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5 二日目が終わる

 RPGの定番キャラクターといえばスライムが出てくるだろう、そのスライムは主人公、つまり冒険者の初めての敵であり、乗り越えるべき試練である。それが定番だと思っていた、思い込んでいた。

 現在時刻は夜の9時を回っているだろうか、昼間に戦ったスライムの事が頭からは離れることは無かった。


 スライムも生きていた。半端な気持ちで戦っていい相手なんて、どこにもいない。そんなことに今更気づいても倒したスライムに顔向けができない。

 ハルトは自室の一角に身を潜めるようにして小さく丸く、うつむいていた。


 初陣での初勝利、だが喜びの気持ちよりも悲しみの方が強かった。こんなに考え込んだのは生まれて初めてだろう。受験ですらここまで悩んだことはない。

 今のハルトにはこのまま冒険者を続ける気力は無くなっていた。


「なんで、なんでこんなに胸が苦しいんだよ」


 そんなことを小さくこぼすと、入口のドアが2回ほど鳴った。

 だが、今出る気にもなれずに居留守をしようとした。するとそのノックの主の足音は次第に遠ざかっていく。音が消えそうなほど小さくなった時、ドアが全力で開放した。


 流石に何事かと思い顔を上げるとそこにはレオンが立っていた。廊下の電気による逆行により、表情までわからなかったが、慰めにでも来たのだろう。

 レオンは開けたドアを閉めると歩き出した。部屋物には一切興味を示さずに、ゆっくりとハルトの元まで歩み寄った。


 この部屋にきてからまだ二日目、ハルトは私物と言える物を特に置いてなかった。

 レオンはハルトのすぐ横、窓に肘をつき身を乗り出して景色を見ていた。ハルトは入ってきたにも関わらずなにも言わないレオンに声をかけてみた。


「何しに来たんだ」


「ん、そうだな、強いて言うなら…そうだな、昼間に食べた焼肉丼、美味しかったよな」


「なんだ、茶化しに来たのか?」


 ハルトはこの状況でもそんなことが言えるレオンに少し腹が立った。


「うん、少し違うな、焼肉丼に使われてる肉は、ベリーズ牛って名前の牛の肉なんだ」


「それが?」


「その牛は、産まれた時から人間に食べられる生涯だって思って生きてきたわけじゃないよな。それはスライムも同じだ。ハルトに倒されるために今日まで生きてきたわけじゃない、けど結果的にそうなっただけだ」


  「何が言いたいんだよ」


 レオンの回りくどい言い方に更にイライラを覚えた。


「ベリーズ牛を人間が食べれるように処理する人はいったいどんな気持ちなんだろうな。生き物を殺す、そりゃ最初は躊躇することもあっただろうさ、けどその人も考えると思うんだ」


  「だからなんだよ!」


 溜まってきた鬱憤をつい、レオンをぶちまけてしまった。


「ここからはあくまで俺の考えだが、その人はその、食肉になった牛の未来を考えたんだと思うんだ。その肉は見ず知らずの人でも、その人の血となり肉となる。その手助けをしたんだってね。そこからは、自分のためだけじゃなくて、人のためにもって思ってすれば頑張れるんじゃないかな。この世界は、そうやって回ってると思うんだ」


 レオンの言葉には重みがあった。ハルトはこの世界に来てから自分の事しか考えていなかった。だが、たった二日だが、名前も知らない人だが話した事も、触れた事も沢山あった。それに、親切にしてくれたギルドの人、武器屋の店員、焼肉丼のおじさん、考えて見ればハルトはこの街の人に支えられっぱなしだ。


「明日、スライムから取れた物を道具屋にでも売りに行くといいよ」


 レオンはそれを言い終わると今までずっと手に持っていたのか、あるものをハルトの側において部屋を後にした。

 レオンが置いていった物からは香しい匂いが漂ってきた。まさかと思い視線を移すと、焼肉丼が置いてあった。


「ほんっと、なんだかなぁ」


 この時食べた焼肉丼はやたらとしょっぱかった。タレは甘いのに、肉はジューシーで旨いのに、米も噛めば噛むほど甘みを帯びていくのに、なぜかしょっぱかった。


 ハルトは焼肉丼を食べる終わると昨日は入れなかった風呂に入ろうと、着替えを持って宿を出た。

 不便なことに自室には風呂がなく、宿自体にも風呂がないため銭湯に向かうしかなかった。


 何度か道を間違えながらも銭湯にたどり着く。中に入ると銅貨3枚を払い、脱衣場へと向かった。

 脱衣場には人っ子一人おらず他の人の服も置いてなかった。


 服を脱ぎ、脱衣場と大浴場を結ぶ扉を開け、一歩を踏み出した。すると蒸気が体全体を包み込んだ。初めは真っ白く何も見えなかったが、次第に蒸気が晴れてきて、大浴場が姿を現した。

 やはり、脱衣場に誰の荷物もなく、まさかとは思ったが貸切状態だった。


 ハルトはまずかけ湯らしいお湯をすくい、体全体にかけて汗を流した。そして湯船に入った。

  温度は適温よりかは少し熱いだろうか、初めに足をつけた時は反射的に引き抜いてしまった。


(明日、道具屋か…)


