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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

イルチアロチタライ

作者: 壱宮凪

 








 綿雪舞う薄ら闇の中願った事を覚えているか。

 あの慟哭の代償をお前は覚えているか?










 朝、目が覚めると太一はカーテンを開けた。それは彼の約二年前からの日課だ。

 太陽が肌に射し熱を感じるのが好きだった。朝方の陽光は日中の苛烈さとは違い柔らかく身体を撫でる。

 階下から両親の活動する生活音が聞こえて太一は朝の支度を始めた。


「あら、おはよう」

 自室から降りてきた息子に母親は笑みを向けた。手元では朝食の味噌汁鍋がふぅわりと湯気を吐いている。

 対面キッチンから続くダイニングではすでに朝食の準備がしてあって太一はコーヒーを口に運びながら新聞を読んでいる父親の正面に座った。

 父が太一に一瞥を投げると新聞を折りたたみポケットに手を入れた。太一は無言でうなずく。キッチンでは母親が忙しなく朝食の準備に追われている。太一は母親を呼んだ。

「母さん」

「んー? なあに、お弁当ならそこに……」

「母さん」

 もう一度、語気を強めて呼ぶと母は朝食を乗せた盆を持ちながら「はいはい」と少し苛立ち気にキッチンから顔を出した。

「今やってるでしょ、ちょっと手伝ってくれたって」

 口を尖らせた母親はそこで言葉を失った。ダイニングテーブルの上、自分がいつも座る席に綺麗にラッピングされた包装箱が置いてあったからだ。

 彼女は驚きつつ持っていた盆をテーブルの上に乗せると息子の顔を呆けたように見つめた。

 太一は少し照れくさそうに肩を竦めると受け取るように顎をしゃくった。

「ちょっ……なぁに? これ」

「いいから開けてみてよ」

 母親はどこか夢見心地のように椅子に座ると丁寧に箱の包装解き、息を飲んだ。

 出てきたのは真珠を百合模様にあしらったバレッタだった。

「……これ、どうしたの?」

「何言ってんだよ」

 太一はぶっきらぼうに笑った。

「今日誕生日だろ」

 太一の言葉に母は「あっ」と声を零した。呆けたままバレッタを見つける母に父が咳払いをした。

「つけてみたらどうだ」

「え? でも」

「いいから」

 太一が急かすと渋る母は少しはにかみながら一つに結んでいた髪のゴムを外しバレッタで緩く留め直した。

 ()()(たま)の天の川に百合が輝く

「どう?」

「いいんじゃない?」

 おくれ毛を気にして髪の付け根を抑える母に太一は悪戯っぽく笑うと父親の方をちらりと見て冷やかした。

「それ親父が選んで買ってきたんだよ」

「おい!!」

 椅子をひっくり返す勢いで父親が腰を浮かした。浅黒に乾いた肌が見たことの無い色に染まっていて太一は声を出して笑った。

 父は息子を睨んだ。父親の羞恥を孕んだ凄まじい怒気に太一は「やば」と舌を出し置きっぱなしになっていた朝食を口に掻っ込んだ。

 それでも、父親の反応が面白くてたまらないのか肩を震わせて食事をする。

 息子に舌打ちをした父は改まって咳払いをすると新聞を拡げ蚊の鳴くような声で言った。

「今夜、それ付けてどこか食いにいくぞ……」

 太一は目玉焼きをもぐもぐしながら駄目だしした。

「聞こえねーよそれじゃ」

「うるさいっ、お前よくも裏切ったな!」

 三口で茶碗一杯の米を、一息で味噌汁を飲み干した太一は吠える父親に冷やかし笑いを投げ即座にその場から退散することにした。

「いってきます」

 母親が呼び止める。

「太一っお弁当は」

「持った」

 ダイニングのドアから出ていく瞬間、弁当袋を振り回した太一の腕がにょきっと現れ一瞬にして消えた。ばたんと乱暴に閉まった玄関の音を聞いて父親は肩を落として溜息をついた。

