だから、それは私じゃない。
「モーリア、此処に居たのか」
私の名前は、モーリア。子爵家の三女。声をかけてくるのは、公爵子息であるグラーノ様だ。
ほほ笑みながら近づいてくるけれど、正直私はこの方が得意ではない。周りには羨ましがられる。実際にグラーノ様は見た目が整っている。真っ黒な髪と瞳の、麗しの公爵子息。
そんな彼から、私はよく声をかけられる。
「……何か、ご用ですか?」
私は怪訝な表情でそう問いかける。それでも彼はにこにこしている。……本当に気持ち悪い男だ。
しかし私は子爵家令嬢でしかなく、公爵子息相手に強く言えないのが現状だった。
「君に会いに来たに決まっているだろう。ああ、可哀想に。私の運命、そんなに警戒しなくていいんだよ」
「だからあの、あなたが幼いころに出会った運命は私じゃないのですが」
「そんなわけない! どうしていつも否定をするんだ。君に決まっている! 私が運命を間違えるわけがない」
「そうは言われましても、勘違いですわ。チェーナ姉様ではないかと言っているのですが」
「あんな醜い女性が私の天使なわけがない! 君は幼かったから覚えていないだけだ」
……やっぱり何度言ってもこの方は、私の話を聞かない。私はそのことにうんざりしてしまう。
このグラーノ様、十年前に初恋をしたんだという。桃色の髪と、赤い瞳の少女に。それは確かに私の髪と瞳の色彩と一緒である。しかし私は彼に幼いころに会ったことはない。
……寧ろ、彼の初恋の天使が私の二番目のお姉様であることを私は知っている。だってチェーナ姉様は、グラーノ様のことを覚えていて、その出会いをとても大切になさっていたから。
チェーナ姉様は、家の中で辛い立場にある。チェーナ姉様は、過去に病気になった影響で以前とは確かに髪の色や見た目に変化が起きた。
それまで可愛らしいと有名な三姉妹だったのだけど、チェーナ姉様が病気になってから自慢の娘たちにケチがついてしまったという謎の理由で両親や一番上のお姉様、それにお兄様もチェーナ姉様のことを嫌いだしてしまった。
というか、そう言う理由もあってグラーノ様は初恋相手をチェーナ姉様ではなく私だと思い込んでいるのだろうけれど。
私は何度も何度も、自分ではないのだと告げているのに全く気付いてくれない。それどころか、チェーナ姉様に対して酷い対応をしている。
両親たちがチェーナ姉様に態度が酷いからそれが影響していたみたい。だって他の家族はチェーナ姉様の悪い噂とかを否定しなかったりしていた。その方が都合よかったのだろう。
両親たちに大いに騙されているグラーノ様は、私が初恋の相手だと誤認しっぱなしだ。
というか、一番上のお姉様に関しては私やチェーナ姉様と髪と瞳の色が異なっている。本人はグラーノ様に興味津々のようで、チェーナ姉様や私の評判を下げて自分がグラーノ様と結婚したいと思っているようだ。
……全く、血の繋がった家族の幸せを願えないチェーナ姉様以外の家族に関しては呆れたものだ。
グラーノ様は公爵子息なので、このまま勘違いされたまま私を娶ろうとしたりするかもしれない。
正直、私は全く私の話を聞かないグラーノ様のことが好きじゃない。そもそもの話、幾ら身分があって顔が良かったとしても話を聞いてくれなくて、一緒に居ても心休まることなどないのだもの。そんな相手と結婚したいと思う人がどれだけいるんだろうか。
……チェーナ姉様にとってもグラーノ様は初恋だったらしい。とはいっても流石に自分の話を一切聞かず、妹である私に勘違いでつき纏っている彼に対して良い感情はもう抱いていないらしい。
チェーナ姉様は確かに病気のため、少しふくよかになってしまったり、髪の色に変化があったり……そういった点はある。私はその後遺症を治してあげたいので、他国に行こうという準備を現在進めている最中だ。
この国よりも、他国の方がチェーナ姉様の病気への理解が進んでいるらしい。だから私は他国に行きたくて、今、一生懸命準備中なのだ。
チェーナ姉様にもその話は伝えてある。
「モーリア様、どうしてグラーノ様の手を取らないの?」
「あの方があんなに求めていらっしゃっているのに」
