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(うう、寒い……)


 キャリサの身体は、心と同じくらいに凍えていた。光り輝くとはいえど、キャリサのまとう光に暖かさはない。

 松明などの灯りは近づけば暖かいけれど、キャリサの光はただ光っているだけで暖かくはないのだ。

 ――まさしく蛍のように、相手に気持ちを伝えるだけに輝くだけなのだ。わたしはここにいる、わたしを見てと輝くだけなのだ。


(寒い、寒い)


 キャリサは吐く息の白さを見つめながら、頭から被る上着を身体に引き寄せ、さらに茂みの奥に移動した。

 上着を頭から被るように羽織っていても、キャリサの身体から発される光は、布地をも通してしまう。

 光度の強さは淡くも儚いというのに、かなり自己主張の強い光であった。

 まるで、氷の仮面の下に覆い隠したはずの恋情が、氷の仮面などものともしないと溢れ出すように。

 ――そのようにしてしばらく身を潜むように隠れていたキャリサの耳に、ザッと土の地面を踏む小さな足音が届いた。

 その足音は、音のない周囲でやけに大きくキャリサに聞こえた。


「キャリサ」


 その声は、頭のどこかで期待していた声ではなかった。

 予想していた相手でも、また気まずい空気を感じていた相手でもないことに安堵を感じながらも、キャリサはどこか寂しくも感じていた。

 会いたいけど、会いたくない。そんな矛盾した感情にキャリサは支配されていた。アルフレートに対して、期待もしていたけれど、会って拒否されないかという恐れも感じているのだ。


(……逃げたからって、追いかけてくれるとは限らないのに?)


 キャリサは自嘲を浮かべながら立ち上がる。その背に、大きな分厚い布がかけられる。毛布だった。


「父様、ありがとうございます」


 キャリサの前に都合の良いタイミングで現れたのは、キャリサの父・マックライン子爵そのひとであった。


「ごめんよ、キャリサ。父さんまた突っ走ってしまったよ」


 どこか草臥れたコートの下に白衣を羽織った、申し訳なさそうに眼鏡の向こうの瞳を曇らせている父は、キャリサが立ち上がるのに手を貸しながら娘に謝罪した。

 明らかに落ち込んでいる父に、キャリサは苦笑しながら馬車に向かい歩き出した。キャリサのいる茂みから、公園の入り口に見慣れたマックライン家の馬車が寄せられているのがちらっと見えるのだ。


「アレス次官補様と、わたしの縁談をご計画されましたのは父様ですよね」


 縮こまる父は、ゆっくりと頷き肯定した。そんな父に、キャリサより苦笑いを深くする。

 おかしい、と思ったのだ。公私をきっちり区別するアレス次官補が、このような部下たちの出会いをお膳立てをするなど。

 昔から、子煩悩でとくに娘ふたりが大好きな父は、今回のように時折暴走することがたびたびあった。

 昔キャリサがジェスの兄にこっぴどい振られ方をしたときも、彼に教育という名の制裁をしたのは、父と今は亡き祖父だった。

 今回だって、アレス次官補が見合いの計画の仲間に選ばれたのは、彼がキャリサとジェスの共通の上司ということだけではないだろう。キャリサの父はとてつもなく顔が広く、様々な分野に交流を持ち、その分顔もコネもきくのだから。


「わたしは恋をするつもりはありませんので、父様が見合いをご計画されてもそれに応えられません。だって、この体質でしょう?」


 両腕で被せられた毛布を広げ、キャリサは自分の発光する様を父に見せた。毛布でさえ僅かにおさえきれないその光は、いまだにキャリサから発せられ続けている。


「でも、キャリサ。親としては君にひとりでいてほしくないんだよ?」


 父が眉間にしわをよせ、眉を八の字に曲げて心痛を訴えた。


「娘を持つ父親ならば、可愛い娘に嫁いで欲しくないといいますけどもね」

「キャリサ」


 娘の自嘲気味な冗談に、父は笑えなかった。


「父様の気持ちはわかっています。親だっていつまでも健在ではありませんし、弟たちもわたしを見捨てないとは限りません。だからわたしは官僚となり、自分で自分を養えるまでとなりました」


 いまはまだ幼い弟妹も、いつかは伴侶を得る。次期当主の弟は、いまはまだ姉を慕うけれど、光っているところを見せてはいないし、見せたところで拒絶しないとも限らないし、そもそも弟がよくても、弟の未来の花嫁がよしとしないだろう――得体の知れない不気味な体質を持ついかず後家の小姑がいれば。

 だから父は、誰かと添い遂げてもらいたいのが本音だろう。その相手に、キャリサの抱える事情を知るジェスを選ぶのも納得できる。

 見合いの結果も予想して見据え、こうして迎えに来る優しさもある父を、キャリサは感謝もしているし、尊敬もしている。


「けれども、この体質はマックライン家の弱点となります」


 遡れば王家の血を引くマックライン家。その血は何百年と経ているのに、あまり薄まっていない。キャリサのような体質の女性を何人も生まれているのが何よりの証拠であり、それを知られればマックライン家は今までのように平和ではいられない。


「だから、わたしは恋をしてはいけません」


 恋はしたい。でもその望みには蓋をしなければならない。


(恋がしたい。でもできない)


 無理やり蓋をして、無理やり想い出にしてしまう。それが一番良い手段だ。


「さあ、父様馬車に乗りましょう」


 キャリサは馬車に乗るべく、話を切り上げようとした。

 そして悪いけれども、父の顔の広さとコネの強さを利用させてもらい、アルフレート・サリーズに可愛いらしいお嬢さんとの婚約話でも計画して、彼に気づかれないままに振られよう。今までそうしてきたように、気持ちを知られないままに振られよう。


「……キャリサ、それでいいのかい? 頑なに拒んでしまっていいのかい?」


 キャリサは話を切り上げようとしたけれど、父はその気はなかったらしい。まだキャリサを説得するつもりのようだ。

 父が、娘の行く末の心配以外で、娘の恋への頑なな態度に物申したいことなんて、実はキャリサだって気づいている。でも、認めたくない、直視したくないのだ――もしかしたらの、可能性に。もしかしたら結ばれるかもなんて、考えて後から奈落の底に落とされる未来の可能性なんて。


「ほら、キャリサ。前を向くことは大切なんだよ。その準備に、まず振り返ってみなさい」


 ――父は、キャリサの後ろを指差した。その顔は、どこか安堵しているようで。

 キャリサはそんな父を訝しみつつも、同時に嫌な予感を感じながら振り返った。


「彼と恋をしたらどうだい」


 キャリサは振り返らなければよかったと後悔した。

 ――ああ、ほら。

 避けたいものごとに限って、直視したくない現実に限って、すぐに訪れるのだ。


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