「誰に似たんだか……」

「結婚したばっかりのお父さんそっくりですよ」

「俺はもっと無口だった」

「いいじゃない」

 ふふっと母親は笑って髪につけたバレッタを撫でた。

「ようやく笑えるようになったんだから」




 息を弾ませながらアスファルトを蹴る。

 父親の慌てて照れた顔、母のはにかんだ笑顔がこそばゆい。

 太一の足元を追いかけるように鳥の影が滑った。晴天の空の下、身体の中をワクワクとした心地が躍るそのままに太一は駅へと走った。

 早めに朝食を済ませたので何本か早い電車に乗る。ほんの三十分時間が早いだけで見慣れた通勤通学ラッシュの風景は一変する。気だるげに両腕を吊革にだらけさせる大学生、文庫を読むOL、座席で船を漕ぐサラリーマン。

 乗客は疎らでポツポツと零れたように座席に空白が出来ている。いつもの満員電車ではありえない事だった。

太一は一種優雅な気持ちで腰を落とすとポケットからスマートフォンを取り出しSNSの画面を開いた。



タイチ:{今朝めっちゃ早起きした(*´▽`*)おかげで電車座れる快適~}

 

 鍵盤の上を踊るように指がタッチパネルの上を滑る。数秒と待たずして手の中の精密機械が反応した。


リク:{早っΣ(・□・;)なにしたん?}

心愛:{うまくいった?}

タイチ:{いったw誕プレ選んだの親父だってバラしてやったww}

心愛:{鬼畜ww}

リク:{あ、今日おばさん誕生日かオメ!}

心愛:{おめでとう}

タイチ:{あんがとww}


 高校に入学して出来た気の良い友人達に太一は画面越しに静かに笑い、窓の外を眺めた。  

 一羽の鴉が滑るように青空の中を飛んでいる。濡れた黒羽に陽光が煌めいてまぶしさに目を閉じた。





 二の腕にひやっとした肌寒さを感じて太一は目を開けた。

「え?」

 パチクリと目を瞬く。つい一瞬までつきぬけていた好天は淀んだ茜に仄暗く染まっていて、走行中の電車はなぜか停車していた。車内に疎らにいた乗客はがらんと掻き消えている。

 驚きに太一は腰を浮かす。途端に底冷えする程の寒さが足元からせり上がり膝がガクガクと震えた。

 この感覚に、彼は覚えがあった。

 ぱたむ、と柔らかな空気を食む音が聞こえ太一はビクリと身を竦ませた。生理的に浮かび上がった汗が散る。

 車両にはもう一人乗客が残っていた。

 座席に座り文庫本を読んでいたOLが本を閉じるとおもむろに立ち上がり狼狽する太一に一瞥を据えた。

 女の黒い目に射竦められた瞬間太一の身体に悪寒が走った。

 

 丸縁眼鏡の奥からでもわかる氷河の一雫のような怜悧の眼光。

 

 使い回しのリクルートスーツに身を包んだ地味な女は、このご時世では一度も染めたことがないだろうショートボブの髪を揺らしながら首を傾けるとコントラトルの声で静かに空気を震わせた。

「スズキタイチくん?」

 無色透明なリップに彩られた唇が名前を呼んだ時だ。太一の心臓がキュッと悲鳴を上げた。

 額から珠の汗が浮かび上がり口元を喘がせた太一に女が言った。

「一年と六カ月十一日前、貴方が中学二年生の冬にした契約の対価を取り立てにきました。忘れてはいないでしょ?」

 太一の脳裏に醜悪で醜い牛の影が過る。

 その反応に女は我が意を得たとばかりにゆっくり瞬きをした。

「復讐で得た日々は幸せだった?」

 女はそう言うと太一に歩み寄った。ハイヒールが鳴らすカツ、カツ、という足音が太一には断頭台への秒針のように聞こえた。

 心臓が身体の中で跳ねあがる。ドクンドクンと悲鳴を上げる命の鳴動と女の靴音が重なった瞬間、太一は駆けだした。

 脱兎の如く駆けた背に女は目を細めた。彼女のスーツの襟足からひょこりと手のひら大のアマガエルが顔をのぞかせた。

「あ! 逃げたよミポリン!」

「……ミポリン言うな」




(なんでっ、なんで今更!)