――そんなことを言われることもしばしばある。一般的に考えてグラーノ様は結婚相手として人気である。
そんな相手からこうして求められているのならば、頷くべきであるとそう思われている。
周りに関しても私がどれだけ私じゃなくてチェーナ姉様が初恋相手なのだと言っても誰一人として信じてくれないのである。
……私の周りは、私の外面だけを見て内面を見てくれない人たちばかりだ。そう思うとうんざりして仕方がなかった。
私はチェーナ姉様と話している時が一番私で居られる気がする。
――だけどそうやって暮らしている中で、私自身を見てくれる青年と出会った。
「君は公爵子息から愛を囁かれているというのに、全く嬉しくなさそうだね」
そう言って話しかけてきたのは他国からやってきたというラヴィーダという子息だった。
「……そうですわね」
私の態度からグラーノ様のことをよく思っていない感情を理解してくれていた。初対面なのにね。
「どうしてだい?」
「……噂、何処まで知っていますか?」
「君が自分の姉こそが公爵子息の初恋相手だと言って、気を引こうとしているとかいうことか」
「うわぁ……」
私の行動は、気を引こうとしている行動だと思われてしまっているようだ。本当になんというか、権力者であるグラーノ様のことを肯定したい人達ばかりでそう言う都合の良い噂話が沢山流れている。
なんというか、あれなんだよね。
この国では王族や貴族の恋愛話が、劇などになって人気になったりしている。私とグラーノ様の話も、そう言う風にしたいんだろうなとは思う。
劇として人気になったら、それだけ利益も生じるわけだし。
グラーノ様は思い込みが激しくて、公爵家はグラーノ様の望みを叶えようとしている。だからこそ、今、私が身動きとりづらくて面倒な状況に陥っているのだ。
「その顔を見るに、噂は違いそうだね」
「ええ。違いますわ。私は正直言って自分の話を聞いてくださらない方と結婚なんてしたくありません。それに私は姉のことを大切に思っています。だからそんな姉に酷い扱いをする相手を好きになるはずがありません」
私がはっきりとそう言ったら、よっぽどおかしかったのか楽しそうに彼は笑った。
なんだろう、こうして私の言葉をきちんと聞いてくれることがこんなにも嬉しい。私の周りは公爵子息という権力者に倣った行動をする人ばかりだった。
他国の人間だからこそ、影響をあまりされていないのかもしれない。そう考えると私は喋っていてほっとする。
「なるほどね。本当に君の姉が公爵子息の初恋相手だったりするのかい?」
「ええ。そうですわ。私の二番目のお姉様は病気の後遺症で以前と少し異なる見た目になっておりますの。でも本来の彼女は私とそっくりですわ」
「それは公爵子息には?」
「もちろん、告げていますわ。でも全く信じてくださらなくて、事実無根な噂が流れる始末で困っておりますの」
私がそう言い切れば、ぷはっと吹き出された。
「あははっ、やっぱり君は面白いね。こっちの国に行きたがっているのもそれが理由?」
「……ご存じだったのですか?」
「ああ。知り合いが、他国の貴族令嬢が文官試験に応募してきたって驚いていたから」
「……そう、ですか」
そう、私は彼の言う通り他国の文官試験を受ける手筈になっている。チェーナ姉様の病気の後遺症への対応をするためにとはいえ、他国にただ向かうだけではいけない。先立つものがなければ、生活もしていけないのだから。
ちなみにチェーナ姉様は文字を書くのが得意なので、代筆業をやろうとしてくれている。私に任せっぱなしではなく、自分でも稼ごうとなさるのがチェーナ姉様らしいわ。
チェーナ姉様は優秀なので家庭教師などの仕事も出来ると思うのだけど、本人は両親たちから散々醜いなどと言われ続けていたので、人と関わる仕事を望んでいなかった。全く、チェーナ姉様は素晴らしい方なのに、他の連中のせいで!! と私は怒りでいっぱいだ。
昔のチェーナ姉様、もっと前向きでのびのびと過ごしていたんだもの。後遺症をどうにかして、もっとチェーナ姉様に幸せになってもらいたい。
「知り合いは貴族令嬢を採用していいか悩んでいたが……私の方から口利きもしておこう」
「え?」
