契約と新感覚系尻尾
「契約? 大斗たちの秘密は守るとその紙にサインすれば良いのか?」
エリアが困惑気味にコンとその紙を見つめている。
そりゃそうだな秘密を守るために契約書にサインしてくれとか言う人いないだろう……それにそんなことで秘密を守る役に立つとは思えないからな、冒険者同士でそんなことしてもちゃんと相手が守るかどうかすらな……。
でもこの紙、最高位神の契約書(安価版)は神魔商会の主力商品の一つらしいから……。
「ええ、そうです。それだけでエリアは今後私たちの秘密を勝手にばらすことはできなくなりますので、心配は無用になります。話しても良い基準というものもこちらの紙にサインするだけで私たちの妥協点ぐらいまでは話せます、勿論私たちだけしか居ない場合や私たちが話しても良いと判断した場合は秘密についてしゃべれます。アウトの場合や盗み聞きされている場合は勝手に判断してくれてしゃべれなくなるという超親切設計です、さすがは最高位神ですね」
「本当にそんなことができるのか?」
どうやらエリアは疑っているみたいだ。
そりゃまあ、そんな怪しげな紙渡されて『僕と契約して、仲間になってよ!』とか言われたらそいつの頭を疑ってもしょうがないだろう。
ここはファンタジーな世界だけどエリアを見る限りそういう代物はないのだろう。
ちなみにこの最高位神の契約書(安価版)の性能はコンの言った通りこの契約書に書かれていることを遵守させられる。さすがに高位の力を持つ存在には無理みたいだが大抵の存在には効果があるらしい。
契約に反したことをしようとすると体が動かなくなったりしゃべれなくなったりする程度で、契約に反したら死ぬとかはないが契約に反した行動はできなくなる。
そして、この契約書の真に恐ろしい部分は契約相手の意思に関係なくサインさせても効果があるのだ。
相手がその契約書に無理やりサインさせられても効果は普通にある。
さらにこの契約書はかなりの融通が効くのだ。
『こういうようなことをしてはいけない』と契約書に書けば契約書を書いた本人の感性に従った範囲を契約書が勝手に判断してくれて相手を縛れるのだ。
だからこの契約書には穴というものが存在しない……。
元々この契約書は最高位神が最高位神(かなりの浮気性あり)の浮気性を無くすために作ったらしく、どうにかして自分だけを見てほしいと最高位神の持てる全ての力を持ってして全力で作ったみたいで本物は最高位神すら縛り、さらに相手の意思に関係なしでサインする必要すらなく、抜け穴など存在しないという狂った性能らしい。
何でも浮気性の夫を持つ女神もそうでない女神も他の最高位神もそれを買い求めて大惨事に成りかけたとか……。
でも最高位神(かなりの浮気性あり)がそれを無効化することに全力を注ぎ込み契約書を無効化するアイテムを作りなんとか終息したらしい。
今も最高位神と最高位神(かなりの浮気性あり)の果てのない聖戦は続いているとかいないとか……。
「この契約書にサインしてくれればかなりの俺たちと一緒に居る上で楽になるよ、それにタダでサインしてくれとは言わない。俺が持っているこの刀、蛍丸と同等の性能の武器をエリアに上げるよ」
俺はにこにこ笑いながらエリアに話しかけるがエリアはただただ茫然としている。
そりゃ一生に一度見れるかどうかすら分からないような超高価な武器をタダで上げるなんて人は居ないだろうからな。
それは良いんだけど問題はエリアが武器を受け取ってくれるかだよな。
エリアのことだから『そんな高価なものは受け取れない!』だとか言って拒否してきて武器を渡すのに苦労しそうだ。
でも俺らにとってはそこまで大した出費にはならないんだよな。
武器も簡単に壊れるものは困ると思うんだけどな……。
「いや、そこまでの物を貰うわけにはいけない! 私は大斗たちに借りを作ってばかりじゃないか」
予想通りの反応ですね。
武器はまだ買ってはいないんだけど、どうやって渡すべきか。
コンの方を見ると『どうしますか?』という顔でこちらを見ている。
ここはあれだな。
久々に俺流の説得をしてみようじゃないか。
俺は『ここは俺に任せろと』アイコンタクトを送るとエリアの説得にかかる。
「エリアそれなら代わりにエリアの綺麗なその鱗を舐め、じゃなくて触らせてくれ!」
コンが絶対零度の目でこちらを見て来ている気がするが俺はそのまま説得をする。
「俺はリザードマンという種族をまだ見たことがなかったので凄く珍しいんだ、そ、その滑らかな鱗が! そして、その大きな尻尾! 犬や猫、狐などは手触りが良く手に程良く収まる大きさや頬ずりできる大きさ等があるが、抱き枕にできる程の大きさの尻尾など俺はほとんど見たことがない!!!!!」
俺の急激なテンションの上昇にエリアはぽかんと口を開けたまま固まっている。
