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ノア  作者: 吟瀬夏樹
3/9

第一章 始まりの運河?



理由なんて、必要なかったのに・・・・・・。



※※※


その真新しい部屋には、窓がなかった。



「綺麗な部屋でしょう?」


ノアを中へ招きいれながら、少女はすこし得意げに言う。


均整のとれた割と広い、冷たい部屋。


「前の神官様が亡くなったとき、王様が新しくしてくれたのよ!」


言いながら、エリックは部屋の奥に入っていく。


簡易寝台に持ってきたシーツを取り付けて、にっこりと微笑んだ。


「そう、ですね・・・・・・・」


足を踏み入れた瞬間、奇妙な違和感を覚える。


そして、それはすぐに後悔へと変わった。


苦いものが胸に広がってゆくのを感じながら、ノアは大きく息を吐いた。


それは致命的な痛みにはならなかったが、それでも彼の心に暗い影を落とした。


その『窓のない』部屋に入ることはとてもためらわれたが、だからと言って何時までも入口に立ったままでいることもできない。


彼は仕方なく部屋の奥に進み、簡易寝台の隣に荷物の入った鞄を下ろした。


部屋には寝台と、小さな机。そして右側に目立たないクローゼットがあった。


装飾もなにもなく、一度も模様替えをしいてないことが伺える白い壁。


高い天井。


「あのぅ・・・・・」


室内を見渡していると、少女の遠慮がちな声がした。


「なんですか?」


振り返りながら、ノアが聞き返す。


少女は何か言いかけて口を開き、そして躊躇うように閉じた。


数瞬後、エリックは心配げな様子できいてきた。


不安と不信の混ざりあったものを瞳に浮かべ、複雑な表情で彼を見つめてくる。


「・・・・・気に入りませんか?」



「?」



「あんまり、嬉しくないみたいだから・・・・・」


エリックは何となくばつの悪そうに、ノアの瞳も見ずに言ってきた。


「いえ、素晴らしい部屋です。僕にな勿体ないくらいだ・・・・・・・」


無理におどけて大袈裟に言うと、少女は眉をひそめたままぎこちなく笑った。


「欲しいものがあったら言ってください」


そう言って、エリックは部屋を出ていった。



少ない荷物を片付けながら、ノアは窓のない壁を見つめる。



この街での生活を思い、彼は溜息にも似た息を吐いた。


どうせ、此処にも長くはいられないだろう。


神官だなんて、やっぱり自分には不向きで。


何より、自分は罪人なのだから・・・・・・



ぼんやりと、あの『窓のない』牢獄を思い出しながら、ノアは深く沈みこんだ意識を無理矢理に引き起こした。




※※※




その運河の街の教会には、一本の大きな木が生えていた。



教会には、エリックの他に二人の子供がいた。


子供と言ってもそれほど幼くはなく、ノアともたいして変わらない。


皆、十代の半ばを過ぎ、

ある程度の知識と教養もある模範的な神学生だった。


ノアよりも一つ年上の少年と、背の高い病弱な少女。


セイルとシルビア。

それにエリック。


その三人が、教会に住んでいた。


三人の仲は良かったが、馴れ合うことを拒むように、頑なに孤独を好んだ。


特にシルビアは、教会の中だけでなく外でも同じようにいつもひとりだった。


それとは対称にエリックとセイルは、同世代の友人をたくさん持っているようだった。



教会の庭にある大きな木のしたで、シルビアはよく本を読んでいた。


エリックが時折り、彼女の身体を気遣って声をかけていたが、決してその隣に腰掛けたりはしない。


お互いに、それでうまくやっているようだった。



三人はその距離感をとても大事にしていた。



ノアの仕事は、教会の管理と、子供たちに勉強を教えることだった。


稀にやってくる街人の懺悔を聞くこともした。


日曜日には庭の掃除をして、午後には子供たちに聖典を読み聞かせてやるのだった。



「神官様・・・・・・」



か細い声が掛けられて、ノアはゆっくりと振り返った。


「神官代理・・・・・です」


肩まで伸びた髪が風に揺れて、さらさらと音をたてる。


そのすぐ後ろに少女がいた。


エリックではない。


青白い頬に、翡翠のような瞳−−−。



シルビアだった。




「そう・・・・・代理様」


自分に言い聞かせるように繰替えして、少女は頷いた。

「神官、代理様は・・・・本が好きよね?」


唐突に聞かれて、ノアは沈黙した。


「嫌い・・・・?」


抑揚のない声で、シルビアは淡々と呟く。


表情も変化しなかったが、シルビアは僅かに眉をひそめた。


ノアが気付かないほど僅かに。


「好きですよ」


一拍遅れて答える。


そのまま、シルビアは何か考える仕草をして、無言で何処かに行ってしまった。


「何を話してたんです?」


シルビアとすれ違うようにしてやってきたエリックが、不思議そうに聞いた。


何か意図があるふうではない。


純粋な疑問だった。


「本・・・・・」


思い出しながら、ノアは呟いた。


「本は好きかと、聞かれました」

「シルビアが、ですか?」


はい、と頷いて、ノアは僅かに首を傾げた。


そんなにおかしいことなのだろうか。


「シルビアは、あまり人と話したがりません」


エリックはそれだけを、許されない罪を告白するかのように、重々しく告げた。


それを口にすること自体を、罪だとでも思っているようなそぶりだった。


「いつかは、話さないといけないと思うから・・・・・」


そこで、エリックは空を見上げた。

虚ろな瞳に蒼を映して、眩しそうに目を細めた。


「だから今言います」


そこで、ノアはあることに気付いた。


そして、すこしの違和感の正体にも。


いつの間にか、少女はノアに尊敬語を使っていた。



はじめて会った日には、友達に接するような口調だったのに・・・・・・。



そこまで考えて、それが場違いなことに気付く。


シルビアについて。


目の前の少女は何を語ろうとしているのだろう。


そんなことを思いながら次の言葉を待った。


「シルビアは、後、すこししか生きられません」


しばらくの沈黙の後、エリックは聞き取れないほど小さな声で言った。


「もうすぐ、死んじゃうんです」





風が吹き抜ける。


それに流された大きな雲が、ふたりを包むように影を造った。


そして蒼を隠すように、そのまま空は晴れなかった。




※※※




「神様−−−この本を読み終わるまで、私は生きていられますか?」

少女は、笑った。


とても悲しく。

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