表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

起承転結

【第一幕】なんか、○○っぽくね?


おかしい、と気づいたのは、コンビニを探していたときだった。


鈴木連は放課後の帰り道、いつもの角を曲がって、いつもの場所にあるはずのコンビニを探した。

腹が減っていたので肉まんでも食べようと考えていた。


しかし。


そこにあったのは、見たことのない飲食店だった。


看板のデザインが妙だ。なんというか新しい感じ。

フォントが、なんというか、ちょっと先の時代っぽい。シンプルすぎて、逆に洗練されているというか。


横を通りかかったとき、ガラス越しに見えた内装も、どこか新しい雰囲気があった。


蓮は立ち止まって首をかしげた。


……今朝はあったのに?


独り言を言いながら、スマホを取り出した。

地図アプリで確認しようとしたのだが、画面が真っ暗だ。電源ボタンを押しても何も起きない。


バッテリー切れにしては、朝に充電したばかりだ。


いきなりぶっ壊れたのか?


蓮はスマホをポケットに戻して、改めて周囲を見渡した。


道は同じだ。

アスファルトの幅も、歩道の位置も、横断歩道の白線の間隔も、だいたい覚えているとおりだ。


でも、細かいところが違う。


電柱が少ない。というか、ほとんどない。


車道を走っている車のデザインが、見たことのないような全体的に流線型で丸みを帯びている。

トラックでさえ、なんとなく空気抵抗を意識したような形をしている。


一気に新車が出たのだろうか。


いや違う


……マジか


よく見れば街並みがところどころ違う、知らない店舗、知らない広告、知らない建物。


朝から今までの短時間でここまで違うのは、さすがにおかしい。

とは言っても特に問題があるわけでもない。

自分が死ぬような危機でもなさそうだし。


予想外の出来事に直面しても、冷静にまず「で、どうすればいい?」と考えてしまう。


パニックになっても現実は変わらない。


ならば、今すべきことを考えよう。


蓮は深呼吸をひとつして、状況を整理した。


ここは自分の住む街だが、何かが違う。


スマホは使えない。

金はある。

腹は減っている。


とりあえず、家に帰るか


自分の家がある場所には、恐らく自分の家があるはずだ。


いずれにしても、立っているよりはマシだ。


蓮は歩き出した。

知っている道を、少しだけ知らない景色の中を、普段と同じペースで。


自分の家に着き表札を確認する。


鈴木


正しく自分の苗字がそこにあり、一安心だ。


なんて考えていると、玄関のドアが勝手に開いた。


「遅かったじゃないか。」


どこかで見たことあるようなおっさんがそこにはいた。


【第二幕】だいぶくたびれてるな


リビングは、蓮の知っているリビングと少し違った。


家具の配置はほぼ同じだが、テレビが壁と一体化したパネル型になっていたり、

本棚に並ぶ本の量が増えている。


ところどころ写真縦のようなものがあるが、すべて伏せられている。


テーブルの上には読みかけの本と、飲みかけのコーヒーカップ。


蓮はソファに座った。

向かいにおっさんが腰を下ろす。


向かい合って、しばらく沈黙が続いた。


「状況はわかるか。」


おっさんが言う。


なんとなく、と答える。


さすがに今までの状況と目の前のおっさん、そこから理解できてくる。


あんた、俺だろ。と言う。


「正解。」


ということはこの状況は経験済みか?

