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女神はサイコロを振って

「要点だけ言う」

 唯は真剣に、前置きをした。

「1、男子のみで華がなくなると美形に尊敬以上感じる奴がいて、親衛隊とか作って神聖だなんだと騒ぎ立て虐めや派閥問題勃発中。2、豪華すぎて庶民と金持ちの価値観の違い、虐めなど勃発。3、施設は校舎が四つ、委員会棟と部活棟、職員棟の三つが他にある。正門から左は居住区で寮が五つに、スーパーやレジャー施設が隣接。寮内の規則は寮ごとに長が決めてるけど、学校からは何の校則もない。制服は四種類のうちから着用。……以上」

 詳しいことは、後で。

 早口に簡潔に。他者の口を挟ませない勢いで言い切った。

 そして犀臥には口惜しいことにタイミングまでもが味方をし、唯は己の使命を一部全うした。

「はい、理事長室にご到着!」

 ででんっという効果音の似合いそうな風に紹介された理事長室、正確にはそこへと通じる扉。

 豪勢なのは内装だけでなく、こんなところにも使われていて、扉は大きく、豪奢、細工は繊細に、人を圧倒する。人よりもよほど存在感と圧迫感、迫力を持つ扉だった。


「時間潰してくるから、また後でな」

「あ、おい――」

 握っていた手に未練の欠片も残さずにさっと離れていく様は、どこまでも命令に忠実、ということを思い出させて。(唯が“世話係”でなかったなら、こんな時間はなかったのか)考えて、親しくなるつもりがないのは言葉を交わして互いに知り合った後でも変わらないのだろう、と結論が出る。でも、納得がいかない。

 出会ったばかりの唯が数年来の笑顔を思い出すほど、思わず笑みを浮かべてしまうほど影響を残しているというのに、唯は犀臥に対して何も思うことがないなんて。

 言うが早いか、踵を返す唯。けれど一瞬だけ後ろでに振り返り、「あ、あと強姦に注意」

「……はぁ!?」

 感傷的な気分になる犀臥に投下された爆弾は何が起こったかもわからないままに爆発し、けれど状況を説明する役の唯はさっさと背を向けて廊下に陰も見つからない。

陽汐ようせき 犀臥さいが――転校生ですね」

「っっっっ!?」

(今、気配なかったぞ――!!)

「秘書の、西川です。速やかに入りなさい」

 背後ににゅっと現われた人物は振り返れば存在感を主張するような鋭利な美貌の美男子。二十代、しかし仕事はかなりキッリチとしているようだ。神経質そうに眼鏡を上げる仕草をしてから腕時計を見ると、書類を手に抱えたまま犀臥を理事長室へと促す。



 犀臥の驚いた顔は面白かった。

 唯は理事長室のある職員棟、その上部の休憩室にて自販機を見つけ、学校側から支給されたカードを取り出し、それをスライドして紙パックのコーヒーを買う。500円ほどするそれは値段と釣りあった味をしているが、唯はその味を求めて高級品に手を出しているわけではない。これ以上に安い飲料など学内では入手できないから、という理由での購入だった。

 手持ちを、それも小銭など持ち歩く習慣がない金持ち生徒たちのことを見越し、ゴールドカードでもプラチナカードでもましてやブラックカードでもない、学内用のカードが支給されている。学年や特権制度による生徒の“地位”によって色が区分されているために紛失時は大変なことになる。再発行までの一週間は学内の物価が高いために一般生は財布が火の車になること必死だし、悪用されれば何が起こるやら。朝日学園には優秀な人材が集まる為にその殆どがいろんな場所でいろんな形で免除がされる。それが特権制度だ。

 かく言う唯にも特権制度は適応されており、それは大概が一般庶民である唯にたいする金銭的免除であって、食堂の無料利用やら施設の割引などのつくその特権は実は学内でも喉から手が出るほど欲しいとされている貴重な、各学年一人分しか用意されていない特権――主席特権だ。血の滲むような努力をして勝ち取った、といってもいいほど唯はこれに懸けている。

(このカードが寮の自室の鍵ともなってるから不安なだけで)

 黒銀色に輝くカードを見つめて、ぼんやりと思う。

 寮は基本的に二人部屋だ。主席は一人部屋となるのだが、一年は犀臥が入ってきて人数に焙れた為にそれまで一人部屋を勝ち取っていた唯が生活を共にすることになった。そのことに未練があるわけではないし、納得がいかないわけでもない。

 ただ、寮の部屋の鍵というのはこの特権カードとは別に配布されるものだ。スペアは寮長が持っているし、それほど紛失に対する心配も本来なら要らない。

(けど、犀臥は美形だ)

 同室ということで嫉妬を受けること。それは仕方ないのだ。それでも厄介なのは、部屋に乗り込んでこられたら、ということ。唯一人の部屋には誰かが押し入るようなものはない。だが、犀臥の部屋というのは、随分と生徒たちにとって価値があるものになる。


 ジュー、と音が立ちパックに中身がないことを知ると唯は飲み干したそれを軽く潰し、近くにあったゴミ箱へスローイン。お見事、と自身に拍手しながら体を預けていた壁から背を放そうと身を屈め、――視線が向けられた。

 その一瞬後。

「君、――そこで何してるの」

「っわ!」

 自身に影が掛かるほど接近していた人物を見あげようとして本日二度目の仰け反りをし、唯は壁に帰った。

「何、その態度」

「い、いえ……ただ、急に声をかけられたのでびっくりしただけで」

 鋭い視線はきつい目元から来るもの以外にも含みがある。

 何も間違ってはいない。ただ、急に人が現れたから驚いたのではなく、話しかけてきた人物が“生徒会役員”という人物だったからだというだけで。

 けれども、あえて付け加えるならば人気のない場所で話しかけられた幸運さと、話しかけられたこと自体に対する不運と、誰かに見られていたら親衛隊からもれなく“お叱り”という名の暴力を受けそうな不安と、生徒会役員ではあっても“この人”でよかった、という安堵。

 複雑に絡まりあったそれらが唯の胸を襲い、けれど一瞬で嵐は去った。

「――話の通じそうな人でよかった、と」

 生徒会副会長、法宵ほうしょう しおり

 こんな場所にいるのは免除を受けている生徒会役員か執行部、もしくは絶滅危惧種ぐらいに少ない不良たちだろう。そしてその中からめでたく生徒会役員が偶然に選ばれた、ということだろうか、とサイコロを転がした女神を呪うべきかどうかを考え始める唯。


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