 荒く息を喘がせながら太一は電車の車両を何両も駆け抜けた。

 脳裏に過るのは約二年前の冬、今でも鮮明に思い起こせる悪夢のような現実。


 雪の降りしきる屋上。羽毛のように無機質なアスファルトの上に敷かれた綿雪の上に真っ赤な鮮血で記した幾何学模様。

 体液を抜かれ、くたたった兎と鶏の死骸

 グリモワール(悪魔召喚)を諳んじる白い息。

 羽音をはためかせ血の魔法陣(マップ)から現れた化け物。

  



「違う!」

 記憶を振り払うかのように太一は叫び乱暴に連結部のドアを殴った。鋼鉄のそれに四本の血の筋が微かにつく。

「俺じゃない、俺のせいじゃ……」

「違わない」

 血が滲む連結部のドアの向こうから冴えた声が否定する。どうやって、いつの間にか先の車両に居た女は太一を見据えて断言した。

「悪魔と契約したのはキミだよ」

 女の肩口でアマガエルが同意するように一声鳴いた。

「……っ?!」

 太一は歯を食いしばり身を翻す、逆戻りするように反対側の車両のドアを開けるとそこは電車の車両ではなく学校の廊下だった。

「え……?」

 呆けたような呟きの後、太一は全身から血の気が引いた。見覚えのある場所だった。数か月前まで通っていた彼の母校。懐かしの中学校の学び舎。

 人の気配のまるでないそこに身の毛がよだつ。立ち尽くしてしまいそうな身体はしかし後ろから追いかけてくるハイヒールの音に飛び上がり、太一はがむしゃらに走り出した。 校舎の廊下に面した窓に映る仄暗い茜空に鴉が一羽飛来する。

 もう二度と来ることはないだろう、卒業したはずだった怨念と呪詛の場所を少年は走り叫んだ。

「誰か! 誰かいませんか?! 助けて殺される!」

 ぐわんぐわんと無人の鉄の要塞は少年の叫びを反響させるだけで(いら)えない。それが余計に彼に屈辱の日々を思い出させた。

「くそっ、なんで……なんで俺ばっかりこんな目に」

 悪態を吐きながら走馬灯のように蘇える。

 殴られ(なじ)られ(なぶ)られ、声をあげても誰も助けてくれなかった日々の事を。

 記憶の痛みに太一は唇を噛む。血の味が咥内に滲んだ。

「でもキミは言ったんでしょう?」

 かつーん、かつーん、女が歩く音が響き渡る。

 どこにも姿は無いのに足音と存在の気配がひしひしと伝わってくる。太一は立ち止まると顔を巡らせる。

 どこかに身を潜めようと苛立ちまぎれに彼は無人の教室のドアを開けるとそこは雪の降る屋上で、女は既にそこに立っていた。

「『あいつらを殺せるなら死んでもいい』って」  

 脆弱なフェンスの上に羽音をさせながら黒い鴉が降り立つ。

 たたらを踏んでよろけた太一の背がドアにぶつかった。後ろ手に開けようともがくもピタリと封をされたようにドアは開かなかった。

「キミがそう約束したからモラクス(悪魔)はキミの願いを叶えた」

「あいつらは勝手に死んだんだ!」

「そんなわけないでしょう」

 身に覚えのある叱責に太一は胸元を掻き毟った。

「契約ではキミも自死するはずだったのにどういうつもり? モラクス(彼)がいたからまた笑えるようになったんじゃないの? その彼を裏切るなんて誠意がないんじゃない?」

