宣戦布告
結局、犀臥はゆっくりと己で覚えていくとのことでまたの機会と相成った。それぞれにブドウ(倭)、野菜(空とこの時だけ起きた深)、いちご牛乳(唯)、コーヒー(犀臥)とそれぞれ飲み物を頼んで、蒼に走ってもらう。
「ほら、シン」
その間にそれぞれで自己紹介でもしようかと唯が斜め前の席の人物を揺り起こせば、のっそりと起き上がる長身に少しばかり気圧されるようにして犀臥は一歩下がった。
「柄島 深……睡眠がマイらいふわーく。ぐぅ……」
半分閉じた瞳で挨拶をする様はいかにも寝ぼけている。言葉だけ聞けば非常に可愛らしい物言いだが、実際の深は美形男子だ。細身であることやどこでも寝る癖などが非常に愛くるしい。ぬぼっとした風感は切れ長の涼やかな瞳を完全に消してどこかマスコットキャラクターのようだ。しかし、やはり大柄な男だ。その行動も大型犬のそれのようだ。
絆されそうな気分になって犀臥は微妙に苦々しい思いを自分に覚える。
「俺は宇治 倭ね。よろしく~」
すっきりした声で犀臥の視界に移りこむ夕焼け色の存在に思わず目を見開く。さきほどから驚いてばかりの犀臥は唯の友人たちは驚かせることの天才だと感心せざるを得ない。
「珍しく自分から紹介するのはいいから、退け!重い!」
犀臥と合っていた眼の高さが深の寝ぼけつつの攻撃によって沈み込んだ唯。再び、その上から追加される重りに文句を言うが、片方は全く意識を回復することはないし、もう一方にしろ面白がってやっているので自ら退く気配もなかった。
「委員長~」
身動きの出来ないまま、机に捕まって顔の高さを維持しながら呼びかける唯だったが、無理、とばかりに視線で流され、「そんな殺生なぁ~」と心のみでなく呟く。
「俺は月匙 空。去年までは学級委員長をやっていたから唯にはそう呼ばれてるけど、今は“違う”から」
(笑顔で強調するのは暗にそれ故に助けない、と言っているのか?)
「よろしく」と言って手を差し出してくる空に犀臥は新鮮な気持ちになり握り締め返す。
クラスメイトの中でこんなにも心地よく、常識的な挨拶をしたのは空が初めてだった。
他は有象無象、と紛れるようにして口々に言うものだから誰が誰だかをはっきりしなかった上に馴れ馴れしく、また媚びが含まれていてこれが学園の現状なのか、と説明だけでは得られなかった実感を犀臥は改めて覚えていた。
唯は役目を果たそうと努めて冷静で距離を取った態度で接してきたが直ぐに玉砕し、ラフに変更した。そのことを思い出して、少し苦笑するようにして名乗り返す。
「こちらこそ、よろしく。犀臥だ」
「いいんちょ……」
空に無視されて、容赦なく、押しつぶされている唯が切なげに名を呼ぶ。あだ名だが。
だが、その音色にいつものこと、と呆れた視線で見やる空とは対照的に犀臥は動揺した風に唯を見つめる、間は無かった。
「俺、海炉 蒼也!よろしくっ!」
「ぅぎゅ……っ」
「でさぁ、“ようせき さいが”ってどんな漢字?」
三人目で更に押しつぶされた唯が呻く様な声を奇妙に表現してみせたが、犀臥は身を乗り出して紹介する男の勢いに押されるような形で質問に答えを出す。
「太陽の陽にサンズイの着いた夕で“せき”、動物の犀の“さい”、臥すの“が”で陽汐 犀臥だ」
「うわ、ぜんぜんわかんねぇ……!」
(やたらとキラキラした目で見られるのは何故だ)
尊敬するような眼差しで見られる覚えもなく、相変わらず押しの強い個性あるメンバーに若干押され気味の犀臥。
「これを機に少しは勉強したらどう?」
「え?唯か空が教えてくれんの?」
「嫌だね」
空が言い含めるように言えば勘違いなのか嫌味か、よくわからない言葉で反撃してくる。それにも空は冷たくばっさり、切り落とす。もう一方の問いかけられた人物といえば、
「そのまえに……離せ馬鹿共―!!」
