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僕の妹

 ふふふ。皆様ごきげんよう。私は西四辻夕立でございますわ。






 なんて冗談はさておき。



 母による一人称の矯正が始まって数週間が経った。

 矯正が始まってからは一人称をずっと「私」で統一しているのだが、今まで親に「俺」を隠していた件もあり上辺だけだと思われているのか、矯正は中々終わらなかった。



 信用がない。とても悲しい。

 まぁ、母が警戒してる通り上辺だけなんだけどな。



 確かに今の俺の性別は女だ。

 でも、前世の記憶を引き継いだ俺には男だった時の記憶がバッチリと残っている。それは二十数年と、女として生きてきた今世よりも遥かに長い。


 だから、俺が本心から女として生きるなんて無理があることで…………。


 …なんて言い訳に過ぎない。


 本当は、ただ怖いだけなんだって気付いている。

 女だと認めたら、男としての自分が消えてしまうのではないか、と怯えているのだ。


 情けないなぁ……。


 心なしか転生してから心が弱くなった気がする。


 心と身体は互いに影響し合うなんてどこかで聞いた話だが、存外正しいのかもしれないなんて思ったりした。




「はぁ……」


 本日の矯正タイムが終わり、部屋に戻ってきた俺はベッドに仰向けで寝転がるや否や嘆息した。


 ふと、目の端に映る自身の髪を手に取ってみる。

 艶々としていて触り心地が良い。俗に言う、女の子らしい髪質だ。

 

 ため息しか出てこない。


「本当にどうしたらいいんだろうか…」


 自問するが答えは分かっている。今は女なのだから女らしくするべきだろう。

 分かっているのだが、行動に移せない。


 いつからこんなに臆病になってしまったのだろうか。


 幾度目かの溜め息を吐いていると、コンコンと優しく扉がノックされた。


「どうーー」


 どうぞと言いかけて言葉を止める。


 扉の外から騒がしい声は聞こえてこないことからノックの主は姉妹達ではない可能性が高い。

 となれば、両親かもしれない。


 ベッドに転がったまま入室許可を出したら……また怒られそうだ。


 俺は慌ててベッドから飛び降りた。


「ど、どうぞ」

「入るぞ」

「なんだ……奏時だったのか。ベッドから降りて損した」


 入ってきたのは奏時だった。

 奏時は俺の言葉に一瞬眉をひそめたが、気にしないことにしたようで小さく咳払いをすると話を切り出してきた。


「夕立。お前どうしたんだ? この頃元気がないみたいだが」

「そうか? 気のせいじゃないか?」

「そんなわけがないだろ! ……矯正が辛いのか?」


 すっとぼけてみたら、強い口調で言い返された。

 どうやら確信を持ってここに来たみたいだ。

 とぼけてやり過ごすのは無理そうだな。


「別に矯正が辛いわけじゃない」

「そうか、じゃあ何があったんだ?」


 そう言って、奏時は俺の目を真っ正面から見つめてきた。


 奏時はまだ小学三年生だ。

 なのに、その目には強い力が灯っていた。


 普段は頼りないのに、こういう時はちゃんとお兄ちゃんやってんだな。


「なぁ……奏時。俺は……私になっても変わらないのかな……。変わらず、今までと同じように過ごしていけるのかな……」


 話す気が無かったのに、気がつけばそんな言葉がペラペラと口から紡がれていた。

 って、十歳にも満たない相手に何を話してんだ……俺。

 慌てて前言撤回しようとするが、その前に奏時が口を開いた。


「人の本質はそう簡単には変わらないから大丈夫だ。心配するな。一人称が変わっても夕立は夕立。僕の妹だ」


 そう言ってポンポンと頭を撫でられた。

 一瞬ポカンとしてしまった。アホ面をしていたんだと思う。


 まさか、小学生に慰められるとは…………!!?


 本質は変わらない、か。確かにそうだ。そもそもの話、一人称を変えたぐらいで変わるようなら、女に転生した時点で既にアウトだよな。


 何で俺はそんなちっぽけなことに怯えていたんだろう。


 徐々に笑いが込み上げてきた。


「もう大丈夫そうだな。では僕は部屋に戻るよ」

「悪い。ありがとう。……お兄ちゃん」

「!? ちょっ!? 夕立、今なんて―――」


 バタン。ガチャリ。

 騒がしい奏時を無視して扉を閉める。


「ふー……。よし!」



 脳内に響くのは先程の奏時の一言。

 『僕の妹』


 すぐに変えるのは無理かもしれない。

 だけど、少しずつ変えていこうとは思った。


 今の俺は森島夕輝ではないのだから。

 西四辻奏時の妹である西四辻夕立なのだから。


 この日俺は私になる決意をした。
















「あー……夕立に初めてお兄ちゃんって言われた……。やばい何かヤバい……感動する……。泣きそう……」


 一方その頃、奏時は自分のベッドで身悶えていた。

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