てか周りの伏せられてる写真立ては何なんだ。

めちゃくちゃ気になってきた。


とか考えていたら、おっさんがニヤニヤしていた。

考えが読まれているようでむかついた。


で、帰り方は?と聞く。


条件はシンプルだった。


深夜零時ちょうどに、母校——蓮が通っている高校——のトイレの個室に入ること。

それだけで元の時代に戻れるという。


蓮は少し考えた。


こいつが無事ってことは、これで問題なく帰れたっとことか。


未来の自分も同じ状況を経験しているのであれば、特に疑う必要はないし気楽に行ける。


少し安心しだすと色々と聞きたいことが増えてきたが、蓮はその衝動を抑えた。

知りすぎると、きっとろくなことにならない。


わかった。信じる。俺だしな


「そうしてくれ」


そう言いながらおっさんは俺に若干の道具を渡してきた。

学校に侵入するのに役立ちそうなものばかりだ。


ちょっと緊張してきたな。


大丈夫だと思っていても深夜の高校に侵入するのはさすがに大仕事だ。


おっさんがまたニヤニヤしているので、高校の下見もあるので早々に立ち去ることにした。


それじゅあな。


おっさんは何も言わずに見送った。


あのおっさん結婚指輪してやがった。

写真見とけばよかったか。


【第三幕】夕暮れの校門でぶつかった


夕方近くになって、蓮は母校に向かった。


部活終わりの生徒が帰りだしている。


幸運なことに制服は変わっておらず、そのまま問題なく下見は出来るようだ。


フェンスの高さ、裏口の位置、警備員がいるかどうか。使えそうな情報を集めておけば、夜の行動がスムーズになる。


母校は、ほとんど変わっていなかった。


外壁の塗装が新しくなっていて、正門の脇に自動販売機が二台増えている。

校舎の端に太陽光パネルらしきものが設置されている。


でも基本的な構造は同じだ。


四階建ての校舎、渡り廊下でつながった体育館、グラウンドの端のバックネット。

昇降口の上の丸い時計は、今日も正確な時間を刻んでいた。


放課後の空気は、二十年後も変わらなかった。


下校する生徒たちの声が聞こえる。

部活動の掛け声が遠くから響いてくる。

グラウンドから土埃が舞って、夕日に照らされてオレンジ色に輝いている。


なんだか胸の奥がじんわりした。

こういう景色は、たぶんいつの時代も同じなのだ。


「……懐かしいな」


自分はまだ今もここに通っているのに、なぜか懐かしい気持ちになる。

それがなんとなく可笑しくて、蓮は少し笑った。


その瞬間、正面から誰かが走ってきた。


衝突した。


いてっ!