「君はこの国に居るのは大変そうだから。それに私は君と話していて楽しかったんだ。君のお姉さんのことも気になるし、ぜひ、我が国に来てほしいよ」
楽しいからという理由だけで、そんな風に決めていいのだろうか? と思ったものの有難い話だったので私は頷くのであった。
それからとんとん拍子で話が決まって、二か月後には私とチェーナ姉様は他国へと渡った。ちなみにその時に、除籍の手続きも行った。ラヴィーダ様の助けを借りて行ったので、スムーズに出来た。
……ラヴィーダ様の知り合いが王族だったことには驚いたけれど、他国に来られたこともありチェーナ姉様の治療に専念することも出来た。
――そして私とチェーナ姉様が国を出て二年経った時、望んでいない来訪者があった。
「モーリア!! ようやく見つけた」
――それはグラーノ様であった。私のことをチェーナ姉様と勘違いをして散々追い回していた公爵子息。どうしてこんなところにまでやってきたのか。私はうんざりした。
ちなみに私は仕事のために王宮に居た。他国の王宮にやってきて大騒ぎをされて、困る。グラーノ様と同行していた使用人の男性が驚いた顔をしている。
「……お久しぶりですね。何の御用ですか?」
「何の御用って……! モーリアが突然いなくなったから探しに来たに決まっているだろう。君は私の運命なのにどうして私から逃げるんだ!」
正直、まだ言っていたのかと呆れてしまう。二年も経てばいい加減、諦めてくれると思っていたのに。
「だから、それは私じゃないと何度も言っていますでしょう? 私はグラーノ様の初恋の女の子とは別人です」
「そんなわけない!! なぜ、そこまで頑なに否定をするんだ。あの女――」
「チェーナ姉様のことをあの女呼ばわりしないでください。不愉快です」
私がばっさりとそう言ったら、グラーノ様はショックを受けた表情を浮かべた。
私が祖国に居た頃よりもはっきり物を言うようになったからだろうか。そんなことを考えていると、グラーノ様が何かに気づいた様子ではっとする。そしてみるみる顔を青ざめさせる。
「そ、その指輪は……」
グラーノ様はどうやら左手の薬指にはめられた指輪に気づいたらしい。
「私は既婚者です。なので、グラーノ様、運命だと言われても困ります」
またショックを受けられた。そう、私はこの二年のうちに結婚した。相手はラヴィーダである。私を気に入っていた彼とはこの国にやってきてから急速に仲良くなった。そしてそのまま結婚した。
いつの間にか外堀も埋まっていたし、ある意味捕まったと言えるかもしれない。でもまぁ、私も彼に惹かれていたので構わなかった。
「そ、そんな……」
グラーノ様はそう言って膝をつく。大げさだ。祖国に居た頃から思っていたけれど、この方って凄く演技派というか大げさよね。もう少し静かに出来ないのかしら。
「あら? 何を騒いでいらっしゃるの?」
そこにチェーナ姉様の声が聞こえてきた。
グラーノ様がそちらを見る。目が大きく見開かれる。そして顔が赤くなる。うわぁ……って、その反応に引いた。
「き、君は?」
「……あなたはグラーノ様ですか? なぜ、こんなところにいて私の妹に絡んでいるのですか?」
目を細めて、嫌そうな顔でチェーナ姉様はグラーノ様を見ていた。
「い、妹? も、もしかして君はチェーナなのか?」
「そうですが?」
チェーナ姉様はそう言ったかと思えば、グラーノ様には興味ない様子で私に近づいてくる。
「モーリア、大丈夫かしら? もしかして前みたいにせまられたの?」
「ええ。相変わらず私のことを初恋の相手だと勘違いしていて」
私が呆れたようにそう言うと、チェーナ姉様は大きくため息を吐いた。そして虫けらか何かを見るような冷たい目でグラーノ様を見る。
そんな瞳で見られても、グラーノ様は高揚した様子である。
「チェ、チェーナ。君が、私の初恋の天使だったんだね……!」
そしてあろうことかそんなことを言い放った。
うん、何度も私が言ったよね? と思わなくもない。そう、チェーナ姉様の病気の後遺症は完治している。今のチェーナ姉様は私にそっくりで、とても愛らしい。
私と同じく王宮勤めで、とても生き生きしている。そのチェーナ姉様を見てようやく初恋の相手に気づいたらしい。
