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湯気が立ち上る景色

 通常人では視認で着ない距離を見つめてきた黒い瞳に、囚われそうだった。

 気配を読むよりも先に勘が働いたような、そんなタイミングで犀臥は気づいた。

 そのことに唯は、感心する。やはり、と認識を深めた。

(恐ろしいほどの才能が、眠っているのだろう、この男には)

 潜在能力は未知数。――唯の知る人物に、よく酷似した才能はやはり、血縁と呼ぶのだろう。

 そして、震える。その事実が示す結果に。


 だから、唯は考える。

 一日を終えた、寮の自室で、さいがのいない内に考えを纏める。

 一般的なことは説明を終え、そして実際の体験も終えた編入初日。けれど、一つだけ話していないことがあった。そしてそれが一番重要でもある。


 “裏”――朝日学園が大都会にありながら隔離されるように周囲の建物からも駅からも離れて設立されている訳。学生が全て寮に入ることを原則とされている訳。

 “能力者”という日陰者を保護する為だ。前近代に発見された種別“能力者”は社会的に確立されてきたとはいえ、差別の対象になる。世論は“崇拝”“利用”“下等”の三論を展開し、今をもって平凡なる生活を送ることは難しい。

 “崇拝”は進化した人類、と本人の意思も関係せずに擁護し、けれどその本心は怖れと宗教戦争の引き金だ。“利用”は能力の活用として兵士に仕立て上げようとする者。軍事利用の観点は国家にも及び始めている。それも半ば強制的な国でさえ少なくない。“下等”は利用する者たちよりも厄介だった。飼い殺し。人として認めず、その命を軽く見、そして怖れから断罪を望む。――人工的能力発生を促す存在がいることも忘れずに。

 幼い時分は能力の制御が完璧ではない。成長とともに使い方を覚えるが、それまでは“通常人”は怯えなければならない。制御が完璧でも、人格的な問題がゼロとは言い切れない。危険な存在の排除を願う。――そんな者たちの犠牲にならないよう、能力者の保護団体として、朝日学園はその地位を確立していた。学生という期間のみの切り札だが、三種に分かれた立場のどれでもなく、能力と人格の教育という立場でいる朝日グループ。能力者の発見初期からあるために組織として大きな影響力を持つが、少数派なだけに決して不動というわけにも行かない。


 海外にも輪を広げる朝日グループは表向き、日本屈指の中高エレベーター式進学校として名を馳せ、その裏では能力者という条件に途中編入も認める学校だった。それが、“例外”として適用される。

 勿論、表の面がある限り通常人の受け入れもしている。だが、それは能力者に対する危険思想を持たないことを確認の上での、実質的には学生でさえ“裏側”を知っている状態での入学だった。能力者は過程として能力制御の授業があるのでどうしても知らないというわけにもいかないわけだが。能力制御――国家に隷属する軍人でなく、傭兵という立場に置き換えるための訓練である。人間的地位の向上を目的としたものだ。

 カリキュラム上で表裏が別れる学生たちの生活は、そのため区別される。能力者は放課後の“部活動”という形や“委員会”という形で時間を取る。そのさり気なさは生徒たちには表立って誰が裏で誰が表かわからないだろう。

 けれど、極近しい人物というのは個人的に特定が出来てしまう為、そのため“表”と“裏”の両方に属する者たちの派閥が出来る。白と灰と黒。そんな、社会の情勢をそのままにしたような派閥が学内で出来上がる。それが、現実だった。


 そして、犀臥は圧倒的に“裏”だ。

 やはり、その容姿において注目されるさいがは表に感づかれやすい存在でもある。“裏”という隠匿に対し、目立ちすぎている。編入生が一日で見せた数々のこと。頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能。人格にも問題がないと来れば、一躍有名にもなるだろう。

 当たり前のことだが、それでは“裏”に対して、大きく反感を持つ材料となる。

(裏で影響力の大きい人物の保護下に入らないと)

 でないと、早々に問題が浮かぶだろう。

 容姿に重きを置く傾向の表に比べ、裏は能力・実力重視だ。

「シン……いや、倭かな」

 リビングに元から設置されているソファ。それに横たわり、見るともなしにつけっぱなしのテレビにむけて言った。

「部屋に呼ぶのか?」

 背後からの声に、顔だけ向ける。

 湯上り姿で迎えた犀臥は部屋に先に唯がいたことへの驚きはなかったが、その室内の様相には驚いていた。思った以上に広く、各種設備が整えられていたからだろう。

 自室に浸かっている部屋の扉の隣を示すと荷物を置いてすぐに出てきたかのように、すぐさま部屋を物色し始めた犀臥に、先ずはお風呂でも入って落ち着いたらどうかと提案したのだ。

 何せ、制服から着替えずに色々とし始めるので皺が出来る。いっそ風呂に入れば服も室内着に変えるだろうということだった。

「出てきたんだ、早いな」

 短髪を白い真新しいタオルで包みながら近づく犀臥に唯はのんびりと言葉を返した。直前まで身を横たえていたソファに座り直して、テレビを消した。

 テーブルの上には散らばったままの教科書類。広げられただけで書き足されることもなく真白なままのプリントは、気が向かなく進めることを断念したものだった。

「まぁな。それより――」

「食事、食いに行くだろ。その時に話でも、ってだけ」

「食事?自室じゃないのか」

 その疑問を持つのも当然だろう、個人部屋にはそれぞれキッチンも冷蔵庫も完備だ。二重の設備は快適を追及したものだが、その分だけ金も手間も掛かっている。それも、これだけに限らず、風呂にしてもシャワー室が各部屋設置のほか寮施設として大浴場がある。利用するものは少ないけれど。

「寮食は六時から二十四時の間、ずっと営業だからね。具合が悪い時とかはルームサービスもできるようになってる」

 部屋に固定された子機を指す。お粥などの病院食も注文できて、その料理の品幅は広い。

 それに、今日は寮生歓迎会だ。

 さっさと着替えろよ、風引くぞ。そう、促して絶えてしまった思考から別の問題、目前に広げられた宿題という名の問題を片付け始めた。


 ピンポーン

「お迎えご苦労!」

「いえいえ、それほどでも?して、ご褒美は?」

「ええい、無礼者―!触れるでないっ!このセクハラ魔!」

「それ、現代じゃん」

「スケさん、カクさん?」

「いや、違うから。悪役だからね、そこの二人」

 唯の言葉に端を成した流れるような会話についていけず犀臥は突っ立つ。そこにあるのはいつもの四人の姿だ。

「何やってんだよ、お前ら……」

 呆れた風に言ってもそれは逆効果だった。

「おお、つっこみが増えた」

「増えた!」

「良かった。ほんとうに良かった……!」

 実感の篭る声に、この途方もないボケの渦に一人立たされていた空が可哀想だと思った。



何気にお色気犀臥。本人たちは自覚無し。

さっさと服着ようよ、犀臥。目もあてられないッス。

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