14 緊急警戒態勢
気がついた時には三度目の光景が目に入ってきた。
やはり、エリカが膝枕をしていた。ハルトの後頭部には柔らかい肉感にエリカの体温が直に伝わってきた。だがやはり服は着ていた。それはマキも同じだろう。
「やっぱりハルトは変態だったんだね」
悲しそうに眉を八の字にするエリカを見て、ハルトはきっぱりと言い切った。
「違う」
ハルトの否定を覆す勢いでマキが講義し始めた。
「いや、そんな言い逃れはできませんよ。現行犯ですからね、覗きいや、潜入ですよ?!それもは、裸で…」
裸を見られたことと、ハルトの裸をを見たことを思い出したのか最後の方は声が小さくなっていった。
「何恥ずかしがってんだよ」
「そ、そりゃ、見たし見られたし…」
マキの顔が次第に赤くなっていく。そんなマキを半眼で見つめながらハルトはいたずらっぽく笑みを浮かべた。
「まな板」
その一言を聞いてマキの表情は変わっていった。顔が赤いのは変わらないが、瞳がうるみ、そして右頬を伝う一筋の光が見えた。
「そ、そんなこと、言わなくてもいいじゃないでずが」
その滴は左にも現れ、両方の頬は垂れ落ちる涙によって濡れていく。マキはそのまま手で涙を拭うような動作をするが涙の出る量は増していく。
ハルトも流石に泣かせようとは思っていなかった。マキが泣いたことで少し罪悪感を覚えた。
涙を拭うマキの顔がくしゃくしゃになっていく中で、枕がわりに乗せていたエリカの足が動いた。
エリカはハルトの頭から足をどけると立ち上がりマキの元へと近寄った。
マキの側に来ると腰を落として寄り添った。
「流石に言い過ぎだよ」
エリカはハルトの方を向くとマキを抱き寄せながら言い放った。
「ご、ごめん」
ハルトは身体的特徴でバカにするのは間違いだったと今更ながらに思う。
「謝る人が違うんじゃない?」
エリカは怒っていた。ハルトに対しては怒った顔なんて見せたことがなかったが、今回ばかりは見過ごせなかったのだろう。
ハルトは立ち上がりマキの目の前まで歩いた。そこでマキと視線が合うまでしゃがみこむ。
「あの、言い過ぎたよ。ごめん」
「ハ、ハルトさんは、泣き真似に騙されるんですね」
マキは鼻をすすりながら返してきた。
「いや、嘘じゃないだろ…」
マキは泣き止んみくしゃくしゃになった顔を無理やり戻そうとする。だが頬がひきつっている。
「本当ですよ。私はそんなことでは屈しませんよ。変態」
「はぁ」
ハルトはため息をつくと続けて言った。
「はいはい、わかったよ。変態はやめろ。たぶんここの銭湯は混浴だと思うんだよ」
「こん…よく?」
「うんうん、だから俺は変態じゃない」
「そうだったんですか、早く言ってくれればよかったのに」
「いや、無理だろ」
風呂の中で裸の男と出くわして聞く耳持ってくれる女はいないとハルトは知っていた。エリカの時も初めは飛び蹴りをされたからだ。
「まぁ、俺はもう帰るよ」
ハルトは自分の荷物が置いてある方に歩いていった。荷物を手に取ると腰に巻かれたタオルを外さずにパンツを履いた。その後はいつも通り服を着た。
着替え終わって荷物を素早くまとめ終えると、二人を残してさっさと帰っていった。
銭湯に行くたびに気絶するのはもう勘弁だ。宿に着くと持って帰った服を手洗いし、部屋に張ってある紐に掛けた。
一人暮らしはしたことがなかったがやってみればできないことはなかった。ここに来てから何日が経っただろうか、家族はどうしてるのか?友達はどうしてるのか?彼女もどうしてるのか?行方不明で心配しているだろうか?
