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最後の……

「……まだ心配だけど、一応終わりにするわ」

「はい。ありがとうございます」

「次、「俺」なんて言葉を使ったら今度はお父さんにも伝えますからね?」

「分かってます。もう使いません」



 ようやく矯正が終了したのは夏休みの最後の日だった。

 今年の夏休みは例年よりやけに長く感じた。間違いなく矯正があったからだろう。


 決意した日から結構経つのに未だに「私」に慣れず「俺」を使ってるし、全然ゴロゴロできなかったし、色々と悩んだこともあったし、ホント踏んだり蹴ったりの夏休みだった。


 まぁ、まだ完全には終わってはいないけどな。


 今は正午を少し過ぎた辺り。夏休みが完全に終了するまであと半日近くある。

 今日は習い事もないし、明日の準備は事前に済ませてある。


 となればやることは一つしかない。全力でゴロゴロしよう!

 例え姉妹達が遊びに誘ってきても、例え奏時がフラりフラりと放浪してきても、例え両親がやって来ても、誰が来ても今日ばかりは本気でスルーしてやる。

 最後の半日ぐらいゴロゴロさせてくれ。



 そんな堅い思いを抱いて自室に辿り着いた俺は、まず部屋の中に誰か潜んでいないかを確認し、居ないことが分かると即扉の鍵をかけた。


 これでもうこの部屋には誰も入ってこれない。ここは夢の楽園となったのだ!


 迷いなくベッドへと飛び込む。

 ベッドはフカフカでモフモフで俺を優しく迎え入れてくれた。いやもうマジ聖地。

 一応、騒音対策としてノイズキャンセリングのヘッドホンを装着して、と。

 

 準備が整ったところで、いざゴロゴロタイム。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……。

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……。


 特に何もすることなんてない。ベッドの上で転がり続けるだけ。

 だが、それが幸せなのだ。

 「何もしない」ことが俺はもう社畜ではないと実感を強く与えてくれる。この解放感。幸せと呼ばずになんと呼べと?


 嗚呼、幸せ……。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「あれ鍵……閉まってるわね」

「夕ちゃんー?」

「今日は中々出てこないね~」


 いつも通り朝ちゃんと夜瑠ちゃんとわたしは夕ちゃんの部屋に突撃した、のですが。

 いつも通りならすぐに出てくれる夕ちゃんは、今日はいつまで経っても鍵を閉めたまま出てきてくれませんでした。

 どれだけ呼び掛けても無反応です。

 

「もしかしてお昼寝してるのかな」

「うーん。そうかも」

「最後の日にお昼寝なんてもったいないなぁ……」


 朝ちゃんが呟きました。

 そうです。夏休み最後の日なのにお昼寝なんてことに時間を使うのは勿体ないことです。きっと夕ちゃんも起きた時、過ぎていった時間を知って悲しむに違いありません。

 

 どうにかして起こしてあげなければ……。


「おい三人とも、何してるんだ?」

「「「!!!」」」


 声は届かない。鍵がかかっているので部屋にも入れない。

 どうしたものかと三人で考えていると、奏時お兄ちゃんがこっちへ歩いてきました。


 奏時お兄ちゃんは、夕ちゃんと比べると少し情けないけど……頭も良くて運動もできる格好良いお兄ちゃんです。

 わたしたちには思い付かないことも、奏時お兄ちゃんなら思い付くことができるかもしれません。

 

「……ふーん。僕も夕立に用があったからな。ちょっと待っててくれ」


 経緯を話すと、奏時お兄ちゃんはそう言って廊下を走り去っていきました。


 それから少し経って戻ってきた奏時お兄ちゃんの手には鍵が握られていました。


「それはなに?」

「マスターキー。この家の扉ならこれで全部開けられるんだ。父さんの部屋からこっそり借りてきた」


 そう言うと、奏時お兄ちゃんは鍵穴に向かってマスターキーを差し込みました。

 そのままクルリと回すと、ガチャリと音がしました。

 鍵を開けることができたようです。


 これで、夕ちゃんを悲しませずにすむ!


 そう思ってわたしたちは扉を開けました。




 予想していた通り、夕ちゃんはベッドの上にいました。

 しかし、眠ってはいませんでした。

 見たことの無いような幸せそうな顔でゴロゴロしてました。いつもクールな夕ちゃんからは想像できないその蕩けたような表情はとても可愛くて思わずドキッとしてしまいました。

 ヘッドホンを付けて目を瞑っているからか、夕ちゃんがこちらに気づいた様子はありません。


 声をかけるか迷いはましたが、結局そっと扉を閉めました。

 ゴロゴロすることの何が楽しいのかは分かりませんが、本人が幸せそうだったので、邪魔をしたら悪いと思ったからです。



 しかし、夕ちゃん抜きにしても三人ですと遊ぶ内容に限りが出てきます。やっぱり平等にチームが組める四人じゃないと。

 だからわたしは、奏時お兄ちゃんを遊びに誘おうと声をかけ―――。


「くうう……可愛すぎるだろ…………くっ、落ち着け僕の心臓……夕立は家族……妹だ…………だから落ち着くんだ!!」


 顔を真っ赤にして項垂れる奏時お兄ちゃん。

 呟いている言葉の意味は分かりませんが、どうやら自分のことで精一杯なようです。


 仕方がないので三人で遊ぶことにしました。


 ……やっぱり四人じゃないと、夕ちゃんがいないとあまり楽しくありませんでした。


 来年は最終日も四人で遊べるといいなぁ……。

 切実に思いました。

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