 せっかくの、初めての戦利品を道具屋に持って行っていいのか…。スライムから取れた物はスライムの核になる部分の結晶だ。スライムだと青色で、スライム異種だとピンク色と、そのまんまだ。

 その結晶の使い道は多数あるが、ハルト自身が持っておくなら首飾りにするぐらいしか思いつかなかった。


 だが、レオンにもなにか考えがあってそう言ったのだろう。今回もレオンの言うことに従って道具屋に行ってみようかと思った。

 湯船に浸かりながら考え事をしていたので少しのぼせてきた。


 そろそろ湯船から上がり、体を洗おうと立ち上がった時。脱衣場との出入口である扉が開いた。他の客が来たのだろうと思い湯船から出る。

 だが、蒸気に包まれたその肢体は筋肉質ではない。体を動かす仕事をしていないだけかとも思った、だが、顔はまだ見えないが、そのふくらはぎから太ももにかけてと、二の腕から指先まで、一言で表すなら華奢だ。


 こんなに貧弱そうな体をした男がいるのか。蒸気はしだいに晴れていき胴体も見えた。スベスベな肌に、ウエストはきゅっとしまっており、胸部には大きな膨らみが二つ。


「スライムが2匹!?」


 スライムに見えたその膨らみを前にしてハルトはつい、声を出してしまった。


「ふぇ?」


 だが、そのスライムだと思っていた物は青くもなければ、ピンク色でもない。それに、高い声だが、間抜けな声が聞こえた。

  しだいに晴れてくる蒸気はハルトを驚愕させた。いや、それはこの場に立っている相手も同じだろう。


「え、…なんで、男性が」


 その声は高く、明らかに男性のものではない。それに胸部についている膨らみはよくみれば皮膚の延長線上であり、体と繋がっていた。

 つまり、ハルトの目の前に立っているのは女性。金髪にロング、肌の色は日焼けをあまりしていないのか色白だ。だが、その女性はかなり美人だった。元の世界での彼女とは比べ物にならないほどに。


「え、あ、え…」


 ハルトは現状を把握できずに、言葉を紡ぐことができなかった。だが、ハルトのそんな言葉を聞き、その女性は片手で胸元を隠し、もう片方の手に持っていたタオルで局部を隠した。

 その行動を目の当たりにして、ハルトも急いで自分の局部にタオルを押した。


「い、いや、ここに入る時にはちゃんと青色の暖簾をくぐって」


「青…あなた自分が何を言っているのか理解しているの?」


「え、いや、だから、青の暖簾をくぐって…」


「青い暖簾…?私が来た時は赤だったはず…。まさか、そんな見苦しい言い訳して、あなた変態!?」


「え、そ、えぇ!?そんな、俺は言い訳なんてしてない!」


「そうね、この時間帯は利用客が少ないものね。だからこの時間に入ってきたってわけね」


「え、だから!誤解だって!俺は確かにーーー」


 女性はハルトの言葉にかぶせるように言った。


「問答無用よ、この変態!その腐った性根を叩き直してあげるわ!」


「だから、誤解だっぶはぁ…ぐへぇ」


 ハルトの必死な弁解もこの状況では無意味だったらしく、全く話を聞いてくれなかった。

 それどころか、その女性は女装をつけて勢いよく走るとハルトに飛び蹴りをくらわした。



 目が覚めた時には暖かく、ほのかに石鹸の香りが香る柔らかい枕の上に頭を乗せていた。

 目の前にはついさっきまで変態扱いをした上に、飛び蹴りをくわらした女性の顔があった。


 その光景にびっくりしたハルトは、起き上がろうと状態を起こした。だが、女性が自分の顔をのぞき込んでいるのにいきなり起き上がろうとすると、ごつん という音と共にハルトは転げ落ちた。


「俺は…ここは、いや、誤解だ!」


 どうしてこうなかったかはわからない、だが、変態だという誤解を解いておきたくて、ハルトは弁解を始めた。


「わかっている、すまなかった」


 その女性の口からは想像もしなかった言葉が聞こえて、ハルトは口を止めてしまった。


「え…?」


「だから、その…私の勘違いだったんだ。変態は」


「変態は?」


「そうだ。ここの従業員に聞けばお前が入った後に間違えて暖簾の色を変えてしまったらしい」


「そう…だったのか。それなら、誤解しても仕方ないか」


 変態扱いされたことには傷ついたが、一件落着したことに安堵の息をもらした。


「その、今回のことは銭湯側の不手際ということもあるが、私も動揺してしまい」


「いや、もういいよ。解決したんだし」


 湯船で長居して、体力を使ったし、その上蹴りをくらって気絶までした。正直、今のハルトは早く帰って寝たかった。


「それでは私の気がすまない。せめてなにかお詫びを…名前は、聞いてもいいかな?」


「うん、俺の名前はハルト」


 ハルトが名前を言うと女性は笑顔を作り、銭湯から出るハルトを見送ってくれた。

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