「だから、なんですか? 迷惑なので近づかないでください」
冷たいチェーナ姉様も素敵! 私はチェーナ姉様のことを見ながらにこにこしてしまう。
「なななっ、なぜ、そんな……」
「なぜって、昔から私とモーリアを勘違いしていたのでしょう? モーリアが幾ら嫌がってもその言葉を否定し続けた。私はあなたのせいで妹が苦労したことを知っています。それに昔の私に向って散々な言葉をかけてきたのになんですか?」
チェーナ姉様は強い口調でそう言った。正直、こんなところで騒ぐグラーノ様を嫌悪しているのだろう。気持ちはわかる。
「そ、それは仕方がなかったんだ! あの頃の君を見て天使と分かるわけがない!!」
「モーリアが病気の後遺症だと何度も言っていましたよね? もし初恋だったとしても私にとっては他人です。こんなところで騒がないでください」
チェーナ姉様は絆される気は全くないらしい。うん、それでこそよね。
私はチェーナ姉様かっこいい! という気持ちでいっぱいである。
「モーリア、こんなの相手にしなくていいから行きましょう」
「はい、チェーナ姉様!」
私はチェーナ姉様に言われた言葉に大きく頷く。それから後ろで騒ぐグラーノ様は騎士達に連れていかれた。
その後は、いつも通り私達は仕事に励むのであった。
「あの公爵子息に絡まれたんだって、奥さん」
仕事中にそう言ってラヴィーダが文官達の執務室にやってきた。ラヴィーダは私を呼び捨てにすることもあれば、こうして奥さん呼びすることも好きである。
「ええ。そうよ。びっくりしたわ。まさかこんなところに来るなんて。というか、もしかしてわざと入れました?」
「一度、きちんと現実を見てもらった方がいいなと思って」
軽い調子でそう言ったラヴィーダは楽しそうに笑った。全く、この人は……と思いつつ、確かに一度決着は付けた方がいいので良かったなとは思った。
「そう、ならいいわ。これ以上はチェーナ姉様に近づけないでね?」
「もちろん、おおせのままに」
にっこりと笑ってそう言われて、私はほっとするのであった。
蛇足だがチェーナ姉様は私と違って結婚していない。病気の後遺症が全て治ってから、散々求愛はされている。しかし仕事が楽しくて仕方がなくて今は男性に興味はないらしかった。
求婚者を全員蹴散らしているチェーナ姉様。いつか、誰かと恋をしたりするんだろうかとそれは楽しみだったりする。
――この国にやってきて、私もチェーナ姉様も楽しく過ごしている。
きっとこの先も、何か問題が起こっても私達は幸せに過ごしていけるだろうと私は確信している。
だって、ラヴィーダという旦那さんと、チェーナ姉様という大切な姉が一緒だから。
祖国へと強制帰国させられたグラーノ様は、他国の文官につき纏ったことが噂になって大変らしい。散々初恋の天使と結婚すると言い放って婚活もしていなかったので、結婚相手を見つけることもままならないそうだ。
また、そもそもショックで外に出られないらしかった。相変わらず大げさに振る舞う人である。
尤も、私達姉妹には全く関係ない話だけど。
急に書きたくなった短編です。
姉のことなのに勘違いされる妹視点の話。
モーリア
子爵家三女。桃色赤い瞳。可愛らしい。
二番目の姉が大好き。他の家族人はうんざりしていた。自分と姉のためにも他国に行くぞと他国に向かった。
二年後、ラヴィーダと結婚している。他国で文官として活躍中。
ラヴィーダ
他国からやってきた青年。面白いことが好きなので、モーリアに興味を持つ。
王族とも親しい大貴族の息子。自国にモーリアを連れ帰ってからは外堀を埋めて抱え込んだ。
チェーナ
モーリアの二番目の姉。病気により、太り、見ためも変わっていた。グラーノの初恋の天使。
モーリア以外の家族から疎まれていた。後遺症が治り、すっかりモーリアと似て可愛らしい見た目になる。治るまでは代筆業をしていた。治ってからは自信を取り戻し、モーリアと同じく文官として働く。
仕事が楽しくて恋には興味はない。
グラーノ
公爵子息。黒髪黒目の美しい見た目。初恋の天使と結婚すると言い放っていた。モーリアをずっと初恋の天使と勘違いしつき纏っていた。見た目で人を判断する系のタイプ。




