初めての運動会
夏休みが閉幕し、二学期へと突入して早一月が経過した。ようやく、心の整理がつき俺から私へと変わってきた頃ごろ。
何か最近、奏時と姉妹達の視線が変だ。
具体的には夏休み最終日の夕飯時の頃からだろうか。
私を見ては頬を赤らめたり、ニヤニヤしたりしてくる。挙げ句、「あの時の夕ちゃんの幸せそうな表情をまた見たいなぁ」「今日はゴロゴロしないのかしら?」とかヒソヒソ言われる始末。
話の内容的に、もしや、もしかしてと思うが。
満喫してた姿を見られてた……とか?
鍵を閉めていたはずだから、見られることはない筈だが、発言的にも時期的にも被るんだよなぁ。
不思議に思いながら、教壇に立つ先生に意識を戻す。
本日の午後の授業はホームルームとなっていた。明日に迫った運動会の事前説明だ。
出る種目は三週間前に決めたので、今日は当日の流れの説明となる。
流石に一年生に複雑な説明は理解出来ないと考えたのだろう。大雑把に五分くらいで説明を終えると、後はひたすらに「優勝するぞ」コールでやる気を引き出させていた。
適当すぎるだろ、おい……。
◇
そんなこんなで始まりを迎えた運動会。
私が出場する種目は五十メートル走だ。
五十メートル走は四番目の種目なので、今行われている障害物競走が終わればいよいよ私の番だ。
先生に呼び出され、五十メートル走の準備列へと並ぶ。
見知った顔があった。どうやら向こうは私に気づいてないらしい。緊張した顔つきで、どこで教えてもらったのか何度も掌に人と言う文字を書いては呑み込んでいる。
「朝日!」
私が声をかけると、朝日はビクリと大きく体を揺すらせた。
そして、ぎこちない動きでこちらに焦点を向けてくる。
「え、あ……なんだ夕ちゃんか。驚かせないでよね」
「ごめんごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど…………。朝日って五十メートルじゃなかったよな? なんでここに並んでいるんだ?」
前に聞いたときには玉入れだったはずだ。
純粋に疑問に思って聞いてみると、朝日は軽く苦笑いをした。
「選手だった子が休みでね。クラスで一番速いからって理由で私が代わりに出ることになったの」
なるほど。そういう理由か。
血筋なのか、私達姉妹の運動神経はかなり良い。
と言っても「女子の中では」の話だが、小学一年生では男子も女子もスペックに大差がないので、男子ではなく女子の朝日が選ばれたとしてもおかしくはなかった。
「そっか。だが、まぁ悪いけど勝たせてもらうからな。一着はこの私がもらう」
「いーだ! ぜったい負けないから! ぜったいぜったい勝つ!」
ニヤリと挑戦的に笑うと、予想通り朝日が突っかかってきた。
習い事で知ったのだが、朝日は勝負への執着がなさそうに見えて実は極度の負けず嫌いなのだ。なのでこう言ってやれば乗ってくると思っていた。
ビシッと効果音が鳴りそうなほどの勢いで私を指差してくる。
その目には先程までの緊張は映っていない。
上手く緊張を解してあげることに成功したようだ。
だが悪いな朝日。勝つのは私だ。大人気ないと叫ぶが良い。
朝日はまだ知らないだろうが、短距離走に特化した姿勢がある。
見せてやろう、クラウチングスタートを!
「やったあぁぁぁあ!! 私の勝ち!」
勝負は朝日の勝ちだった。
接戦だったのだが、ハナ差で負けてしまった。
自分の体も小学生とは言え、ガチで走ったのにも関わらず小学生に負けたことに、ちょっぴり涙が出そうだった。
「夕ちゃんの敗因は変な体勢で走り始めたことだよ」
「くっ、あれはクラウチングスタートと言って正式な名称があってだな……」
「それで思いっきりバランス崩してたじゃん。失敗だよ失敗」
「はぁ……慣れてないことはするもんじゃないな」
走り終え、朝日と雑談をしながら戻ってくると真昼と何故か夜瑠がいて、双方膨れっ面をしていた。
「夕ちゃん! 来年は一緒にわたしも走るからね!」
「私もよ、顔洗って待ってなさい」
何かと思えば、私と朝日が走っていたのを見て嫉妬したらしい、そんなことを宣言してきた。
夜瑠に至ってば洗顔を勧めてきた。ちょっと何言ってるかわからない。
だけどなぁ…。
夜瑠はともかく同じクラスの真昼が一緒に走るのは無理だよな…。
「……まーちゃんは同じクラスだし無理じゃないかな?」
雰囲気的に気まずくて中々言い出せずにいると、朝日が私の気持ちをほぼそのまま代弁してくれた。
「そうだった。うう……朝ちゃんのいじわる…………」
目に見えて落ち込む真昼。何か気の毒になってきたので、助け船を入れる。
「ま、まぁ、落ち着け真昼。確かに私たちは同じクラスだから対立はできない。だけど協力はできる。二人で朝日と夜瑠を倒していこう、な?」
「……! うん! そうだよね!」
真昼は、パアッと花開くような笑みを浮かべた。
これで一件落着。
と思いきや、代わりに朝日と夜瑠が落ち込んでいく。どうやら協力できないのが辛いらしい。
いや、これどうすれば終着するんだ……。
頭を抱えたくなった。
これが後に白雪学院名物とも呼ばれる四つ子走の始まりだった。
「いや、なんでみんな僕の応援してくれないのさ……」
ワイワイキャイキャイしている姉妹を横目に一人佇む奏時。誰か一人でも良い。
ーー僕を見てくれ……。
そんな彼の思いとは裏腹に、無慈悲に彼が出場する百メートル走の開始を告げるホイッスルが鳴った。




