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17 老人の正体

 ナイトには体術なんて必要無い。必要なのは仲間を守れる鉄壁の肉体だけだ。この言葉は昔の偉大なナイトが残した言葉らしいが、ナルは気に入ってなかった。

 ナルは新しいナイトの道を開くために、まず武闘家として体術を学び、魔法をかじるとナイトへ転職した。


 この経歴のおかげで鎧を必要としないナイトを作り出すことができた。

 そのためナルは得意の体術で今までの魔物をあまり苦労することなく倒すことができていた。


 だが、この魔物は違った。ナルが膝をつく姿を見るのは初めてだった。しかも吐血している。

 一発、いや魔法で硬化しているナルの体を一発でそこまで追い込むことはできないはずだ。そうなればじわじわと蓄積されていったのか。


 何がどうしてこうなかったのかは、一瞬だが目を離したレオンにはわからなかった。


「何が起こったんだ」


 レオンはその光景を見ていたであろうヤネシスに問いかけた。


「ナ、ナルが一撃もらったわ」


 ヤネシスは額に汗をかきながら返してきた。


「一撃?本当にそれだけなのか?」


「そうよ、本当に一撃。ナルの攻撃をかわしてから一撃でナルを」


「そんな、まだ硬化の魔法が解けてないはず、それなのに一撃で倒されるなんて」


 初めて見るナルの表情にレオンは違和感を覚えた。殴られて痛い時の顔ではなかった。一撃で倒されたことが悔しいような、唇を噛み締めていた。


「ちっ」


 レオンは立ち上がれそうにないナルの元へと走り出した。距離はそんなに離れていなかったが、魔物が攻撃をしようとしたら間に合わないだろう。

 攻撃しない事を願いながらレオンは走る。距離が縮まり、もう目の前まで来ていた時、魔物の眼球がぎょろりと動いた。


 動いた眼は明らかにレオンの方を見据えていた。そして魔物は力強く地面を蹴る。

 レオンは瞬時に後方に体重をかけてブレーキをかけようとする。だが、魔物の脚力は想像以上に強く、気がついた時には丸太のように大きな足がレオンの顔の前まで迫っていた。


 レオンは膝を曲げて体を後ろに倒すとその蹴りをかわした。

 そのまま魔物を通り過ぎ、ナルの元へと駆け寄る。ナルを抱き抱えるようにして起こすと、その腹部は真っ赤に染まっていた。


「まさか、一発でここまでやられるとはな」


「喋るなよ、今治してやるから。精霊よ、癒しの加護を」


 レオンの声と共にナルの体は治りつつあった。だが、魔物の毒性なのか治りが遅い。


「待ってろよ。俺があいつを倒す、その間にヤネシスに治してもらうんだ」


「あの魔物は決してバカじゃない、気をつけろ」


 ナルはその言葉を言うと、力なく倒れた。気絶したのだろう。ここからレオンがタイマンで魔物と戦っていればナルへの被害は無くなる。

 レオンはナルをその場に置くと魔物を引きつけるために走り出した。


 これで魔物がついてくればヤネシスがナルに合流できる。レオンが走ってから数秒後に、魔物も足を動かした。

 ナルからある程度距離が取れたらレオンは魔物を迎え撃った。


 先に仕掛けたのは魔物の方だった。最初に攻撃してきた時のように飛び蹴りをくらわしてきた。だが、その蹴りを左に避けて魔物の腕を取り、勢いを利用して地面に投げつけた。

 ドカン という音とともに地面には亀裂が入った。それだけ魔物の勢いが強かったということだ。


 レオンは仰向けに倒れた魔物の上に飛ぶと、かかとを顔面めがけて振り下ろした。だが、その攻撃は魔物の両腕によって阻止された。

 レオンはすぐに飛びのこうとしたが、足を掴まれた。


 魔物はレオンの足を掴んだまま立ち上がった。レオンの体重は六十五キロ、この重さを軽々と持ち上げる程の怪力で、全力で地面に叩きつけようと振り下ろす。

 流石のレオンでもこのまま叩きつけられれば即死は免れないだろう。


 レオンは振り下ろされる瞬間に、もう片方の足を魔物の首に巻き付けて片足を犠牲にする覚悟で踏ん張った。

 ぶちゅ と千切れる音が聞こえる時には激痛が全身を駆け巡っていた。


 足は千切り取られたが、だがかろうじて攻撃を阻止してやった。レオンは首にかけていた足に加えて両手を首に当てると、全力で素早く捻った。

 ごきごき という音が聞こえた。これは首の骨が折れた時の音だ。


 魔物にかけていた足を離すと、両手で魔物を押してその勢で距離を取った。

 片足が無くなったのは生まれて初めての経験だ。レオンは着地の時によろめき、尻餅をつく。


 魔物は押した勢でレオンとは反対の方向に仰け反り倒れていった。


「何とかだな。いってぇ…早く治さないと」


 レオンは千切り取られた足を取り寄せると断面同士を密着させて、詠唱を始めた。


「精霊よ、癒しの加護を」


 体が、主に千切れた足がじわりと熱を帯びていく。だがやはり、ナルの時と同じく治りが悪かった。

 それに、痛みも残っており、あと数分は動けそうになかった。


