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御曹司再び

「お願い、ゆう! 今日だけ私と入れ替わって!」

「は?」



 秋が深まり、日が短くなってきた十一月一週目の月曜日の朝。

 いつものように自室で制服に着替えていると、唐突に夜瑠が乗り込んで来て、そんなことを言ってきた。

 意味も分からず眉をひそめると同時に、勢いよく私の両手を握ってくる。


「夕にしか頼めないことなの! お願い!」

「はぁ…。とりあえず何があったか教えてくれ」


 頼み事をするならまずは理由を言ってくれ。滅多にワガママを言わない夜瑠の願いだ。大抵のことなら叶えてやるからさ。

 呆れながらにそう言うと、夜瑠は淡々と理由を語ってくれた。


「実は昨日、宵凪の奴に「明日の昼休憩の時間に話があるから外庭まで来てくれっ」て呼び出されていて……」

「あー、ごめん、ちょっと今日は私も用事があってー……」


 前言撤回。何でも聞いてあげる予定だったけど、流石にその願いは無理。

 桜小路家の御曹司様と話すなんて豆腐メンタルな私には不可能だ。


 遠足以来特に話していない筈なのに、苦手意識だけが勝手に芽生えてるほど関わりたく無い相手だ。


「叶えてくれるって言ったじゃない!」

「いやいやいやいや。私が宵凪よなぎと話したのはバスの時だけでそれ以外は全く会話してないからな。それに比べて夜瑠は同じクラスだしあれから結構話してるんだろ? すぐバレるって」


 すると何故か夜瑠は自慢気に鼻をフンと鳴らした。


「大丈夫よ。私もあの日以来会話してなかったから。誰ともね」


 ドヤ顔で言うことでは無いだろ。


 要するに友達ができてないってことか。


 積極的に交流しない私ですら数人はできているのに、遠足の時に感じていた予感は当たっていたのか……。


「あれ? じゃあなんで呼び出されたんだ? 遠足以降話していないんだろ?」

「知らないわよ! 私が聞きたいわ!」


 心底嫌そうな顔で吐き捨てる夜瑠。

 まさか恋をした、ってわけでもないだろうしな。

 流石に恋愛云々は小学一年生には早すぎるだろ。


 となれば、呼び出される原因は一体……?


「ま、私には関係ないことだから。頑張れよ夜瑠」


 面倒事だと分かった以上関わりを持ちたくない。ポンと夜瑠の頭に手を置いてそそくさに部屋から立ち去ろうと―――。


「逃がさないわよ、夕」


 ギリッと肩を強い握力で掴まれた。

 結構痛いんだが……。


「私じゃなくて朝日か真昼に頼んでくれよ」

「二人とも宵凪と話したことないじゃない。無理よ」

「じゃあ諦めて夜瑠が行くしかない。話は終わりだ」


 夜瑠の手を振り払って、今度こそ部屋から立ち去ろうとした時だった。


「夕、あなた一人でゴロゴロするのが好きなのよね」

「それが?」


 だからどうしたって言うんだ?

 そんなことを言う暇も与えてもらえず、夜瑠は続ける。


「もし、今日入れ替わってくれるなら、真昼や朝の誘いを少なくするのに力を貸してあげるわ」


 スッと手を差し出してくる。


「…………」


 一回の面倒事と幾回の安らぎの時間。

 天秤にかけた結果、安らぎの時間の方が遥かに重かった。


「……乗った」


 私は夜瑠の手をギュッと握り返した。







 夜瑠に入れ替わるのは非常に楽だった。

 なんせ友達がいないから、話しかけられることもなくボーッとしているだけで時間が過ぎていく。


 そんなものだから、あっという間に昼休憩の時間になった。



 白雪学院は給食制度がない。

 とか言って、公立高校みたいに弁当って訳でもない。

 学院内に巨大な食堂があり、そこでご飯を注文するのだ。馬鹿げた話だが現実である。


 私たち姉妹も普段はここを利用しているのだが、今日は違った。

 桜小路宵凪からの呼び出しがある為、食堂で呑気に飯なんて食べてたら時間がなくなってしまう。

 私は売店で、適当にパンを購入するとそのまま外庭に早足で向かった。


 ちなみに適当に取ったパンはフォアグラパンだった。


 絶対不味いだろこれ…。


 外庭に着くと、設置されているオープンテラスの一角に宵凪はいた。

 向こうもこちらに気づいたようで手招きをしてくる。何となく回れ右をしたい気分になったが、ここは我慢だ。


「こんにちは宵凪さん。さっそくですが本日はどのようなご用件で?」


 作り笑顔を貼り付け、無礼がないように軽く会釈。一気に本題へと歩を進める。


「あぁ。夜瑠さんこんにちは。今日はこれを渡したくてな」

「手紙……ですか?」


 宵凪に渡されたのは封筒だった。


「いや違う。我が家で行うクリスマスパーティーへの招待状だ。遠足の際、父に貴女と話したと言ったら是非渡してくれとせがまれてな。家族全員で参加して欲しいそうだ。すまないが来てくれると助かる。じゃあ確かに渡したからな」


 為すべきことはやったと満足そうな表情を作って去っていく宵凪。

 取り残された私の手元には一通の封筒とフォアグラパンだけが残っていて。


「面倒事がパワーアップした。……あっ、やっぱ不味いわコレ……」


 二重の意味でガクリと項垂れた。

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