押しつぶされ、押しつぶされ、押しつぶされな唯は全身でもって拒絶。暴れるという行動に出るが、被害は最小限だった。被害者も一人、眠ったままの深のみだ。一番罪のないといえるのに、蒼は一番上のために素早く逃げ、倭も生来のすばしっこさがこんな時ばかり発揮される。
得物を二匹取り逃がした唯としては不満ながらも、悪気のない深を起こすのも憚られたので、体をずらして膝枕状態へと移す。それをどう取ったのかは知らないが深はそのまま体を椅子のサイズに収めるように動くと、パッチリ眼を開けた。
「さぁ、食え!」
促せば待ち遠しかった蒼は誰よりも素早く。ノリだけで生きているような倭はひょいひょいと好物だけを取って食べていく。ぬぼっとしたまま夢気分の深までもむしゃむしゃと食事を始め、空は行儀良く食べ始める。それを見て、犀臥は少しずつ料理へと手を伸ばした。
「やっぱ、はじめは食堂の方が良かったか?」
「否――」
何の感想も漏らさずに他を観察しながら食べ進める犀臥に唯が問いかける。しかし、犀臥は何も気に入らなくて無口だったわけではない。
食堂の安い料理とは違い、カロリー計算もされていそうなバランスの取れた弁当は見た目も味も一級品で、色彩は鮮やかで適度に飾られて作られている。長時間煮込んだ口の中で蕩ける感触の肉や凝って作られたとわかるオリジナルドレッシングなども用意されていて、自活を主とする寮生の昼食としては、朝の忙しい母親の作る適度に美味しい時間の掛からない弁当と比較しても随分と豪勢でさすがは金持ち学校、と納得したくなる弁当だった。
では何故口数少ないかといえば、単に犀臥が寡黙な気質であることと、この弁当について思案を重ねていただけに過ぎない。唯の心配は見当外れどころか間逆だった。
「料理が趣味なんだ。週に数回持ってきて教室や屋上で食ってる」
ぴょこ、とウサギが耳を動かす仕草というような表現が似合いそうに反応した犀臥は言葉の主である唯を見つめ、一言「おいしい」と漏らした。
唯は犀臥のコメントに驚いたがゆっくりと噛み砕いて理解すると、はにかんだ。
「にしてもさぁー入学式なのに午後もあるって変だよなぁ」
ぼやく蒼だが、その割には残念そうでもつまらなそうでもない。口ではなんと言っても蒼は何事も楽しめる性格なのだ。授業も勉強も苦手ではあるが嫌いではない、というのが本人談。実際のところ、唯から見ても蒼は勉強をしないだけで基本的にやれば出来ると見ている。学園に入学できたのもその土台があったからだ。
「そうでもないよ。生徒はみんな寮生なんだから近いし、授業だったらきついけど、この後にやるのは新入生歓迎会だしね」
「部活何入ろうかなぁ。決めた?」
「唯は家庭部、期待の星だから決定も同然だけど」
「えぇ?」
いつの間に期待の星になったんだ?と首を傾げる唯を横目に会話は続いていく。
「深は去年と同じく茶道部?」
「そぅ。一杯、寝て、一杯、食べる」
「いや、それもどうかと思うけど。倭はー?」
「俺は夕方から忙しいから」
きっぱり言う倭におや、と思えば
「どう?今夜あたり犀臥、空いてる?これ部屋番――」
「ちょっと倭、食事中」
変なことを言い出すのは変わらない。
「はいはい」
適当に言葉を返す倭に唯は頭一つ分以上高いそれを叩く。しかし、聞いてるのか聞いてないのか、ニヤニヤした表情を僅かばかり本物へと近づけて唯の手を己の手で握りこむようにして押し返す。
その意図が分からないのは唯だけだ。倭の思っていることは犀臥にも分かった。だから、分からない程度に眉をしかめる。
その反応にどう勘違いしたのか唯は見当違いの事を言い始める。
「こいつら、スキンシップ多いし、うざいし、無駄に容姿整っててキラキラし過ぎだし、悪ノリもするけど、いい奴等だから仲良くしろ?」
前半半分で散々貶し、最後には命令しつつも唯はそうして笑顔を向けた。
(確かに良い奴らなんだろう。手ごわい奴らでもありそうだが)
「ああ……よろしく」
宣戦布告として犀臥は言った。




