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18 レオンとゼヌ

 レレリストは勝利でも確信しているかのように笑をこぼしながら、ゼヌという魔物と並列で歩いてきた。

 他の冒険者たちはミノタウロスの相手で手が離せないのか、レオンの強さを過信しているのか誰一人として近づこうとはしない。


 ゼヌ、レレリストとレオンとの距離は百メートル程だろうか、まだ完治していない足で戦うにはハンデギャップが大きい。

 正直勝てる気が、勝利のビジョンが浮かばない。


「レオン、大丈夫なの?」


「ご指名あらば馳せ参じるまでだよ」


 レオンはできるだけ時間を稼ぐためにゆっくりと歩を進めていく。

 レオンは治癒魔法で治すと同時に、自身の治癒速度を向上させる魔法を千切れた足の周りに魔法式ごと書いていた。こうすることで、時間が経てば立つほどレオンの足は元通りになっていく。


 たがそんなに簡単に治さしてはくれなかった。お互いの距離が五十メートルを切った頃に、ゼヌはその極太の足に力を込めて地を蹴った。

 ゼヌの一足で距離はだいぶ縮まり三十メートルまで迫ってきた。流石にここまで責められるとレッドゾーンだ。レオンの方も構えなければまずい。


 レオンは右足を軽く前に出し、腰を落としてゼヌを迎え撃った。ゼヌは学習したのか、初めは蹴りではなく素早い右ストレートを放ってきた。

 その右ストレートをレオンは体を左にそらして避けると、先刻と同じようにゼヌの勢いを利用して投げる。


 ゼヌは地面に倒れた。と思われたが、背面から地面につく寸前で、両足を地面につきなんとか持ちこたえてみせた。

 レオンもこの行動には驚くが、すぐにゼヌ右手を離して距離を取った。

 ここで攻め込むよりかは守備にまわって少しでも回復したいからだ。


 レオンは後ろ向きで小走りに距離をとる。ゼヌはのそりと起き上がると、数秒の沈黙を経て再度動き出した。

 今度もゼヌは力いっぱい走り出す。そして同じように右ストレート、レオンは今度も左に体をそらして投げようと腕を取りに行く。


 レオンがゼヌの腕に触れた、刹那ゼヌは腕を引き今度は肘を突き立ててきた。


(…!? この魔物は戦う度に学習するのか)


 レオンはいきなりの肘に対応が遅れたが、更に体制をそらしてなんとかかわした。それと同時にゼヌがレオンの上を勢い任せに通過して行く。

 レオンは軽く足払いして、今度も数歩距離を取った。


 今度は頭から大胆に地面に転げるゼヌ。それを見届けた時、頭から何かが垂れてくる感覚、それが額を流れる時のこそばゆさは液体だと分かった。

 液体、この状況といえば出血しかなかった。レオンはゼヌの後出しの攻撃になんとか対処したつもりだったがかすめていたようだ。


 レオンに傷を追わせた当の本人は、今度ものそりと起き上がり数秒行動が止まった。その姿はまるでゴーレムだ。自分の意思はなく決められた行動をする。

 ゼヌが倒された後に行動を止める理由がこの時レオンには分かった。


 行動を止めることで先の戦いで何が悪かったのかを考えて次に繋げるための最善の手を考えているのだろう。

 ゼヌの行動、いや、ゼヌ自体に謎が多いが、それよりもレレリストが空中に停止した状態から何も仕掛けてこないのが逆に怪しい。


 普通に考えれば二対一でレオンが完敗するはずなのに、レレリストは何故か戦いには混ざりに来なかった。本人は余計な殺生はしたくないと言っていたが、本当にそんな理由なのだろうか?

 レオンはこの戦いの最中、様々な思考を巡らせていた。だが、戦う度にゼヌの動きはより的確なものとなっていく。


 そんな中で考え事なんてしていたらいつか殺られるだろう。まずレオンはレレリストの事は意識の外に置いてゼヌを倒すことに集中した。

 第二ラウンドが始まってから何分経っただろうか、体感の時間よりかは遅く流れているだろうが足の調子も次第に良くなってきている。


 この調子なら早いうちに八割ほど力が出せるだろう。だが早く治さねばゼヌの対応力に圧倒されてしまう。

 ゼヌは今度は走らずに、ゆっくりと歩み寄ってきた。走る勢いを利用されていることを起き上がった時に理解したのだろうか、非常に厄介だ。


 ゼヌとの距離は少しづつ縮まっていく。零距離で攻撃されれば今まで通りの体捌きでは捌ききれないだろう。

 治りつつある足に少し負担はかかるが、レオンは小刻みに揺れながらリズムをとった。


 今度はレオンが先に仕掛けた。左右に小さく揺れながら両手を体の前で構えて近づいていき、一発、右ストレートを顔面に入れた。手応えは無かったが、注意が右手にいっている間に左手で腰に下げていたナイフを抜き取りゼヌの横腹に差し込み、線を描くように切り抜いた。

