3.不安が的中する回
「お兄たん、起きてぇ」
耳元で聞こえるのは、舌足らずな幼女の声。
人の重さにしては軽すぎる重み。
愛おしく、愛らしく、愛でたくなる、小さな天使。
爽やかな朝だった。チチチ、と外で小鳥の鳴き声がする。
ぐいぐいと布団を剥ごうとする小さくて幸せな侵略者は、業を煮やしたのかぺちぺちと俺の頬を叩く。嬉しい。小さな掌だ。この感触を永遠にしたい。
俺が「あと5分」と駄々をこねると、「駄目だよぅ、お兄たん起きてよぅ」と幼女も焦れる。ああ、最高だぜ幼女沼。
「じゃあ、しょうがないなー、お兄たんはあ。もー、いい加減に起きないとねー」
「起きないと……?」
「目覚めのキッスをお見舞いしてしまうぞっ、お寝坊の眠り姫さん☆」
☆
キャーッ!と、女のような悲鳴が城内に響く。いや、自分からこんな情けない声が出るなんて生まれて初めて知った。知りたくなかった。
俺は恐怖の余りベッドから転がり落ちてしまう。そんな俺の顔を、ブルースは心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫かい、悪い夢でも見たのか?」
「お前が悪い夢だよ! 語尾に☆までつけやがって! 心臓止まるわ!」
「あぁ、すまない。気をつけてないと自然に語尾に☆がついてしまうんだ」
「特異体質が過ぎる! イケメンってそういうものなのか!?」
「ハッハッハッ。もう朝ご飯だよ。出発は早めの方が良いからね、食堂で待っているよ!」
高笑いをして、ブルースは出て行ってしまった。
マジで、マジで何なんだこいつ。
折角幼女と最高のシチュエーションで戯れる夢を見ていたというのに、後半数秒で完全に悪夢に変えられてしまった。
ああ、最悪なり異世界転生!
☆
食堂に辿り着くと、ブルースと王様が座っていた。いや、て言うか俺、王様を待たせてたのかよ。とは言え、王様にはそんなに威厳がないので、あんまし気にならないな。
「ども、遅くなりまして……」
「おはよう、ケイタ! さあ、父上」
「う、うむ。えー、いただきます」
「いただきます」
俺達は手を合わせて、朝ご飯を食べ始める。
目玉焼きに、ベーコン、サラダにパンが並んでいる。悪くない。
「で、父上。私が旅に出た後のことなんだが……フランチェスカ達に一月ほど休暇をやってくれないか。昨日の召喚で、随分魔力を消耗しているようだし、そろそろ里帰りしたい頃だろう」
「う、うむ、分かった」
ブルースは綺麗な姿勢でベーコンを切り分けている。青い瞳、金色のさらさらしたショートカット。どこからどう見ても異国の王子様にしか見えないが、彼女はこの国の姫騎士なのだという。
フランチェスカというのは、昨日、俺を召喚してくれた宮廷魔道士の幼女の内の一人だろう。ちなみに、俺はこの世界に召喚してくれた彼女らを心の中でママと呼んでいる。
「フランチェスカ達の里帰りにあたって、国庫から10万ゴールドずつ与えよう。いや、足りないかな。うん、20万ゴールドが妥当だろう。それだけあれば、彼女らの親孝行になるはずだ」
「ふ、ふむ、20万ゴールド……」
「足りないか?」
「いや! いや! 父はちょうど良いと思うのじゃ!」
ブルースは満足そうに微笑むと、パンをちぎるのだった。幼女に大金を持たせてやるなんて、ブルースはとても心優しい王子様なんだな。お、目玉焼きが半熟だ。嬉しい。
「それと父上、確かフランチェスカの妹が先月生まれただろう。少し遠回りになるが、魔王退治のついでに会いに行くよ。きっと、フランチェスカに似て可愛らしいんだろうね。ああ、楽しみだなあ」
「う、うむ。気をつけてな」
……ん? 何か変な予感が……いや、ははは。大丈夫。きっと勘違いだ。勘違いだろう。
パンも、うん、美味そうだ。きっと良いパンをなのだろう。お、バターロールだ。柔らかくて美味しいな。
「それと父上。先日申し上げた、税金の引き下げについての件だ」
「あ、あぁー……あ、あれじゃな?」
「0歳から12歳までの少女のいる家庭は非課税、と言うことだったが、加えて、還付金として5万ゴールドを配布するというのはどうだろう?」
「う、うむ。検討しとく。検討しとくぞ娘よ」
……あれ?
「それとだ父上。『少女憐れみの令』の発布はまだなのか。先日、文書に纏めて提出しただろう。幼い少女を慈しみ、愛護し、歓待し、慈しみ、愛し、守り、愛し、愛する法律だ。私が旅に出るまでに何とか形にしたかったが……父上? どうして目を背けておられるんだ? もしや、ご気分でも優れないのか? 父上? 父上?」
ブルースは不思議そうに王様の顔を覗き込む。王様はと言うと、完全にドン引きの様子で、伏し目がちにパンをもしゃもしゃ食べていた。
あ、分かった。
こいつ。
こいつ……。
俺以上のロリコンだぁー!