沢山の人に迷惑をかけて心配させてるに違いない、けど不思議と帰りたいとは思わなかった。ここにはハルトを縛るものが何も無いからだ。
ハルトはベッドで横になるとまぶたが重くなるのを感じ、そのままに、自然のままに任せて眠りについた。
「…!!」
「…ルト!」
誰かが自分を呼ぶ声がする。夢を見ているのか?昨晩考えてた家族の夢か?友達の夢か?誰かが自分を呼ぶ声がーーー。
「ハルト!!!」
よりいっそう大きな声で目が開いた。視界がぐらんぐらんする。その正体は目の前で誰かがハルトの両肩を掴んで激しく揺さぶっていた。
ハルトは揺られる体に力を入れて動きを止めてその本人の顔を見た。
「レオン?」
「あぁ、やっと気がついた。今街がまずいことになってるんだ」
ハルトはレオンの瞳を覗き込むように見た。真剣な表情であり、唇を噛み締めている。そんなレオンを見るとなぜか今どういう状況かがわかってきた。
「まさか魔王軍か?」
「そうだ、僕は戦いに出ないと行けないからもう出るんだ。ハルトはたぶんアナウンスで召集があると思うからその指示に従ってくれ」
「俺も戦うのか?」
「そうだと思うよ。けど遠くからだと思う、まだ駆け出し冒険者だから無茶させれないからね」
レオンはそれだけを伝えるとハルトの部屋にある窓から飛び降りた。その衝撃的な行動にハルトは飛び起きて窓際まで駆け寄った。
レオンは飛び降りてから屋根づたいに走り去っていった。
「B20レベルともなれば屋根を走れるんだな」
ハルトは苦笑しながらそんなことを口ごもった。
レオンの指示とおりに動くためにまずは万全に戦える準備をし始めた。ちょうどその頃だろう、アナウンスらしい音が街中に鳴り響いてきた。
『緊急警戒態勢。緊急警戒態勢。冒険者以外の人は地下へ避難してください。繰り返しますーーー』
緊急警戒態勢、魔物が攻め込んできた時に鳴るらしいが、異世界に来てからこんなに早く攻め込んでくるなんて少し驚きだ。まあ、主人公がいるRPGと違ってイベントは不定期にくるものだろう。
ハルトは準備を済ませると、召集がかかるなら役所に集められるだろうと思って一足先に宿を出た。
レオンのように屋根の上を走るなんて芸当はハルトにはできない。なので踏み間違えないように階段を走りながら下りていった。
図星だ。役所に着くともう既に相当量の冒険者たちが集まっていた。
まずハルトはマキたちが来てないか確認するために辺りの散策を始めた。だが、その時声をかけてきたのは男、タケルかソウタかと思ったが違った。その男は武器屋で一方的に解説をしてくれたごりごりな男だった。
「お、兄ちゃんも来てたのか?」
「あ、まぁ、召集があるって聞いたので」
「そりゃそうだが、ここは外に出て戦うやつらが集まってんのさ、兄ちゃんまだ駆け出しだろ?そうだったら二次部隊の方にいきなよ」
「そうなんですか、その二次部隊はどこに行けばいいですか?」
「ん?そんなこたぁ知らねぇよ。俺は外でしか戦わねぇからな」
男はそれだけ言うとその場を立ち去っていった。やはり今回も教えてはくれるが一方的だ。
それより今のハルトには情報が少な過ぎる。二次部隊の情報を集めなければいけない。
誰かに聞こうと思うがやみくもに聞いても意味が無いだろう。この場合そっちの事情に詳しそうな人に聞くべきだ。
そう思いハルトは役所の中に入っていった。役所の中はやはり大騒動になっていた。役員の人は走り回り、冒険者の数も少ない。
流石にこの状況で引き止めて話する勇気はハルトにはなかった。ハルトは半回転して引き返そうとした。
「ハルト?」
この声は、まさかと思い振り返るとエリカが立っていた。
「よかったぁ」
「よかった?」
役所で働く人で話ができそうな人が現れてつい安堵した。
「いや、それより二次部隊ってのに行きたいんだけどどうしたらいいかな?」
「あ、そうねそれなら南門に集まってるはずだから行ってみて」
「ありがとう」
ハルトはお礼の言葉を告げると急いで南門に向かっていった。
南門に着いた時には結構息が切れていた。無理もないが役所から南門まではまあ距離があり、階段がうねりにうねっているからどうしても走ると通常より疲れてしまう。
南門には十人ほどだろうか、冒険者が立っていた。
「君も二次部隊に入ってくれるのかい?」
声の主は役員なのか、役所の服に身を包んでいるほうれい線が目立つ老けた男性だ。
「はい、戦おうと思って」
「ありがとう。じゃあこの十人のパーティーで行動してください。そこの扉を入ると階段があるのでそこから壁の上へと上がってください。あとは魔法でも弓でも援護して下さい」
男性は壁沿いにある石造りの小屋を指さして話した。説明を一通り聞き終えるとハルトを含めた十人は歩き出した。
「ねぇあんた」
隣にいる女がしかめっ面でハルトに指をさして言ってきた。
「なにか?」
「あんた弓持ってないけど魔法使えんの?」
「使えないけど」
その女はしかめっ面を更に濁して口を開いた。
「はぁ?なめてんの?」
ソウタ以上に喧嘩腰で話しかけてくる女にさすがのハルトでも腹が立った。しかも初対面でこの態度だ、ハルトの気性が荒ければもう大喧嘩になっているだろう。
「あ?」
「あじゃないわよ、遊びじゃないのよ?何考えて二次部隊に入ったかは知らないけど足引っ張ったら容赦しないからね」
「まぁ、しゃーないよ。あの女は手柄を立てたくて気が立ってんだ。俺はジェンよろしくな」
またしても変なやつに絡まれてしまった。今度は初対面なのに馴れ馴れしい。ジェンという男はハルトの肩に腕をまわして話しかけてきた。
「はぁ、俺はハルト。頑張ろうな」




