12 魔王軍
門を抜けたらまず、真っ先にエリカの家へと帰った。街の外から中へ全力で駆け抜ける冒険者はあまりいないのか、物珍しいそうに見る人が多かった。
ハルトはマキが何を見たのか、何を感じて逃げるなんて言い出したのかわからなかった。だから街中を走るのは余計恥ずかしかった。
階段を駆け上がり、さらに走ってまた階段を上がってようやくエリカの家に着いた。ここがみんなのたまり場なのだろう。
アパートの階段を上がり廊下を歩く。何部屋か過ぎたところで足を止めるとハルトが倒した傘が置いてあった。
ドアには鍵がかかっておらず勝手に誰でも入れるようになっていた。
ドアを開けてマキを先頭にぞろぞろと中に入っていく。廊下を抜けるとマキが扉を開けた。
「ん?」
疑問の声を漏らしたのはエリカだろう。それも無理はない、狩りに行ったはずなのに帰ってくるのが早すぎるからだ。
エリカは部屋の隅に置いてあるベッドに寝転がっていたが、マキがベッドに座ろうとしたので起き上がった。
マキはベッドに腰を下ろし、ハルトを含めた男三人は床に座った。
「どうしたの?もう狩れたの?」
エリカの質問には誰も反応できなかった。いや、マキ以外の人は反応できなかった。事情を知っているのはマキだけ、その他の人は丸く削り取られたような崖を見ただけに過ぎないから。
「マキが帰ろうって言い出したんだよ」
この空気に早くもしびれを切らしたソウタが吐き捨てるように言った。
その一言でマキに注目が集まるが、マキはうつむいたまま両足をもぞもぞと動かしている。
「あ、あの、トイレ借りますね」
マキの口から出た言葉は帰ってきた理由ではなくトイレに行きたいと、予想外の言葉が出てきて更に反応しづらい空気になった。
「うん、いいよ」
そんな中この家の家主であるエリカが了承の言葉を発した。
それを聞くとマキは立ち上がりそそくさとトイレの方へ向かった。
だが空気は依然として重い。誰が悪いわけではない、もちろんマキのせいでもないが誰も喋らずに、何もしない不思議な空気があたりを漂う。
こういう時は時間が長く感じる。早くマキが帰ってこないかと思っているとソウタが口を開いた。
「まさかトイレにいきたくて帰ったんじゃねぇだろうな」
あの状況で流石にそれはないだろと思ったが、ソウタの考え通りなら男の子に三人いる中で用を足すのは思春期の少女にとっては酷なことだろう。
だが、あれを演技だとは思えなかった。
ハルトが考えを巡らせていると水を流す音が聞こえてきた。その数秒後には扉を開けてマキが部屋に入ってきた。
マキは部屋に入るとすぐにベッドの方へ向かい、ベッドに座り込んだ。
そして、大きく息を吸って軽く吐くと。
「帰った理由はトイレじゃないです」
トイレまで聞こえていたのか、マキがそう言うとソウタも発言した。
「そうかいそうかい、じゃあなんなんだ」
少しイラついているように見えた。あぐらをかいて、肘をつき手のひらに顔を乗せている。空いたもう片方の手は逆の膝を人差し指で とんとん と叩いている。
「私は確かに見ました。あんな空気を纏う人、いや生き物を見たのは初めてです」
マキの表情は恐怖の色に徐々に染まっていっている。そして、乱れてきた呼吸をなんとか直しつつ再度口を開いた。
「たぶん私が見たのは魔王軍です。それも幹部クラスでしょう、あのままあそこにいたら私はもーーー」
マキは自分では気づいていないようだが、震わせていた肩は次第に強さを増していき、顔色もどんどん悪くなっていっていた。
そんな中で喋るマキを見かねてか、エリカが横からそっと抱き寄せた。
「ゆっくりでいいからね」
エリカのその一言でマキの肩の震えは少しづつだが収まってきた。
「そんで、魔王軍がなんでこんな街の近くにいるんだ」
ソウタはもう腹を立てていないのか、普通のトーンで喋った。
「わかりません。でも、いや、私個人の意見ですが、近いうちに攻められるんじゃないでしょうか」
「そ、そんなわけないよ。この世界の街にはユリシアの加護があるはずだ」
