第2章 その① ~はじまり~
ファイナルウェポンでの不思議な出来事から一夜明けた朝。部屋には心地いい太陽の光がカーテン越しに程良く差し込んでいる。
その光と、下の階からうっすらと聞こえてくる声に促されるように、タケルはゆっくりと目を覚ます。
「……ル…ケル!…タケル!寝てるの!?遅刻するわよ!!」
「…う…ううん…。あれ…?今何時だ?…………うおー!もうこんな時間!?」
昨日のことで疲れていたのか、遅刻ギリギリの時間に起きてしまったタケルは、早々と身支度を済ませ、食事もとらずに玄関を飛び出して行くのであった。
――
「ほらー!後1分で遅刻だぞー!走れー!」
学校の校門では、遅刻しそうな生徒たちを大音量で急かす体育教師の声が響いている。
家から全速力で走ってきたタケルは、ギリギリで遅刻を免れて無事に校門を通過し、そのままの勢いで教室へ飛び込む。
「ハァ、ハァ、間に合った…おはよ~。」
「おはよー」「遅かったね」「もうすぐ先生くるぞー」
「あれ?ユウトは?」
「いや、まだ来てないけど。」
「そっか。(きっとあいつも寝坊したんだな)」
タケルはそう思いながらいそいそと席に着いた。
そして朝礼がはじまる時間、いつものように先生が入ってくる。
生徒が各席に戻り、先生との挨拶を交わそうと待ち構えている雰囲気の中、先生から発せられたのは挨拶ではなく、意外な話であった。
「みんなに、話がある。今朝…シバサキ君のお母さんから学校に連絡があり……シバサキ君が、昨日の夜から突然居なくなったらしい…。」
「は!?」
先生のその話にクラス全体が声にならない驚きで静まり返った中、タケルだけがとっさに声を張り上げた。しかし動揺のせいか、タケルもその先の言葉が浮かばない。さらに先生が話を続ける。
「夜までは部屋に居たそうだが、朝には居なくなっていたそうだ。今、先生たちや、警察にも届け出て捜索中だ。」
「(いなくなった?夜は俺とファイナルウェポンして………。!?まさか…あのファイル、実行したってのか!?でも、あれはアイツが面白半分でって………いや、行方不明事件は実際に起きてたんだし……マジでか…?)」
「誰か、何か心当たりのある者はいないか?何でもいい。どんな些細な事でもいいから先生に教えてほしい。」
そんな突然の話に、冷静に頭を働かせられる生徒はおらず、皆一様に驚きのあまり黙り込むだけだった。
タケルは、親友が行方不明という状況と、昨日のニュースで言っていた“行方不明後に誰も見つかっていない”という言葉が脳裏をよぎり、少しうつむき加減で不安を隠し切れない表情をしていた。
その表情に目がとまったのか、先生が声をかける。
「タケル、どうした?顔色が悪いぞ?何か知っているのか?」
「!…いや、あの…ユウトが居なくなったって聞いて…それで…」
「そうか……お前らは仲が良かったからな…。気分が優れないなら、少し保健室で休んできてもいいぞ。大丈夫だ。先生たちや警察が必ず見つけ出すから。心配するな。」
「…はい。」
「一人で行けるか?」
「…はい、大丈夫です。」
そう言ってタケルは、皆が心配そうに見守るなか教室を後にした。
「(なんか上手い事抜け出せたけど……とりあえず、あのファイルを実行してみるか。)」
教室を出たタケルが向かった先は保健室ではなく、パソコンルーム。
顔色が悪かったのも、感情が顔に出やすい体質なだけで、その状況から先生が勝手に気分を悪くしていると判断してくれたようだ。
パソコンルームに入って部屋の電気をつけ、早速適当なパソコンを立ち上げる。
そして、ユウトが昨日の別れ際に言っていた言葉を信じ、ファイルが来ている事を願ってウェブメールを開く。
「さすがユウト。」
メールはちゃんと届いていたようで、“g0toUSaN.exe”ファイルも添付されている。さらにはユウトからのメッセージも。
――“さっきはお疲れ。マジで驚きだな。とりあえずファイル送っとくから。それと、やっぱ気になるから、このファイル、今から実行してみるわ。もし明日俺が居なくなってたら……なんてなw。”――
「なんだよ…マジでいなくなってんじゃんか…っていうかユウト、やっぱり、このファイル実行して居なくなったのかな…。……なんなんだよ…このファイル…。」
パソコンのディスプレイを眺めたまま、不安に駆られてしばらく硬直するタケルだったが、ユウトが居なくなった真相を探るため、意を決したかのような堅い表情へと変わっていく。
「とにかく……これを、実行するしかなさそうだな…。」
そう呟き、“g0toUSaN.exe”を実行した。
…
……
しかし、画面が一瞬黒くなっただけでまた元の画面に戻り、それからは何の変化もない。
「?…何も起きない……。…って、まさか………、あんの野郎!!」
そう言って何かに気づいたのだろうか、少し動揺した動きでパソコンの横に掛けてあったヘッドセットマイクを取って装着し、ゆっくりと後ろを振り返る。
「マジで、勘弁してよ……ホントに出てくるのかよ…!………“ご、後頭さん………後頭さん……わ、私を!…冥界へ……つ、連れて行って……………下さい!!”」
そう唱えた瞬間だった。
いきなりパソコンの電源が落ち、ディスプレイが真っ暗になったかと思うと今度は部屋の電気も消え、黒いカーテンに遮られた薄暗い太陽の光のせいで不気味な部屋へと変貌させる。
「え、え?マジで?マジで!?なに!?」
その状況にあわてふためくタケル。
そして少しのあいだ静寂が続き、辺りが確認出来るくらい部屋の暗さに目が慣れてきた時だった。
今度は低音で震える様な音とパチパチと何かが弾ける様な音がかすかに聞こえてくる。その音は決して大きな音量ではないが、徐々にボリュームを上げて音の震えも激しくなっているようだ。
タケルは完全におびえ切って声が出せない。
その状況をまるで楽しんでいるかのように、人の恐怖心をあおる絶妙な間をとりながら異変は続く。
次に起きたのは、いよいよと思わせる様な非現実的な現象。タケルと背後のディスプレイを中心に、周囲の空間が歪み始める。それはまるで、その場を水の球体が包み込んでいるような状態で、半径1メートルから外が歪んで見えていた。
その時だった。
「!!!????」
タケルの目の前にある席迎いのパソコンディスプレイに何かが映っている。それに気づいたタケルが体を強張らせて声にならない絶叫を上げた。
そこに映っていたのは、背後のパソコン画面からタケルの頭目掛けて伸びてきている血色の悪い灰色の手。その手はゆっくりと近づいているようだったが、それに気づいて反射的に逃げようとしたタケルの後頭部をいきなり猛スピードで掴み、今度はパソコン画面にゆっくりと、確実に戻っていく。
その手を必死に振りほどこうとしたタケルだったが、手に触った瞬間の生々しい弾力と冷たさに完全に心が折れてしまい、力を入れられないままゆっくりとディスプレイの中へと引きづり込まれていく。
「(これ……マジで洒落になんないって……。ユウト、ごめん……。マイ………。)」
極限の心理状態の中、ユウトやマイの事が頭に浮かんでは必至に意識を保とうと抵抗していたタケルだったが、その思い虚しく、ゆっくりと意識は遠のいていき、プツリと、なくなった。
――