 女は目を細めた。断罪の瞳が太一を睨む。「何言ってんの?」

 太一は悲鳴交じりに叫んだ。

「悪魔だよ?! 化け物じゃん、あんた頭おかしいよ。人殺しに誠意とか……なんだよそれ?!」

「人殺しはキミでしょう」

「あんたに関係ねーだろ!」

「ある。私はヒトと悪魔の契約の上に立つ者、中立の誠実者。私は……」

 アマガエルが女の肩口で叫んだ。

「その名もミポリンだ!」

「ミポリン呼ぶな」

「オラオラ、ミポリンの可愛さの前に心臓を差し出しやがれ」

「やめて」

「馬鹿じゃねえの?!」

 少年のヒステリックな声に女はアマガエルを人差し指で弾いた。緑色の身体が肩口から弾き落とされる。

「自分で自分のこと護っただけじゃん。誰が俺を助けてくれたよ?!俺だって嫌だったけど必死だったんだよ、あんたに何が分かるんだよ。便所の水の味知ってる? やらなきゃ俺が殺されてたんだよ、そういう奴らだったんだよあいつらは!」

「キミが殺した人間はそうなってしかるべきだったんでしょう」

 女が頷いた。全てわかっているというふうに。

「スズキタイチくん、きみには同情の余地がある。モラクスがキミの命を無碍にとらなかったのは一重に彼の粋な計らいだった。キミはそんな彼からあろうことか逃げた。逃げて、逃げ回った……だから私が代理できた。

キミに対して正直に言えば汚れ役を押し付けておいて代償も踏み倒すなんて同じ人間として恥ずかしい」

「うるせえんだよババア!」

 カッと太一の頭に血が上った。気が付いた時には足元で踏みつけた雪を握りしめ女に投げつけていた。

 鮮血が散る。いつか見たそれよりも濃い朱。

 汚れた雪が塊からバラけて床に音も無く落ちた。太一の腕と一緒に。

 綿雪の上に赤の飛沫がポタポタと落ちる。落ちた腕が生気を垂れ流しながら湯気をくゆらす。

 ベロンと赤い舌が少年の血を纏い鞭のようにしなった。

「おい、餓鬼。言葉に気を付けろ。ミポリンはぴっちぴちの二十八才だ」

 アマガエルがゲコっと鳴いた。女がこめかみを揉んだ。

「あああああああ!!!」

 少年の絶叫が響く中、ばさりと羽音をさせて一羽の鴉が降り立った。

「ミポリン連れてき……なにしてんだお前」

「ミポリンって呼ばないで」

 鴉が肘から先が無くなった腕を抑える太一とアマガエルを交互に見据えて呆れた声でいった。アマガエルは鼻息荒く胸を張る。

「こいつ俺らのアイドルに乱暴しようとしやがった。この暴漢の誤算はミポリン親衛隊隊長の存在を知らなかったってことさ」

「じゃあ俺はリーダーで」

 鴉が羽を広げで言った

「僕はボスで」

 鴉の背からせかせかと降りた黒蜘蛛が言った。蛙が泡を飛ばした

「隊長の意味がねえだろう!」

「なんでもいいから彼の腕くっつけて。契約時の条件で渡す約束よ」

 無機質な女の眼は眼鏡越しに少年を見つめた。鴉がやれやれと溜息を吐くとすぅと小さく滑空し椅子を掴んだままの少年の手を掴むと彼の前でバサバサと滞空した。

「ほら、男の子だろう。泣くんじゃない元に戻してやるから」

 鴉は宥めるように言うと嘴でツンと傷口を突いた。少年の悲鳴が上がる。足に持った腕の先を鴉はくっつけると耳をつんざく鳴き声を上げた。

 鼓膜が硬直する程の狂声のあと鴉が腕から手を離すと太一の腕はすっかり元のそれだった。

 痛みの消えたソレを蹲りながら見つめる太一の視界に黒のハイヒールが映りこむ。

 太一は顔をあげられなかった。いつか味わっていたのと同じ虚無が身体を硬直させる。

 ずっと俯いて生きてきた。

 顔をあげれば罵りと嘲笑と痛みしかなかった過去を変えたのは悪魔が肩代わりした『復讐』のおかげだった。

 自分をいじめていた級友の死を聞いた瞬間、見上げた空の広さと美しさを忘れない。太陽はずっと自分の上にも輝いていたのだとあの時知った。実感できた。

 

