4.絆を結ぶ回
「さあ、出発してくれフランチェスカ!」
「ふぁ、ふぁい!」
舌足らずな声が青空に響き、幼女の御する運搬用の馬車はゆるゆると走り出した。
幌の中、俺とブルースは向かい合って座っている。魔王を倒す姫騎士ご一行とは言え、俺達はお忍びの道中だ。俺は身軽な木綿の服、ブルースは一見粗悪な皮(の下にミスリルが仕込んである)の鎧を着込んでいる。そして、だぼだぼのローブを着た宮廷魔道士であるフランチェスカ(9さい)が、この馬車を動かしていた(がんばれ、がんばれ)。なるほど、こう見れば冒険者の一行、と言った具合に見えるのだろう。
「ケイタ、少し遠回りになるが、すまないな」
「いや、別に良いけど」
城を出発した馬車はがたがたと揺れながら、長閑な街道を走っていた。
そう、俺達は魔王退治に向かわねばいけない。だから、これから向かわなきゃいけないのは、北の大剣山にある魔王城のはずだ。
しかし、現在この馬車の行き先は、幼女魔道士フランチェスカの故郷のウェストリー湖畔。湖があるのは、南の森を越えた所だ。つまり、俺たちの行くべき場所とは真逆の方角だった。
「まず、フランチェスカを親元へ送り届けよう」と言いだしたのは、ブルースだった。他の3人の魔道士の幼女は実家が近くにあるのだが、フランチェスカと呼ばれる、眠たげな目と、羊のようにカールしたブラウンの髪が特徴的な幼女の実家は、馬車で半日かかるほど遠くにあるのだと言う。
ああ、なんて心優しい姫騎士様なのだろう。幼女のために、魔王征伐を後回しにして、わざわざ遠回りをしてくれるだなんて。
「……なあ、ブルース? 聞きたいことあるんだが、良いか?」
「ああ、私と君とはもはや一心同体さ。好きなことを聞きたまえ」
ブルースは、身なりこそ平凡な冒険者風だが、イケメンオーラはダダ漏れにしたまま微笑む。
そうか、好きなこと聞いて良いんだな。
「お前、ロリコンなのか」
「ぶっ!!」
あ、吹き出した。
「な、な、なァーにを言ってるんだ君はァー!? わ、わ、私がペドフィリアの小児性愛者の訳が、な、な、ないだろう!」
「しーっ、声がでかいって!」
声を裏返して立ち上がるブルースの口を思わず塞いでしまう。そこまで言ってないだろ。ペドフィリアだの、小児性愛者だの、御年9歳のフランチェスカが耳にして良い単語ではない。聞かれてないだろうな、と思って暗幕の向こう側を気にしてみるが、幼女の拙い感じの鼻歌が聞こえてくるばかりだ。なんだか、警戒心とか持ち合わせてなさそうな子だし、きっと大丈夫だろう。
さて、ブルースは顔を真っ赤にして、涙目で震えていた。大丈夫かこいつ。数秒前までのイケメン姫騎士は見る影もない。
……やれやれ、口から手を離してやると、ブルースは頭を抱えて蹲るのだった。
「にゃ、にゃんで、バレたんだっ……? わ、私が、幼女にしか興奮しないことが、にゃんで……!」
「今朝のやりとりを見たら、疑わない方がおかしいだろ。ステルスロリコンでいたいなら、もっと情動を抑えろよ」
「うぅぅ……! ふぐぅぅぅ……!!」
ブルースは、頓狂な鳴き声をあげるのだった。溜息をつく。
思えば、俺この世界に召喚されてすぐも、そんな感じだったな。
確か、俺に挨拶をするやいなや、倒れてた少女達の介抱をてきぱきと指示していた。あれは、国民を心配する姫騎士の姿ではなく、単純に幼女を慈しみたいロリコンの姿だったのだろう。難儀な話だ。分からないではないけれど。
「ケ、ケイタあっ! まさかお前、この事を誰かに言ったりしないだろうな……!? そんなことをされたら、私は、私は、ケ、ケ、ケイタの首をかっ切って、魔獣に殺されたと偽装して……!」
「わー待て待て! 急に物騒なこと言うなよ!? そんなことしねーってば!」
「で、でもだなぁ!?」
ブルースは最早、イケメンオーラは皆無。目の前にいるのは、ただの情けない王子様崩れと言ったところだった。……はあ。しょうがない。爪を噛み噛み震えているこの哀れな姫騎士様を安心させてやらねば、ならない。
「大丈夫だブルース。俺は、お前の味方だ」
「ど、どう言う事だ……?」
俺は笑う。
大胆不敵に、傲岸不遜に。
今まで誰にも打ち明けた事のない事実を、俺は口にする。
「俺も同じ穴の狢なんだよ。お前と同じ十字架を背負った、信念を持ったロリコンだ」
そうだ。ロリコン同士は、惹かれあう。
幼稚園の送迎バスの停車位置の傍に、駐車する者。
図書館の絵本コーナーのすぐ傍で、読書する者。
小学校の近くに、引っ越す者。
ロリコンの考えることは、大体同じなのだ。
みんな、同じ星に生まれた、ロリコンという仲間なのだ。
「だから安心しろ。ロリコンは、ロリコンを裏切らない。フランチェスカを、家に送り届けてやろうぜ。俺にとっても、そっちが最優先だ」正直、魔王はどうでもいい。
「ケイタ……」
閉鎖された馬車の中、ブルースはすとんと腰を下ろして、毒気を抜かれた表情で、俺の顔をじっと見ていた。
やがて、ブルースはぐしぐしと鼻を擦って、「すまない、どうかしていた」と呟く。
しばし、沈黙が流れる。
頬を紅潮させて、涙の浮かぶ目尻を擦るブルース。綺麗なブロンドの髪の毛を、ぐしゃりと鷲掴む仕草。
あれ、おかしいな。ただのイケメン姫騎士のはずなのに、そんでもってロリコンという変態淑女のはずなのに。
俺は、幼女しか愛せない身体のはずなのに。
何だか、そんなしおらしいブルースのことが、可愛――。
「ブルースさまぁ、関所に着きましたよー。お手形をお借りしてもよろしいですかあ? ……ブルースさまー?」
「あ、ああ! すまない! 今行くよ!」
フランチェスカの長閑な声を聞いて、ブルースは慌てて立ち上がる。
お、俺は、今何を考えてたんだ?
そんな俺の戸惑いを他所に、ブルースは明るい顔で笑っていた。
ロリコンバレして、辛いだろうに。だが、俺たちロリコンは幼女の前ではそんな様子を見せる訳にはいかないのだ。いつ如何なる時も、頼りがいのある大人でいなければいけない。
やれやれ。満足の溜息をつく。
俺は、鞄の中から書類を持って御者台の方へと向かっていくブルースの後ろ姿を見ながら、「変な奴だけど、もしかすると上手くやっていけるかもしれないな」なんて、思っていた。