「レオン!大丈夫か!」


 声の主はナルだろう。心配して駆けつけてくれたのかと思い振り返ると、ヤネシスに肩を借りながら歩いていた。

 ヤネシスは戦っていたゴーレムも呼び戻し、レオンの元に集まってきた。


「いや、ちょっとまずいかな」


 レオンは治療中の足を抑えながら言った。千切れた白いズボンが血の色で染まっていた。


「レオンでも…そんなに強かったのね」


 ヤネシスはごくりとつばを飲むと続けた。


「まぁとりあえずここは離れましょう」


 ヤネシスの近くにいたゴーレムがレオンに近づき、レオンを抱き抱えるように持ち上げた。

 もう一体のゴーレムもレオンと同じようにナルを持ち上げた。


 ナルの傷も魔物の攻撃で治りづらくなってはいたが、レオンが時間を稼いでいる間にヤネシスが治してくれたのだろう、傷口が塞がっていた。

 だが治したといっても流れ出てしまった血を元に戻すことはできない。なのでナルもゴーレムに運ばれている。


 魔王軍は一次部隊と衝突してから後退しつつある。なので、ヤネシスは街がある方へ二人を運んでいった。


「足大丈夫?」


「うーん、痛みは我慢できるけど激しく動くとまた外れるかもしれないな」


「まぁ、大丈夫だろ。見てみろよ俺たちの出番はもう無さそうだぜ」


 ナルに促されるままに魔王軍に目を向けると、魔物の数は衝突した時の十分の一にまで減っていた。


「このまま終わってくれればいいな」


 魔王軍にいたコボルトの姿は見えなくなった。それに続いてゴブリン、サイクロプスの姿も見えなくなった。

 残す敵はミノタウロスが五匹に、親玉と思われるローブで身を包んでいる老人。ミノタウロスは強く、ミノタウロス一匹につき冒険者が五人以上で戦っていた。


「ねぇレオン、あの老人みたいなのも魔物なのかな?」


「確かに見た目はどこにでもいそうな老人だけど、魔王軍にいるなら魔物に違いないと思うよ」


「やっぱりそうよねぇ」


 ヤネシスは首をかしげながら何か納得がいかないような顔をしていた。


「おいあの爺さん飛びやがったぞ」


 ナルの言葉にもう一度老人に視線を向けると、老人はローブをひらひらとはためかせながら飛んでいる。いや、正確に言えば飛んでいるというより浮いている。


「羽…ついてないよな。あんな魔法あるのか…?」


 魔法は炎を出したり、肉体を強化したりと多種多様に使われるが空を飛ぶ、又は浮く魔法なんて見たことも聞いたこともない。

 三人はその異様な光景に呆然と立ち尽くしていた。


「皆さん、私はレレリストウォンと申します。この度は魔王遠征軍の指揮を務めております」


 頭に響く声、なんらかの魔法を使って直接頭の中に話しかけているのだろう。


「私達の使命は一つ、ガリアを滅ぼすこと。これは魔王様直々の命令です。私は余計な殺生はしたくないもので、街さえ滅ぼせればいいので、できたら冒険者の方々には引き下がって貰いたいのです」


「なんだと!?そんなこと言われても引き下がるバカはいねぇよ!」


「おやおや、嫌がられるのは百も承知でしたが、皆さん勘違いなさらないでください。冒険者が何人集まろうと勝ち目がないから言っています。これは忠告です、次は容赦しません」


 老人の声には迷いの色が見えなかった。魔王軍の指揮を執っているだけのことはある。


「レレ…レレリスト…ぁ!?思い出したわ!」


 ヤネシスはいきなり大きな声を上げて思い出したと言い放った。誰に言ったかわからない言葉が消えかかった時に、ヤネシスは続けて言う。


「レレリストウォン、私はの記憶があっていればあいつは幹部の一人のはずよ」


「なんだって!?」


 ナルは驚きのあまりゴーレムから転げ落ちてしまった。


「幹部って、おま、やべぇじゃん!」


 魔王軍の幹部クラスは冒険者でいうところのB20〜A30レベルに相当する強敵だ。

 そんな敵が最後に残っていたなんて最悪だ。


「ゼヌ、起きろ」


 またしても直接声が頭の中に響き渡る。その時、先ほどレオンが倒した魔物のすぐ側にその老人の姿が見えた。

 瞬間移動だろう、冒険者の中でも瞬間移動が使えるのは世界中に三人と言われている。そんな芸当をやってのける程だ、この老人は相当強い。


 レレリストは倒れている魔物の胸にそっと手を当てると、首がくるくると回り、魔物が起き上がってきた。


「な、そんな…」


 驚愕のあまりに声が出なかった。殺したはずの魔物が、手が当たった瞬間に生き返った。

 そんなものを目の当たりにするとレオンの努力が無駄になったような気がしてくる。


「さぁ、レオン君。第二ラウンドといこうか」


 レレリストがなぜ自分の名前を知っているのかは知らない、だが第二ラウンド、つまりまたあの魔物と戦わなければならないということだ。

 レオンは額に汗を流しつつ、ゴーレムから降りていった。

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