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符合は不一致のまま

「デカ……ッ!」

 一目で感嘆を覚える、その場所を下から上へと目線を滑らして広さを実感する。ずらりと並んだ長テーブルの置かれている前列。数人ごとに集まるのにちょうどいい丸テーブルが点在する後ろ半分。煌々と照らされる場内は小さなシャンデリアと、それに合わされたような細工に凝った作りの照明。壁には品のいいタペストリーとどこかの有名画家にでも書かれたかのような美しい風景画。贅を尽くされた内装とわかるのに、良くありがちな派手派手しさも作品同士が美点を打ち消しあうこともなく、その空間は存在していた。

(これが、一介の学生食堂なのか……!?)

 まるで別世界。

 これは貴族の屋敷か、宮廷の一室か。

 しかし、現実には己の転入した学校の寮内施設、しかも食堂である。

 圧倒され、言葉も出なくなる犀臥に、けれど学生たちは平然と過ごす。そう、犀臥の隣にいる唯たちも、それを当たり前のようにしている。

「そりゃ、ね。うちの学校お自慢ですから」

「こんな時じゃなきゃ席埋まんないのにさぁー、もったいな」

 さっさと席取ろうぜ、と促す蒼のもと続く。席を確保するのにもこの友人たちの容姿は通用するようで、人ごみを掻き分ける普段とは逆に席が丸々と譲られる。希望者が多く、そちらの方がごたつくほど、速やかに人は撤去した。移動に際して口々に声かけをしてくるのが厄介で目障りだ、と心にそっと呟く犀臥だったが、その中で唯は特別だった。

 囲まれる中で唯だけがポツンと立って苦笑しているのが目に焼きつく。何故――という言葉が出る前にその声は聞こえてきた。


「ちょっと、退きなよ」

 退け、という前から体当たりしてくるのに言葉を投げる必要があるのかと唯は思ったがふらついた姿勢を立て直して前を見れば、まぁわかっていたことだが相手の用向きは道を退いてほしいということでなく、唯へのやっかみだった。

「君みたいなのがこんなところにいるんじゃない。君には君に相応しいところがあるんじゃない?――台所で食器でも洗ってたら、貧乏人」

 最初に声をかけてきたらしき生徒の次の言葉にその友人、もしくは取り巻きが笑い声を上げる。クスクスという笑い方はその可愛らしい容姿には似合っている。けれどその性別を考えんとすれば、の話であって甲高い声は唯にとって可愛らしいと寛容に構えることのできるものではなかった。眉をしかめ表情を曇らせる唯に自らの発言に対して気分を害したと相手方は納得したようだったが。

「あ、でも給仕は止めてよね。君みたいな庶民が運んだものなんて不味くなる」

「僕らの食事掠め取りそうだしー?」

 満足げに笑いあう彼らに、唯は呆れた。

 この程度のことは日常茶飯事であってたいした問題ではない。言われる内容も定番で、代わり映えのないもの。それに一々傷付くことはないし、気にすることもない。

 問題は、こちらに視線を固定している人物がいたことだった。

 軽く、誰にもわかられないようにそっと息をついた。


「お前ら――ッ!!」

 群がる生徒たちへの対応に唯のことまで気が回っていなかったはずの犀臥は、けれど猛然とした勢いでこちらに、正確には唯を罵倒した生徒たちの目前へと来て、その怒りをぶつけようと低く声を発する。それに歯止めをかけたのは、中心人物である唯だった。

 唯は湧き上がる怒りに前に出ようと暴挙に動いた犀臥の肩へと手を置き、止める。

「――落ちつけ」

 その落ち着いた声に沸騰しそうになった頭がスッと熱の下がるように冷えていった。

 心なしか、空気も熱気から遠ざかる。

「お前が怒る必要ないだろ~?犀臥って変!」

 なぁ!とわざとらしく明るい声を上げて唯は同意を求めた。いつの間にか犀臥のそばには生徒たちではなく、蒼たちがいる。

「あっちに席あるから移動しようぜ~」

 何事もなかったかのように声をかける蒼に不審を感じたが、誰も何も言わず、沈黙が落ちていた。食堂はいつからこんなに静かになったのだろうか。

「おっ!たまには気がきくんだな、ソウ」

 パッと犀臥から手を放した唯が今度は蒼の背を叩く。笑顔だ。

 標準通りの、笑顔。唯は始終笑っていた。――何故。

 犀臥には分からない。今日着たばかりの、今日会ったばかりの犀臥には、わからない。

「たまにじゃないし!ほら、何やってんだ二人は!起きろ!」

 蒼が長机に突っ伏す倭と深の頭を順々に叩いて起こせば不満が口を出た。

「イタッ!何すんのさぁ。暴力反対、横暴王子」

「うぅぅ……っ!起きるから、起きるから、もう叩かないで……ぐぅ」

「夢の中でまで叩かれてるの、深」

 生徒たちに断りを入れつつ空席を確保した空は早速寝に入っていた深と倭の様子に呆れ苦笑した。常識人であるはずの空までもがいつも通り。

 そのことに、犀臥は胸がざわついた。

(黙認してる?――なんでだ、こいつらは唯のことが好きなはずなのに。どうして)

 傍目から見ても、彼らが唯に対するこの周囲の態度に納得するようには思えない。それほど彼らの絆は薄くも脆くもない。

 それならば現状として示されているこの結果は何なのか。

 しぶしぶ起きた倭とうつらうつらとしたままの深の背を押して空の案内に従い席を移動してゆく唯の背を見送る。犀臥もそれに続こうとして――蒼が未だ静かな生徒たちへと目を向けるのを、見た。

「――――」

 何の感情も籠らない様な視線は一瞬だけで、すぐさま苦笑のようなものに紛れた。その一瞬後には生徒たちの硬直も取れ、すっかりと雰囲気を取り戻す。

 けれどそれは、蒼の、好青年とした様子からはかけ離れた冷たい眼差しだった。

 そのことに犀臥は身体が、思考が停止した。

「ん?犀臥、何してんだよ。来いよ」

 振り返った唯の笑顔に、その違和感を感じ取りつつも、犀臥は従った。


 七人がけの丸テーブルに六人で座る頃には食堂に集まった生徒たちもそれぞれ席に着き終わっていた。寮生歓迎会が始まる。



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