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(アレス次官補……お恨み申し上げてもよろしいですか?)


 キャリサは、お節介な上司に文句を言いたくなった。

 恋を避けてきたキャリサにもわかる店だった。よく同僚の会話にのぼる話題だった。聞きたくもないし知りたくもない単語ほど、耳というのは拾ってしまうものなのだ。


(……どうしろと?)


 気まずい雰囲気で、若者に――特に恋人たちに人気の店をセッティングするとは。確かここは王都でも指折りの名店で、向こう半年までは予約がとれないはずだった。いつからアレス次官補はたくらんでいたのだろう。

 しかも、答えはまだ先と言われたばかり。キャリサがちらっとジェスを見やれば、彼も知らされていなかったらしく、苦笑いを浮かべていた。


「……寒いことですし。入りますか?」


 そう提案するジェスの吐く息は白い。馬車に乗り込む前は晴れていた夕焼け空は、いまでは真っ白な雪を降らす曇天の空模様となり、はやくも足元の地面はうっすらと積もり始めていた。


「………」


 キャリサは、手袋もマフラーもしていないことを後悔していた。今は春先、雪解けの季節。まさかの着雪するぐらいの降雪など予想もしていなかったのだ。しかも、春先だからと薄手の上着だった。

 ジェスと気まずくなければ、少し迷っただけですぐに店内に入った。お店は恋人向けだけど、まあジェスだしいいかという具合に。

 そうやって逡巡していたからか、キャリサは体をぶるりと震わせ、くしゃみをしてしまった。


「くしゅんっ」


 ジェスは、すぐにさりげなく自分の上着を脱ぎ、キャリサの肩にかけようとし、手を止めた。

 ジェスは、微かに敵意を込めてお邪魔虫に目線を向けた。


「マックライン先輩」


 ためらいがちに、けれども確かに強い気持ちを込めた声がキャリサの耳に届く。


「っくし、……え?」


 くしゃみをしながら振り向くキャリサの視界に映るのは、アルフレート・サリーズだった。

 拳を握りしめ、強い眼差しでキャリサを見つめている。

 キャリサは思わず自分の妄想が見せる幻かと思った。けれども、肩にかぶせられたジェスの上着の温もりが、確かに現実だと告げる。

 一瞬悔しそうに眉をしかめ、アルフレートは微かに唸る。なんでアルフレートが眉をしかめ唸るのか、キャリサには理解できないでいた。


「サリーズ、何故貴方がここに?」


 戸惑いをどうにか隠しながら、キャリサは問うた。あまりにも唐突で、かつ予想外だったため、戸惑いと無表情が三対七で混ざった中途半端な顔になってしまった。


「アレス次官補にお聞きしたら、こちらだと」


 アルフレートは意を決したかのように一拍置いてから、こう告げた。


「先輩方、このような寒い中だからこそ、単刀直入にお伝えすることをお許しください。

 ――僕は、キャリサ・マックライン子爵令嬢に婚約を前提としたお付き合いをここに申し込みます」


 晴れた青空の双眸が、情熱と真剣さと狂おしさをもって、キャリサを見つめてくる。それはアルフレートがキャリサを、マックライン事務官ではなく、キャリサ・マックライン子爵令嬢個人として見ているということで。


「………っ!」


 望んでいたけれど、それは叶わないのだと自身に言い聞かせていた状況が、いま起きている。

 だから、キャリサは……恋に落ちてしまった。


(もう、ダメ……)


 キャリサは、ああもうだめだと勘で悟ってしまった。無表情を努めて装うことで回避していた未来が、いまやってきてしまったのだ。

 ――キャリサの行動は早かった。


「キャリサッ?!」

「先輩!!」


 キャリサは、ふたりの男性の声を無視し、一目散に走りだした――否、逃げたのだ。

 走り去るキャリサは、自らの上着を頭から羽織り、自分を隠すようにふたりの前から姿を消した。

 まさか逃げられるとは考えていなかったアルフレートは、しばらく茫然自失となった。そして、キャリサにかけられていたジェスの上着が、はらりと雪の積もった地面に所在なさげに落ちた音ではっと目を見開いた。


「マックライン先輩っ!」


 我にかえり、青ざめた顔になったアルフレートは、逃げたキャリサを追いかけようとした。けれども、それは止められた。


「待て、サリーズ」


 ジェスがアルフレートに声をかけ、肩を叩いたのだ。泣き出しそうな顔で振り向いたアルフレートが、眉間にしわを寄せたジェスに詰め寄る。


「何で止めるのですか、このような天気の中で、彼女はあんなに薄手だというのに!」


 アルフレートに胸ぐらを捕まれ、睨まれながらもジェスは抵抗しなかった。


「俺は、おまえに問わなければならない」


 ジェスは、重々しく口を開いた。


「おまえには、覚悟があるか? その覚悟を失わない自信はあるか、彼女から逃げないと彼女に誓えるか?」


 ジェスの放つ重々しくも苛烈な雰囲気に、アルフレートが一瞬気圧されるが、アルフレートはぐっと目に力を込めて頷く。青ざめ泣き出しそうだった顔に、血の気と活力が戻っていく。


「――もちろん!」


 アルフレートは迷いのない強い眼差しで断言した。それを見たジェスは頷き返し、淡々と語りだした。


「キャリサは」


 ――アルフレートは、キャリサの事情を聞くや否や走りだした。




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