「わっ——!」


お互いに声を上げて、二歩ほど後退した。


ぶつかったのは、制服姿の女子高生だった。この学校の制服だ。

手に何枚か書類を持っていて、それが宙に舞った。スマホも落ちた。


「す、すみません!」


彼女が反射的に頭を下げながら、散らばった書類を集め始める。


仕方なしに手伝うことにする。


その時、蓮と目が合った。


彼女は蓮の顔を見て、一瞬だけ動きを止めた。

何かを確認するような間があって、それからすぐに表情が和らいだ。


「ありがとうございます、拾ってもらって」


いや、こっちも前見てなかったしな


「私が走ってたので……すみません」


書類を受け取って、彼女は軽く頭を下げた。

それからさっさと立ち上がって歩いていく。


特に振り返りもしなかった。


蓮はその背中を見送りながら、なんとなく視線を向け続けた。


べつに意味はない。ただ少しかわいかったなと。


蓮は首を振って、気を取り直した。


校舎の周囲を一周しながら、蓮は使えそうな情報を集めた。


正門:頑丈な錠前つき。無理。

裏口:鉄扉タイプ。こちらも施錠されているはずだが、蝶番の感じからすると構造は単純そうだ。

フェンス:高さ約二メートル。てっぺんに有刺鉄線はないが、よじ登るには少し難しい高さだ。

巡回:放課後の時間帯には警備員らしき人影が一名確認できた。夜間もいるかどうかは不明。

女子トイレの場所:一階の昇降口から入ってすぐ左。これは今も同じはずだ。


完璧ではないが、情報はそろった。


あとは夜を待つだけだ。


蓮は夕暮れに染まる校舎を背に、その場を後にした。


【第四幕】深夜の侵入、予想以上に詰んでた


深夜十一時二十分。


蓮は再び母校の前に立っていた。


夜の学校というのは、昼間と全然違う顔をしている。

正門の向こうに広がる校舎は、窓に明かりがなく、ただの暗い建物として立っている。


グラウンドは真っ暗で、バックネットの輪郭だけが街灯にぼんやり浮かんでいる。

風が吹くたびに、どこかで金属のなにかが鳴る。


雰囲気だけなら、そこそこホラーだ。


さて。


蓮は腕まくりをして、正門に向かった。


当然ながら、施錠されていた。

チェーンが巻かれていて、南京錠まである。これは無理だ。手持ちの工具でも開けられない。


次にフェンスを試みた。


昼間に確認した場所に手をかけて、よじ登り始める。

金属製のフェンスは思ったより冷たく、手のひらに網目の跡がついた。


体を引き上げていくと、上に近づくにつれて不安定になってきた。

頂上付近で体勢を整えようとしたとき、金属がきしんで大きな音がした。


蓮は慌てて降りた。


近所の家の電気がついた気がした。


「……ダメだな」


音がうるさい。

それに、上から飛び降りる自信もない。高さが思ったより怖い。


裏口に回った。

鉄扉の前に立って、取っ手を引いてみる。


当然ながら、びくともしない。


蝶番の構造を確認しようと懐中電灯で照らしてみたが、特に工夫する余地が見当たらない。


時計を確認した。

十一時四十分。あと二十分しかない。


「詰んだ」


蓮は思わず声に出した。


客観的に見て、詰んでいる。

深夜の学校に侵入するなんて、考えが甘かった。


フェンスに背中を預けて、しばらくぼんやりした。


こういうとき、どうすればいいのか。


未来の自分は、ちゃんと戻れたはずだ。

ということは、何らかの方法でこの状況を突破したはず。


でも何も教えてくれなかった。

ということは——自力で解決できる問題だということか?


それとも、誰かが助けてくれるということを知っていたから、あえて教えなかったのか?


背後から声がした。


蓮は弾かれたように振り返った。


そこにいたのは、昼間の女子高生だった。


制服ではなく私服だ。

黒いスキニーパンツに、グレーのパーカー。肩には黒いリュックを背負っている。


手に小さな懐中電灯を持っていて、自分の足元を照らしながら近づいてくる。


表情は、どこか困惑したような、でもやるべきことはやるという顔だった。


「あ、やっぱ夕方会った人だ」


彼女はほっとしたような顔をした。


「お父さんに言われて来たんですけど……あの、状況がよくわかってなくて。深夜にこの学校の前で困ってる人を助けてほしいって言われただけで」


お父さん?ここに俺がいることを知っているのはおそらくおっさんだけだよな。

ということは、この子は俺の……。


「それだけで、詳しいことは何も言われてなくて」


蓮はしばらくぽかんとした。


おっさんめ。娘に何も説明せずに深夜に使いに出しやがった。


……怖くなかったか。深夜に知らない場所に呼び出されて、と聞く。


「怖かったですよ」と彼女はあっさり言った。

「でもお父さんが言うなら、まあ、大丈夫かなって」


大丈夫かな、で来るのか

「来ますよ、普通」


普通、という言葉の重さを、蓮はうまく受け止められなかった。


「名前は」

「ひなです。鈴木ひな」


鈴木ひな。自分と同じ苗字。


蓮は一瞬、息が詰まった。


くそ。


でも今は時間もないし、いろいろ確認したところでどうにもならない。


いくつ?


