4 強敵のスライム
この肉の味は生涯忘れることはないだろう。ハルトは今までこんなにも美味しい肉を食べたことがあっただろうか。脂身が多いわけでもないのにジューシーであり、それでいてしつこくない。
更には柔らかい中にも柔軟さがあり、絶妙な歯ごたえを生み出している。
「うんめぇ」
あまりの美味しさについ漏れてしまった。
「それはよかったね」
独り言をつぶやいたのに返答が来るとは思ってもいなかった。その返答主はレオンだった。
「ここの丼は定評があってね、数年前に人気に火がついてっきりなんだ」
「そうなんだ、確かにこの焼肉丼はやみつきになりそうだよ」
「僕も週2回は食べるようにしてるんだ」
レオンの持ち物をみるとちゃっかり焼肉丼を片手に持っていた。気が付かなかったがハルトの後ろにでも並んでいたのだろう。
レオンもハルトの横、階段に腰を下ろすと手に持っていた焼肉丼を開封した。
「そういえば、その剣は買ったの?」
レオンは焼肉丼を持っていない方の手の指で剣をさした。
「そうそう、俺でも使いこなせそうなやつをって頼んだらこれを勧められたんだ」
レオンは ふぅ〜ん と言うと何か気がかりなのか数、秒間ハルトの愛剣を凝視した。
レオンの澄んだ瞳に映る愛剣と、実際の愛剣を見比べるが、特に変わったところはないと思った。
「どうした?」
「あ、いや、なんでもない。この剣はどのくらいの値段だったんだ?」
「2シルバーだけど…」
高いのか安いのか分からずに買ったのがまずかったのか、レオンの顔はより険しくなった。
「うーん、値段はまあまあってところかな。ちょっと借りていいかな?」
愛剣とはいうがまだ使ったことない剣、それをレオンに軽く使ってもらい感想でも聞こうと思い、ハルトは持っていた焼肉丼を置くと剣をレオンに手渡した。
レオンの方も焼肉丼を置き、ハルトから渡された剣を軽々と片腕で持ち上げた。
そのまま立ち上がり、周りに人がいないことを確認して一振り、二振りと剣を振っては納得がいかないような顔をしていた。
「この剣はなにかまずかったかのか?」
恐る恐る問いかけると曇らせていた表情を戻してレオンは口を開いた。
「いや、勘違いだろう、値段に合ったいい剣だと思うよ」
その言葉を聞いて安心した。もしこれで高かったなんて言われたら、焼肉丼に続いてのショックになっていただろう。
レオンはハルトに剣を返すとまた座り込み今度こそ焼肉丼を食べ始めた。
「そういえば、まだ狩りには出てないのかな?」
「お察しの通りで、剣買って、図書館に行って、それでやっと昼食中なんだ」
「図書館に行ったならもう何を倒すか目星はついてるのか?」
「うーん、一応ね、スライムとスライム異種を倒せたらいいかなって」
スライムにスライム異種、図鑑通りに行けば倒せない相手じゃない。ただ、魔物とはいえ、命を奪うというのは少し気が引けた。
日頃から肉や魚は口にするが、実際に自分で仕留めるわけではない。売られているものを買うだけ、この世界でいえばいわば商人、だが冒険者はそれと違い直接その生き物と対峙して戦わなければならない。
ハルトの想像には限界があった。これ以上考えても時間の無駄であり、特に得られるものはないだろう。
それよりも冷めないうちに焼肉丼を食べなければ。
焼肉丼を食べ終わるとレオンとは別れて今度こそスライムを狩りに行こうと歩き出した。門を抜けて街の外に出ると、昨日は辺りが暗くあまり景色が見えなかったが今、目の前に広がる景色は草原に、遠くには森、山、そして少し歩けは行けれそうな場所には川まであった。
都会で産まれ、都会で育ったハルトには初めての体験だった。
大自然に囲まれて、雲一つなく空気も澄んでいる。こんなに素晴らしい場所は元の世界にいたら味わえなかっただろう。
ハルトは大きく深呼吸してから歩き出した。図鑑によればスライムは基本どこにでもいるが、特に多い場所は湿度の高い草原だそうだ。
図鑑の情報を元に湿度の高そうな川辺を歩いて行く。川の水も綺麗で、その周りの草花も綺麗に咲き、時折水面の虫を食べに魚が飛び跳ねる姿が見えた。
そんな中、水の透明色、草の緑、花のピンクに白とある中で水色の塊が落ちていた。まさかとは思い近づいてみると、そこにはスライムがいた。それだけではない、そのすぐ後ろにスライム異種もいるではないか。
スライムはお互いに向かい合って見つめ合っている。一見すれば友達同士にも捉えられる行動に気を許してしまい、接近がバレてしまった。
スライムたちはビックリしたのか飛び上がりハルトに向かって敵意の視線を向けてきた。
ハルトもこれからの生活費がかかっているために手を抜くことはできない。