「確かに大型の動物であるキリンや象などの尻尾は長く抱き枕にすることができるだろう、しかしだ! その尻尾は長いだけであって質量を伴わない! 直径がせいぜい両手に収まる程度の抱き枕など誰が認めるものか!!!」
コンはもはや話を聞いておらず、狐火を出しそれを圧縮し始めている。
「抱き枕系尻尾の代表作品としてはイルカの尻尾だろう、イルカというキュートな動物の尻尾そしてあの可愛い声! 人懐っこいイルカも多い! そしてだ! 普通の動物の尻尾と違ってイルカの尻尾には尾ひれが付いている! 普通の尻尾とは違う感触を得られるのだ! さらにこの上位に位置するのが押しつぶされ系尻尾である世界最大の生物であるシロナガスクジラの尻尾である! だが、さすがに俺でもこれは難易度が高いと言わずには居られないな、そして、ここは異世界であるこの世界には新しい尻尾がたくさん存在している! まだ見ぬ尻尾たちとの出会い! 俺はエリア、君に会えた事に猛烈に喜んでいる、ぜひとも……私と一緒に夜のアバンチュールを楽しみませんか? エリア嬢」
久々の登場と共に私はエリア嬢の手を取り、その甲に口づけを……
「消え去りなさい変態、狐火(極)!」
コンが超圧縮した狐火を大斗(ケモナー化)に向かって突き進む。
無論避けられないようにちゃんと射線上に容赦なくエリアを巻き込んでいる。
これは以前ケモナー化した時と同じで大斗の性格を逆手取った手である。
「相変わらずいじらしい様子が良いですね、コンは」
大斗はそう言うと気を纏い、その超圧縮された狐火を受け止める。
通常では火を受け止めるなどできないのだが、気がそれをも可能にするのだ。
狐火は勢いよく大斗の手を貫こうと唸りを上げ進もうとしていたが、大斗の手を少しも動かすことすらできずに徐々に勢いを失っていき消えってしまった。
ケモナー化した大斗は強い。
それも常軌を逸している。
しかし、このような芸当ができるのは気闘術のレベルが4くらいはないとできないはずなのだ。
対して大斗の気闘術のレベルは1のはずなのだ。
ケモナー化しただけでこれほど地力が上がる固有スキル等私は知らない。
それだけケモナーという人たちは恐ろしいということなのだろう。
大斗が来た地球を恐らくは実質支配している最強の王の血としか考えられない。
血筋の固有スキルならばこのようなことも可能かもしれない。
それよりも、どうやって大斗を止めましょうか……
この状態の大斗を止める術が思い付かない、そして、読心術は怖すぎて使えない。
あんなものの心を読むなど自殺するようなものだ。
大斗ですらヤバかったというのに。
私が対処に困り思案していると
「安心してください、コン。私はエリア嬢に挨拶に参っただけであなたたちに乱暴をしようとは思ってはいません、いささか大斗に引きずられて出てきた事実は否めませんがね」
そう言って大斗はエリアの手の甲に口づけをせずに離す。
「失礼しましたね、エリア嬢。私は大斗と言います、以後お見知りおきを」
大斗は丁寧に一礼をしてそっとエリアから離れる。
「私が表に出ていられる時間は短いので簡潔に説明しますが、大斗にあまり獣人や人に懐きそうな魔物も会わせないようにしてください」
私はその言葉に首を捻る。
どういうことでしょう?
大斗が興奮すれば大斗(ケモナー化)が出てくるのだろうから彼にとってはそっちの方が好都合の気がするのですが。
エリアは話に全くついていけてないのか首を傾げている。
「つまりはあまり興奮すると勝手にケモナー化が発動します、そして、かなりの数の獣人や可愛い魔物に囲まれたりすると興奮しすぎてケモナー化のスキルが暴走を始めるのです。そうなると止める事は不可能、大斗にとっても私にとってもかなり困ったことになるのです。そういうことですから、大斗が興奮し始めて目に余る様でしたら殴って気絶させるなりして、あまり興奮させないでください。大斗の地力がもっと上がれば直にケモナー化も御せる様になるでしょう、私が言いたいのはそういうことです」
「なるほど」
確かに納得のいく話だ。
大きな力は御すれなければ災いとなる。
この手の強力な固有スキルに関しては暴走という危険がある。
これだけ強力なスキルなのだからこその欠点である。
「私はそれを言いに来ただけなので失礼しますね、時間もないようですので」
そう言い終わると大斗は糸が切れたマリオネットの様に地面へと崩れ落ちた。
それを見て私は溜め息を吐く。
「全く、大斗は碌な事を起しませんね」
エリアの方を見るとどういうことなのか説明してほしいという目でこちらを見ている。
これは一から説明しないと納得しないだろう。
説明するとなると一時間や二時間では済まないだろう。
元々契約をしたら全部話すつもりだったのだから問題はないのだが……。
私はもう一度溜め息を吐き、とりあえずそこに寝ている大斗を狐火で炙ることにした。
現在のカタログポイントは115487となっています。