三月の雨
期待せずに読んでください。
学生時代が過去になり、冬から春へと変わっていく三月。
晴れが続いていたのに、突然の雷雨になり、僕はびしょ濡れで歩く街の人を眺めていた。
僕は仕事の現場からの帰り、渋滞する車でラジオを聞きながらボーっとしていた。
駅前にさしかかり、信号の一番前で渋滞も抜けれようかという時、見たことのある姿を見た。
肩幅は小さく、制服のスカートを少し短めにし、肩まである髪を少し明るくしている少女。
いつも見ているはずのその姿は、儚く、触れてしまえば壊れてしまうように思えた。
その少女は傘をささず横断歩道の真ん中で空を仰いでいた。
少女は僕が勤める会社の社長のお孫さんで、専務がお父さん。
土曜日には雑用で会社のアルバイトに来ていた。
会社はいわゆる中小企業で、社員は僕を除けば家族経営になっている。
なので人手は少なく、雑用は主に一番下っ端の僕がすることが多く、少女がアルバイトに来てくれる土曜日には話す機会が多かった。
話すことはほとんど仕事のことばかりだったが、僕が元カノにふられた時には、僕の様子があからさまにおかしかったらしく、心配されて励まされてしまった。
その翌週にはこんなこともあった。
「近所に水族館ができたらしいねんけど行った?」
「なんで女子高生が、できたらしい、なん?
そこは彼氏とか友達と行ってきた、でええんちゃうん?」
「彼氏なんかおらんわ。その友達がな、彼氏と行ったらしいねん。
話には聞いてたけど行くとなんだかんだで出費がかさなりそうやから行ってへんねん。」
「んじゃ、一緒にいこっか!な〜んてな…」
「ほんまに‼︎やった!おじーちゃんに言うてくる〜!」
「は⁈ちょっと待て…」
「おじーちゃん!明日、水族館連れて行ってもらってくるわ!
ん?
おとん、どうしたん?変な顔して?」
「いやまってください専務!ノリとかでポロっと口からこぼれたんですよ!
社長はなんでそんな楽しそうなんですか!
ジョークですよ!ジョーク!」
「…なに?いいかげんな気持ちでウチのこと誘ったん?
うわ〜、めっちゃショック…。
きっと帰りに変なことして捨てるつもりやったんやろ。
ウチ泣きそう。」
「そんなことせんわ!
かるいノリで誘ったのはそうかもしれんけど、誰が捨てて帰るか!
…ちょっとまってください専務。
ほんまにいいかげんなことはしませんて。
夕飯までには送り届けますから!
って、行くの決定ですか?」
「え〜、ディナーなしなん…。
初めての彼氏とのデートが夕方までとか、さびしいわー。
おとん、ファミレスくらいやったらええやろ?」
「誰が彼氏やねん!
ちょっとまってください専務!まだ付き合ってませんから!
社長もなに孫にお小遣いあげようとしてるんですか!
わかりましたから僕の話も聞いてくださいよ!
お願いします!専務〜!」
少女のペースに僕はのみこまれ、あげく会社ごと巻きこんでしまいそうな、こんなことがあり、僕たちは初めてのデートをすることになった。
そして、失恋したことも忘れ、僕は少女のことを想うようになってしまった。
自分でも単純だと思う。
でも、失恋から早く立ち直れたのは間違いなく少女のおかげなので、いま思うと本当にありがたかった。
空を仰ぎ、雨に打たれる少女を見つけてそんなことを思い出した。
しかしハッとして、そんなことに気をとられている場合じゃないと車を降りた。
急いで少女のもとまで行き、肩をたたいた。
「どうした?
帰ろ?」
少女は虚空を見るように僕を見て、目を細めた。
僕はその目に心を奪われそうになったが、少女の手を引き、急いで車に戻った。
信号はもう青だった。
「うちのこと好き?」
唐突な言葉だった。
はっきり言わずだったかなと思い、
「うん、好き。おまえが好き。」
と、強めに応えてみせた。
「えへへ〜、好き言われてもうた〜。」
なにやらクネクネしながらニヤついている。
喜んでもらえたのだろうか、ならいいが。
僕は車を一旦コンビニに止めて、カバンからタオルをだした。
「これで髪ふいて。
一応洗濯はしてあるから。
でも着替えないな…とりあえず上着はぬいで、このジャケット着といて。」
そう言って、会社のジャケットを渡す。
「あったかいの買ってくるけど何がいい?」
「ちょっとまって、うちも行く。」
上着をジャケットに変えて、コンビニへ入る。
すると少女はうでをからませてきた。
「え…、!なに!ドッキリ!?」
「ちゃうわアホ。恋人同士っぽいやろ?」
そう言って少女は笑顔を見せた。
「どれにする?コーヒー飲めた?」
「どうせやったら、これがいいな。」
少女は中華まんを指差した。
さっき見せた、信号での姿。
雨に濡れて、いまにも壊れてしまいそうな、そんな影は今は見られない。
食欲はないよりあるほうがいい。
そう言って僕の分と合わせて2つ買い、ついでにカフェオレも2つ買ってコンビニをでた。
とりあえず中華まんを食べながら車を走らせて、二人とも食べ終わってから声をかけた。
「なんかあった?」
「うん。聞いてくれる?」
最近ずっと具合が悪かったこと。
先週病院に行ったこと。
今日、検査の結果を聞いたこと。
聞いてから、お母さんとはぐれてしまったこと。
記憶があいまいなこと。
「最悪な、死んでまうねんて、うち。」
僕はどう答えればいいか悩んだ。
それから、車を止めて、まず専務に電話した。
やはりというか、会社では少女が行方知れずになっていまったことで、動揺がはしり、警察に届けようかというところにまで話が進みかけていたらしい。
とりあえず、少女は無事なこと、話を聞いたことなど報告して電話をきった。
「みんな心配しとったぞ。」
「そっか、心配してくれるんや。」
そう言って少女は涙をこぼした。
「うちまだ死にたない。
みんなと一緒にいたい。
あんたとずっと一緒にいたい。」
泣きながら、少女は僕の肩に顔をうずめた。
ぼくは何を答えればいいのかわからないまま、でも言わないと後悔するかもしれないと、
「結婚しよう。」
、と言った。
少女は泣きながら、
「でも、うち死んでまうかもしれへんねんで?
いいの?」
「ぼくの嫁は、おまえ一人や。
それに絶対死なせん。
どんな手使っても、おまえを助ける。」
自分でも何を言っているのかわからなかった。
でも、とにかく少女を自分のものにしてしまいたかったのだと思う。
そして少女は声をあげて泣きだした。
後日談
少女の病気は手術で摘出すれば治るものだった。
ただ、これからもずっと検査は受けなくてはならないが。
「おかえり〜。
今夜はカレーにしてみました!
なんとカツカレー!」
「いや、ちょっと待って…
昨日もカレーやった気がする」
「うん、だから今夜はカツカレー!」
少女はぼくの嫁になった。
勢いに任せて、強引にぼくは少女を嫁にした。
夕飯はカレーが続くこともあるけれど、嫁は毎日、夕飯を作って家で待っていてくれる。
ぼくはそれが幸せでしかたなかった。
毎日交わす、言葉。
ぼく達の背後には、常に闇がある。
でも、今は幸せという言葉しか必要ない。
いつか闇がくるかもしれない。
でも今は、この愛の言葉を交わそう。
「うちな、あんたが大好きやで。」
「ぼくは、おまえがめっちゃ好きやで。」
終。
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