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もう騙されない私になる――相談できなかった50代、はじめての再出発――  作者: あめとおと


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第7話 いつもの場所、少し違う私


 パート先の自動ドアが開いた瞬間、由紀の足がわずかに止まった。


 いつも来ているはずの場所なのに、少しだけ緊張する。


 制服に着替えながら、鏡を見る。


 特別変わったところはない。


 顔も、髪も、いつもの自分。


 なのに心の中だけが、前とは違っていた。


 ――みんなは知らない。


 その考えが、胸の奥に静かに居座っている。


「おはようございます」


 できるだけ普通の声で挨拶する。


「おはよう、佐倉さん」


 店長がいつも通りに返す。


 それだけだった。


 世界は何も変わっていない。


 誰も自分を責めないし、特別扱いもしない。


 当たり前のことなのに、少し拍子抜けした。


 レジに立つ。


 商品のバーコードを通す。


 袋詰めをする。


「ありがとう」


 お客さんの何気ない一言に、思わず顔を上げた。


 その言葉が、以前より少し深く胸に届いた気がした。


 自分はまだ、ここにいる。


 ちゃんと役に立っている。


 それを確認するみたいだった。


 休憩時間。


 同僚たちの雑談が始まる。


「最近ほんと物価高いよね」


「老後とか不安になるよねー」


 その言葉に、由紀の手が一瞬止まった。


 前なら、胸が強く痛んだはずだった。


 でも今日は、違った。


 痛みはある。


 けれど、逃げたくなるほどではない。


 由紀は紙コップのコーヒーを見つめながら思う。


 ――私、少し慣れてきてる。


 失敗した事実に。


 自分の気持ちに。


「佐倉さん、来週シフト増やせる?」


 店長の声。


 以前なら反射的に「大丈夫です」と答えていた。


 断るのが怖かったから。


 迷惑をかけたくなかったから。


 けれど今回は、少し考えた。


 自分の予定。


 体力。


 気持ち。


「……一日だけなら、できます」


 そう答えていた。


 言ったあと、少し驚く。


 無理をしない返事をしたのは、久しぶりだった。


「助かるよ、ありがとう」


 店長は普通に頷いた。


 それだけ。


 断っても嫌われない。


 全部引き受けなくても大丈夫。


 そんな当たり前のことを、由紀は今さら知った気がした。


 仕事終わり、店の外に出る。


 夕方の空気がやわらかい。


 以前はまっすぐ家に帰っていたけれど、今日は少しだけ遠回りした。


 理由はない。


 ただ、歩いてみたかった。


 スーパーの前を通り、子どもの笑い声を聞き、信号を渡る。


 世界はずっとここにあったのに、自分だけが閉じこもっていたようだった。


 ベンチを見つけ、腰を下ろす。


 バッグからノートを取り出す。


 外で書くのも、もう二度目だ。


 ページを開き、ゆっくり書く。


 『普通に仕事できた』


 少し考えて、続ける。


 『前より怖くなかった』


 書き終えて、ふっと息を吐いた。


 劇的な変化はない。


 お金も戻らない。


 問題が消えたわけでもない。


 それでも。


 今日一日、自分はちゃんと生きた。


 それだけで十分だと思えた。


 空は少しずつ夕焼けに染まっていく。


 由紀は立ち上がり、ゆっくり歩き出した。


 足取りは、ほんの少しだけ軽かった。




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