 傷は深くない、だがこれでいいのだ。


 レオンのナイフは特殊で、その刀身には変わった魔法がかけられている。その魔法は、このナイフで傷つけたものは治らないというおぞましいものだ。

 だが武器自体に魔法がかけられているものは珍しくない。レオンが駆け出しの頃はまだしも、今となってはそれが主流になりつつある。


 ゼヌの切り口からはぽたぽたと絶え間なく赤紫色の血が流れ出している。首の骨が折れても元に戻る化物とはいえ、体内の血液量が低下すれば動きも鈍り最後には絶命するだろう。

 レオンはもう一度ゼヌから距離をとると、持久戦に持ち込もうと体制を立て直す。


 が、レオンは目を見張った。レオンのナイフは伝説の鍛冶屋と言われた男の名刀三十に入っている業物だ。そのために絶対の信頼を置いている、だが。ゼヌが踏ん張るように力を入れるとナイフが切りつけた傷が塞がっていた。

 筋肉を緊張させて傷口を塞いだのかとも思われたがそうではない。血の流れが止まり、傷口の線が少しづつ消えていく。


「なっ…!?」


 レオンは思わず言葉を漏らした。


「バカな、このナイフの魔法は強力無比のはず、なんで…」


 レオンの思考はその答えを導くことができなかった。絶対的な信頼を置いていたナイフが、その信頼を失ってしまえばただのナイフでしかない。ただのナイフを武器にこの学習モンスターに勝てる気がしてこなかった。

 いくら切りつけても治ってしまう、仮にもう一度首の骨を折ってしまうのもいいが警戒されているだろう。


 ゼヌはいくら攻撃を受けても大したダメージにはならないだろうが、レオンの場合ば一度掴まれるだけで命の保証は無くなってしまう。

 そんなレオンをよそにゼヌは又一歩ずつ足を動かした。



 戦況は外し取ったスコープ越しに眺めていた。巨漢の魔物と戦うレオンは、押しているように見えるが千切れた足はやはり負担になっているのだろうか。

 ハルトは自分の無力さにやるせない気持ちを募らせていった。


「俺らはもう手出しできねぇしなぁ」


 ジェンは両手を頭の後に組んで、魔法を使い戦況を伺っている。


「私も流石にパスね。こんなに距離が離れてて流れ弾の保証はできないもの」


 二次部隊には元々前線に出る力を持っていない者や、自信の無い者が集まっている。そんな人が危ない橋を渡ってまで一次部隊に手を貸すことはなかった。

 今ここで攻撃をしている人は誰一人としていなかった。


「レオン…本当に大丈夫なのか」


 ハルトは心配の余りこの世界に来て初めてできた友人の名前をつい零していた。


「レオンなら大丈夫だと思うけどな。まぁ、あいつが負けたらこの街は終わりだし」


「それって、レオンがこの街で一番強いってことか?」


 ハルトはタケルとの話を思い出していた。

 レオンはこの街で一番強い、それで有名だと。


「うーん、どうなんだろうな。一番って言うやつもいるけど俺は違うって言うやつもいるんだよな」


「どういう事だ?」


「それはだなぁーーー」


「はぁ…ったく、帰ってきてそうそうクソめんどくせぇ事になってやがるなぁ」


 ジェンの声を遮るように男性の声が聞こえてきた。


 ハルトはその声のする方、男が登ってきているであろう階段の方へ視線を移した。そんなハルトを見てジェンも首を動かした。

 階段からはコツコツと靴が石段に当たる音が聞こえてくる、だが初めに聞いたような愚痴は聞こえてこない。


 又こつこつと音が聞こえる、その時黒い棒のようなものが姿を現した。この形は完全に人ではない、まさか魔物かと思った。だが、その棒を背負うようにして現れたのは無精髭にボサボサのロン毛を粗雑に頭の後で結んでいる清潔感のない男だ。


「はぁーぁ、さみぃじゃねぇかよ。風強いし、僕ちん風邪ひいちゃうよ」


「誰…?」


 ハルトはその一見不審者のようにも捉えられる男を前に素直な気持ちを言葉にした。


「そうそう」


 その言葉に返答したのはジェンだった。


「この人が俺はこの街で一番強いと思うよ。レオンと同じギルドの、しかもギルドマスターのガイルさん」

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