隷」
「ふむ、あながち間違っていないな、九十点」
夜瑠の評価に大きく頷く。だって仕方ない。睡魔には逆らえないのだから。
「いや否定しておきましょうよ。にしても、気になりますね。どうして眠れなかったのですか?」
「あ、はは。私知ってるかも。あの後も続いてたんだね……」
少し前から意識が覚醒していたのか。布団で転がっていた朝日と真昼がまるで示し合わせていたかのようにほぼ同時に体を起こした。
いつの間にか寝ていた朝日とは違って、一番最後まで起きていた為、想像が容易に出来たのだろう。真昼は苦笑を浮かべる。
「あぁ。流石に夜通しはキツかった。帰ったら寝る。すぐ寝る。絶対寝る」
「一体何の話してるのよ。あ、まさか環境が変わったから寝れなかったとか? だから、夕の分もテディベア持って行こうとしてたのに」
「全然違うから安心してろ。そもそも私の部屋にテディベアは置いてない」
なんて他愛のない会話を続けていると、たーんと勢いよく襖が開いた。
「皆様おはようございます!!」
にこやかな表情で登場した常葉には、やはり疲れは見えない。本当に同じ人間なのだろうか……。
「おはよ常葉ちゃん。元気いっぱいだね」
「ええ。ユウダチウムを沢山摂取致しましたので」
「へ、へぇ。そっか。うんうん、ユウダチウムね……ユウダチウム?」
「ねぇ、夕。ユウダチウムって何?」
「知るわけないだろ。私が聞きたい」
「では説明いたしますわ。ユウダチウムとはですね、即ち夕立お姉様の成分のことです。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感のうち、どれか一つでも夕立お姉様から受けるものがあれば摂取することができます。効果としましては、摂取量にもよりますけど美肌効果は当然、凡ゆる疫病にも効き、更には長寿効果までありますわーーー」
「ごめん。やっぱ聞きたくない、黙ってくれ」
寝不足の頭にこの説明はキツい。まるで何を言ってるのか分からないし、理解できない。理解したくもない。
「夕ちゃんの成分、ですか」
「夕の成分……?」
真剣な表情で考察をする朝日と夜瑠。
多分考えても一生分からないと思います。
もし分かった場合は距離を改める必要があるのですぐに報告しなさい。
「今日は朝から賑やかだね」
「騒がしいの間違いだろ」
「でもたまにはこういう日があっても悪くはないよね」
「寝不足じゃなければな」
「あはは、夕ちゃん。結構機嫌悪かったりする?」
「…あ」
真昼の言葉に、私は即座に頭を下げた。
機嫌が悪いとは言え、人に当たるのは言語道断。最悪な振る舞いをしていた。
「ごめん。少し当たってた」
「気にしなくていいよ。寝不足だったら苛々するのも分かるし。それに、私たち姉妹でしょ?」
「うん、ありがと」
その時だった。
ぐぅ。と小さな音が鳴ったのは。
思わず音鳴る方を振り向いてしまう。
真っ赤な顔をして俯いているものだから、犯人はすぐに見つかった。
「……ち、朝食はまだなの?」
羞恥に震えながら紡がれた夜瑠の言葉に、常葉が笑顔で答える。
「朝食の準備は既に出来ておりますわ。いつでも来て大丈夫とのことでしたけど、もう向かわれます?」
「ぜ、是非ともお願いします……皆もそれでいい?」
「いいですよ」
「うん、大丈夫だよ」
「私もいいよ」
消え入りそうな声で訊ねる夜瑠に、異議を発するものはいなかった。