ユリ… タケルの口から出た単語は聞いたことのない言葉だった。
「だから私個人の考えなので…」
マキはいつの間にかエリカの胸の中に顔を沈めていた。
「まぁ、そんなら明日でもエリカが役所のお偉いさん方に話すればいいだけだろ。俺たちじゃどうもできねぇことだからな」
確かにその通りだ。狩りに魔王軍が攻め込んできたとしてハルトたちがこの街を守れるかというとできるわけがない。
役所にいって事情を説明することが、今できる最善のことだろう。
「そうね、明日上司の人に話してみるわ」
エリカも納得したようで口を開いた。
この日はそれを最後にみんな散り散りに帰っていった。ハルトも宿に帰ると自室へ入った。だが、肝心なことを忘れていた。レギスが狩れなかったということは、金が手に入らないということだ。
元々クエストの続きで稼ぐつもりだったのだが、エリカの家では同じ境遇の仲間ができて、やっとクエストに行けれたと思ったらすぐに帰ってきたし、これじゃあ金のないハルトからしたらタダ働きもいいところだ。
荷物を壁際に置きベッドに飛び乗ろうとした時、三回ほど扉をノックする音が聞こえた。
ハルトは飛び乗ろうとしていた体制を変えて扉の方へと歩いていった。
扉の前に立ちドアノブに手をかけてひねる。部屋は明かりをつけてなく薄暗いので廊下から差し込む光が強かった。その光の中に一人、赤髪の男が立っていた。
「どうしたんだ」
「一緒にご飯でもどうかなって」
「金ないけど…」
「おごるよ」
ハルトは晩飯のことは全く考えてなかったのでありがたいイベントだ。
レオンの誘いに乗りハルトは戸締りをして部屋を後にした。
今日の晩飯はレオンの行きつけの店らしく、大勢の人が詰め寄っていた。
店内はこれでもかというほど騒がしく、大きな声で喋らないと向かいに座っているレオンにも声が届かないだろう。
「そういえば、急になんで一緒に飯を食べるってなったんだ?」
「ん?」
レオンは眉をぴくりと動かせた。
「特に理由はないけど、まあ単なる思いつきさ」
「そっか」
レオンは両手を顔の前で組み肘をつく。
「僕からも聞くけどクエストは順調かい?」
「いや、そうでもなくてな。今日はクエストに行く前に荷台をーーー」
そこからは今さっきまでの流れを全て話した。いや、流石に元の世界にいたなんてことは伏せているが、それ以外で話せれる範囲のことを全て話した。
「それで、宿に戻る…?どうした?」
話に夢中になっていて気が付かなかったが、レオンの顔色が悪くなっていた。
「いや、まさか…ハルト」
レオンはハルトに強い視線を向けると続けて言った。
「嫌な予感が当たってなければいいんだがな。仮に当たってたら一大事だ」
レオンの言葉の意味がわからないハルトではなかった。
「まさか」
「たぶん、いや、まだ確証があるわけじゃないんだ。だけど準備はしておくべきだ。もっと早く気づくべきだった。ハルトは昨日レギスを狩ろうとしてただろ?」
「うん」
「レギスは元々魔物の食料として生み出されて飼われていたんだ。だからその肉は食べることができる。でもそのうち野生化したレギスが繁殖してしまった。ということは、その繁殖したレギスたちを狩っていたのはハルトだけじゃなく魔王軍も狩っていたんだ」
「だからいなかったのか」
「そうだ」
「早くて明日、いや今晩にでも来るかもしれない。俺は役所に向かうよ、ハルトは料理が来たら食べててくれ」
レオンは立ち上がりイスにかけていた上着を羽織る。
「待てよ、俺だって何かできることがあるんじゃないのか」
「あるよ」
一泊おいて。
「注文したのにいなくなったら迷惑だからな」
そう言うとレオンは、ハルトと同じ小袋から銀貨を二枚取り出すとテーブルの上に置き、駆け足で店を出ていった。
確かに迷惑はかけられない。レオンの気持ちもよくわかる。けど、最後に少し緊張をほぐらせろうとしたレオンの気遣いは嬉しかった。
何よりタダ飯が食べられるから。