 ようやく楽しいと声を出して笑えるようになったのに


「うっ……ぐっ」

 鼻がツンとして目頭からボタボタと感情の雫が零れ落ちる。

「うっ、ぐっ……」

 女が慰めのように言った。

「モラクスは慈悲深い。君の魂までは取らないと言っていた」

 黒蜘蛛がカサカサと太一の前に歩み寄るとぴゅう、と糸を飛ばした。純白の清廉なそれがグルグルと太一の身体を包んでいく。真綿のような柔らかなソレに少年はハッと顔をあげた。

「いやだ」

 ぐるぐるぐるぐる、蜘蛛の糸が涙で歪む視界を覆う。

 眼球の湖面の歪みが今朝、嬉しそうにはにかんでいた最愛の人の笑顔に見えて太一は絶望した。

「死にたくない……俺、まだおめでとうって言ってな……」

 蜘蛛の糸が太一の顔を覆った。

 一呼吸分の間に少年だったものは純白の繭玉になった。

 ザッと積もっていた雪が舞った。

 

ズッズッと重たいモノを這いずるような音を携えて淀んだ影が壁を伝いやってきた。そのまま床の上を滑り繭玉の真下まで来ると少年だったそれをずぶずぶと飲み込んだ。

 ごぽんっという音を立て繭を飲み込んだ影は一瞬揺らめく。耳障りな声が影の中から女を呼んだ

「ありがとうミポリン」

 錆びた金属を擦り合わせたようなそれにはどこか媚びた色を含んでいてアマガエルと鴉と蜘蛛は揃ってムッとした。

 女は繭が沈んだ場所から目を離さず頷いた。

 影は照れたように揺れる。

「あのさ、ほんと感謝してるんだ。自死って契約上、僕は彼になにも出来ない。それで、その……今度お礼に一緒にどこか」

「阻止!」

 蜘蛛が影のすぐ真横でガチガチと前脚を鳴らした。影が怯む。

「う……じゃあ僕も親衛隊に入れて」

「うるせいうるせい!もう定員オーバーだ、さっさと牛小屋に帰んなウスノロ! ミポリンの影が踏みたきゃテメ―の契約くらい回収できるようにしやがれってんだ」

「分かったよ」

 アマガエルがケッと鳴くと影が名残惜しそうに言った。

「今度ミポリンが困ったことがあったらなんでも言ってね」

「ありがとう」

 女の謝辞に悪魔は気を良くしたように揺れると来た時と同様、這いずるような音を立て床の上を滑り消えて行った。

 黒蜘蛛がカサカサと女の足を上り女の肩口へ喜色満面に陣取る。蛙がしぶしぶ鴉の背に飛び乗った。少年の腕を落とした失態を踏まえてだった。

 鴉がキザッタらしく流し目を送った。

「浮かない顔だなミポリン」

「……ミポリンっていうな」

 さああああ、と校舎が砂となって崩れていく。黒ずんだ茜色の空がボロボロと割れ青空が見えると鴉はそこに向かって羽根を拡げた。

 女のハイヒールの足元が最後の砂塵となって掻き消えるとそこは人の疎らな電車の中で、駅に向かって停車をしているところだった。  

 耳を突くブレーキ音が停車を知らせる。ガタンと車内が揺れると座席に座っていた学生の身体がシートからずれ落ちた。

 女が電車から出た直後、駅員を呼ぶ悲鳴とざわつきが巻き起こった。

 振り返ることなくホームへと消える女の耳元には蜘蛛のイヤリングが一つ警告のように揺れる。







 ヒトを呪わば穴二つ

 復讐はやがて自分に帰って来る






アナタは復讐したい相手はいるか――

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[一言] 壱宮凪さま  不思議な題名。当方、怖がりなので途中からゾゾゾとなりましたが、勇気を振り絞って読ませていただきました。  復讐の代償。アマガエルの吐く言葉の軽妙さが、逆に命の重み、主人公の…
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