だが、スライムが可愛いということは図鑑に書いてあったが実際に見ると更に可愛く見えた。そんなスライムを今から殺さなければならない。
ペットとしても飼われることがあるほどの生き物だ。例えるなら明日のために犬を殺す、そんなことができるのか。
否、そう捉えてしまえば倒すことは難しいだろう。
ハルトが迷っている隙にスライムが突撃してきた。いきなりのことで対処しきれずに腹部に直撃した。その衝撃は予想以上、小学生にタックルされるよりもずっと勢いが強かった。
小さく、ハルトの膝まであるかないかの身長から繰り出される衝撃とは思えなかった。
その勢いでハルトは尻餅をついてしまった。その時に両手を地面について思ったが、ハルトはまだ剣を握ってすらいなかった。
衝撃は強かったが痛みは大したことはない。ハルトは立ち上がり腰に挿していた剣を抜き取るとスライムの方へと構えた。
じわりじわりと距離を詰めていき、あと1歩大きく踏み込めば剣が当たるだろう距離に達した、その時、ハルトは気合を混ぜ込んで声を上げながら切りかかった。
「おおおおぉぉぉりゃ!!!」
スライムはかわそうとするがギリギリのところで頭をかすったのか、一本の切れ線から青い液体が垂れてきた。
手応えはなかった。ということは傷はあまり深くないはず。
ハルトは惜しい、という気持ちになぜか良かったと、そう思えてしまった。
(ダメだ、明日のために、明日のために)
ハルトはもう一度剣を振ると今度もかすった。手応えがなかったからだ。だが今度も青い液体が垂れてきた。
そして、もう一度剣を振ると、明らかにスライムの動きが鈍くなっていた。ギリギリでかわされたと思ったが、剣がスライムの頭ををかすめ取っていた。やはり、手応えはない。
3回目でやっとわかった。手応えがなかったからかすったんじゃない、スライムが元々柔らかかったことと、愛剣の切れ味が良かったことであたかもかすったかのように錯覚していただけだった。
スライムの頭からは青い液体がどんどん流れてきた。この周りの草や地面にはスライムの体液が飛び散っていた。
だがそんなスライムも負けじと飛びかかってきた。最初こそは油断してたからまともに受けてしまったが、動きが鈍くなった上に来るとわかっていたら避けることはたやすい。
ハルトはスライムの突撃をかわすと、そのスライムは勢いのまま地面に倒れた。青い液体は人間でいうところの血なのか、そろそろスライムは限界そうだ。
ハルトはそのスライムに近寄り剣を振り上げてトドメを刺そうとした。起き上がれそうにないが最後までスライムの目は戦っていた。
そんなスライムに剣を振り下ろそうとした時、ピンク色の、スライム異種が割り込んできた。
いきなりのことで剣の勢いを殺せずにそのまま振り下ろしてしまった。ハルトの振り下ろした剣はスライム異種の体を大きく二つに分けた。スライム異種は大きく割れた体から大量の体液を流している
まだ繋がってはいるがもう虫の息だ。このままだと時間の問題だろう。
これでやっと初めての狩りが終わるだろうと思っていた。だが、目の前のスライムたちの光景を見ると、なぜか胸が苦しくなった。
傷つき重症のスライムが、スライム異種に寄り添って、その両目からは涙を流していた。
図鑑に書いてあったとおり、ハルトが近寄る前の楽しそうな顔、ハルトと戦う途中に見せた怒ったような顔、それに、今、まさに目の前に見えるのは、まるで瀕死の彼女に寄り添う彼氏のような、愛と涙の悲しい表情。
全部図鑑に書いてあった通りだ。事前に調べて行けるだろうと踏んだ結果がこれだ。
スライム異種は最後の力を振り絞って声にならない声で鳴くと息を引き取った。スライムの方はそのスライム異種に寄り添って離れようとしなかった。
だが、その両目は、ハルトをとらえていた。言葉では通じることは無いが、まるで お前だけは許さない と、訴えかけているようだった。
ハルトはそんなスライムたちを目の当たりにして胸が苦しくて辛かった。これは、命の奪い合い。自分がいる生きるために、明日を生き抜くために戦う世界。弱肉強食が当たり前、それはスライムたちもわかっていたことだろう。
だが今の今まで、ハルトに会うまではこんなことになるなんて想像すらしなかっただろう。
気がつけばハルトの瞳からは雫が一粒、もう一粒と流れ落ちていた。
都会産まれの都会育ち、そんなハルトは初めて体験する命の重さに、胸がいっぱいになった。スライムたちも生きている、どんな魔物だって立派に生きている。
そんな尊い命を目の前にしてハルトは動くことができなかった。
だが、目の前のスライムは今にも死にそうなほどに苦しそうだった。せめて、せめて、この場の強者として、尊い命に敬意を表して、ハルトはもう一度剣を持ち上げて勢いよく振り下ろした。




