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もう騙されない私になる――相談できなかった50代、はじめての再出発――  作者: あめとおと


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第12話 伝えたいことができた日


 朝、目が覚めたとき。


 由紀は少し不思議な感覚を覚えた。


 胸の重さが、前より軽い。


 問題がなくなったわけではないのに、呼吸が深くできる気がした。


 カーテンを開ける。


 朝の光が部屋に入る。


 最近は自然に開けられるようになっていた。


 以前は、外の明るさがまぶしすぎたのに。


 朝食を済ませ、洗い物を終える。


 ふとスマートフォンに目が向く。


 ブログの通知は増えていない。


 コメントも新しくは来ていない。


 少し前の自分なら、がっかりしていたかもしれない。


 でも今日は違った。


 ――書きたいことがある。


 その気持ちが先にあった。


 由紀は記事作成画面を開いた。


 白い画面。


 カーソルが点滅している。


 前は「何を書けばいいか」で止まっていた。


 でも今日は、自然に指が動いた。


『詐欺に遭ってから、毎日後悔していました』


 書き始める。


『どうして信じたのか、何度も考えました』


 言葉はゆっくりだったが、止まらなかった。


『でも最近、少しだけ分かったことがあります』


 由紀は一度手を止める。


 胸の中の感覚を確かめる。


 そして続けた。


『私は騙されたかったわけじゃなくて、安心したかったんだと思います』


 書いた瞬間、胸が静かに震えた。


 これは誰かの言葉ではない。


 自分の中から出てきた言葉だった。


 さらに打ち込む。


『だから、もし同じように自分を責めている人がいたら、少しだけ休んでほしいです』


 難しい表現は使えない。


 上手な文章でもない。


 でも、嘘はなかった。


 書き終えたとき、由紀は気づく。


 今回は「助けられたい」から書いたのではない。


 伝えたいから書いたのだと。


 公開ボタンを見る。


 前回ほど怖くない。


 少し息を整えて、押す。


 投稿完了。


 画面を閉じても、心は落ち着いていた。


 ノートを開く。


 今日の記録を書く。


 『書きたいことを書いた』


 少し考えて、もう一行。


 『誰かのために書いた気がする』


 その言葉を見て、由紀は小さく笑った。


 自分が「誰かのため」なんて考える日が来るとは思わなかった。


 午後、買い物から戻ると通知が増えていた。


 記事への「いいね」が三つ。


 コメントが二件。


 心臓が少し速くなる。


 開く。


『私も同じ気持ちでした』

『自分を責めすぎていました。少し楽になりました』


 由紀は椅子に座ったまま、しばらく画面を見つめた。


 涙は出なかった。


 代わりに、静かな実感が広がる。


 自分の経験は、ただの失敗ではなかった。


 誰かとつながる言葉になっていた。


 由紀はスマートフォンを胸の前で軽く握る。


「……私、まだ大丈夫かもしれない」


 そう思えた。


 完全に立ち直ったわけじゃない。


 不安も、後悔も残っている。


 でも。


 もう「終わった人」ではなかった。


 窓の外では、午後の光が穏やかに街を照らしている。


 由紀は立ち上がり、洗濯物を取り込んだ。


 生活は続いている。


 そしてその中に、少しずつ自分の居場所が戻ってきていた。




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