駅前広場のギタリスト
駅前に小さな広場がある。広場は夜になると人通りが少なくなる。毎日そこに斉藤は歌を歌いにくる。アコースティックギターはヴィンテージのようで渋い色をしている。1月の風は乾いているらしく、音はあたりに良く響く。
そこから100メートル南へ歩き、左、つまり東を向くと細い路地がある。緑木通りだ。そこを突きあたりまで歩くと古本屋がある。そしてその手前に僕のアパートがある。
アパートには登山部と書かれた看板がかかっている。つまり僕は学生だ。2年前からここで暮らしている。夜になって皆が眠ると僕は部屋を出る。階段までは10メートルほど廊下が続いていて、3部屋ほど通り過ぎる。築20年以上で床がギシギシときしむ。
駅に向かっていくと空に冬の星座が輝いている。1月に目立つ星座はオリオン座だ。だが今日は曇っていてそれも隠れてしまっている。星を見るのをあきらめると、ボクは溜息をつく。
交差点を渡って駅前の広場に着くと、斉藤はいつものようにモッズコートを着て歌っていた。その曲は前にも聞いたことがある。斉藤は歌を11曲持っているらしい。どれもJPOPに分類される弾き語りだ。
「こんにちは。いつも一人ですね。」
「あぁ。面倒が少ないからな。」
「なるほど。いつもここで歌ってますね。僕、聞きに来るの8回目なんです。」
「ありがとう。聞いてくれる人がいると素直に嬉しいよ。」
「じつは僕もギターやってるんです。素敵な声ですね。」
「へぇ。それは奇遇だ。それにしても、もしかして君、南北高校の生徒?」
「え、なんで分かったんですか。」
「その手持ち鞄、俺の時とまったく変わっていない。」
「へぇ、斉藤さんって南北高校の方だったんですね。僕は登山部なんですけど、大学からは音サーでも入ろうかなぁなんて思ってたんですよ。」
「へぇ。だったら教えてやろう。時間があれば駅前の音楽教室に来れば良い。」
そう言うと斉藤は僕に一枚のパンフレットを手渡した。A4サイズでギター講師と生徒の写真が載っている。料金は月1万円ちょっとで、週4回とある。
「あぁ、そうそう。言い忘れるところだった。後輩ってことだから料金は半額で構わない。そのかわり機材運びを手伝ってくれ。」
僕が戸惑っていると斉藤は決心がついてからで良いと携帯アドレスを教えてくれた。
------それからあっという間に3年の月日が流れた。------
「スタンバイ大丈夫っすか?」
「オース。みんな緊張してるね。」
「分る分る。俺たちも失敗ばっかしてたからな。」
「失敗は成功の元。」
「それそれ。じゃあ、行きますか。」
「そうだね。」
こうして僕は斉藤からギターを教わり、大学の音楽サークルで活躍した。弾き語りが聞こえてくると、今でも僕はふと足を止める。
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