「十七です。来月十八になります」


……そか


「あの、この人誰なんですか、お父さん」


当然の疑問を、ひなは空中に向かって呟いた。

答える人間はここにはいない。


行こう


ひなは、状況がわからないなりに、動きに迷いがなかった。


まず正門の脇のフェンスに近づいて、根本の方をじっと見た。

懐中電灯で照らして、何かを確認する。


それからフェンスの下部のラッチ——蓮には気づかなかった小さな留め具——を外して、フェンスの一部を内側に折り曲げた。

人が一人通れるくらいの隙間ができる。


え、そんな仕掛け


「お父さんが地図と写真を送ってきて、ここを外せって書いてあったので」


地図と写真…… 俺に渡せや。


「意味はわからないですけど、言われた通りにしました」


次に裏口に向かった。


ひなはリュックから細い金属の棒を何本か取り出した。

ヘアピンだ。普通のヘアピンではなく、先端が微妙に加工されている。


ひなは鍵穴にヘアピンを差し込んで、慎重に動かし始めた。

集中しているのか、表情がきりっと引き締まっている。


三十秒ほど格闘した後、かちりという音がした。


扉が開いた。


「あ、ほんとにできた」


ひなが小さく息をついた。

どうやら、内心かなり不安だったらしい。


俺の娘すごいな。


ふたりで中に入る。


夜の校舎の中は、昼間とは別の場所のようだった。


廊下は薄暗く、窓から差し込む月明かりだけが頼りだ。

床のリノリウムが光を反射して、ぼんやりと足元が見える。


昼間は生徒の声と足音でうるさいこの廊下が、今は自分たちの足音しか聞こえない。


警備員は?小声で聞く。


「夜は自動センサーらしいって、お父さんのメモに書いてありました。人感センサーに引っかかったら警報が鳴るって」


蓮は天井を仰ぎたくなった。

未来の自分は、娘に何も教えないくせに段取りだけは完璧だった。


「……あの、聞いてもいいですか」


ひなが小声で言った。


なんだ


「あなた、誰なんですか。深夜に学校に忍び込んで、人を助けてってお父さんは絶対大丈夫って言うけど、普通じゃないですよね、これ」


普通じゃない


「ですよね」


でも、大丈夫だ。


蓮は言ってから、自分でも少し驚いた。

根拠はない。でも、言えた。


ひなはしばらく黙って、それから「……わかりました」と言った。


ふたりは壁際を伝いながら、ゆっくりと廊下を進んだ。


昇降口のすぐ左。女子トイレの案内板が見えてきた。


ああ、女子高生の目の前で女子トイレに入ることになるとは。


ドアの前に立つ。

時計を確認した。


十一時五十八分。あと二分ある。


【第五幕】母親似?


女子トイレの扉の前で、ひなは立ち止まった。


「ここまでです」


ありがとう。助かった。


「いえ」


短い会話。沈黙。


蓮はドアノブに手をかけようとして、ふと止まった。

時計を見た。十一時五十九分。あと一分ある。


振り返って、ひなの顔を見た。


薄暗い廊下の中で、月明かりを受けたひなの顔をじっくりと見る。


行動力がある。無駄口をきかない。

飄々としていて、焦ったりパニックになったりしない。


フェンスのラッチを見つけたときも、ロック解除に成功したときも、特に表情を変えなかった。

もし自分が同じ状況に置かれたら、きっと同じようにするだろうと思う。


そういう部分は、確かに自分に似ている。


でも。


さっき、俺がお礼を言ったとき、ひなは「いえ」と一言だけ返した。

その声のトーンが、なんというか、柔らかかった。


素っ気なく見えるが、実は温かみがある。

自分には、ああいう感じは出せない気がする。


目の優しさも違う。

相手の話を聞くときのひなの目は、ちゃんと相手を見ている。


蓮は人の話を聞くとき、どこか半分別のことを考えている。


そういう部分は、自分ではない誰かだ。


まだ知らない誰かの面影を、蓮はひなの中に見た。


なあ。


「なんですか」


お前って……母親似か?


ひなが、ぽかんとした。


「……え?」


顔とか、雰囲気とか。母親似か?って聞いてる


「な、なんで急にそんな……」


ひなは少し困ったような顔をした。

夜の廊下の中で、珍しく表情が揺れていた。


「よく言われます、母親に似てるって。でも、なんであなたにそれを聞かれなきゃいけないんですか」


ひなはしばらく蓮の顔を見ていた。

何かを考えているような、でも何も言えないような顔だった。


「あの」


なんだ


「あなた、何者なんですか。お父さんは絶対教えてくれないから、直接聞いてもいいですか」


蓮は少し考えた。


——そのうちわかる


「それもお父さんと同じ答えだ」


ひなが呆れたように笑った。

初めて見る、力の抜けた笑顔だった。


時計の針が、零時を示した。


蓮はドアを押して、中に入り個室へ入る。


鍵をかける。

暗くて狭い。


夜の女子トイレの個室に男子高校生がいる。

客観的に見ると、なかなかシュールだ。


でも、今はそんなことどうでもよかった。


蓮は目を閉じた。


ひなのことを考えた。


夕方に一瞬だけ会った女子高生が、深夜に現れて、何も知らないまま、ヘアピン一本で錠前を開けて、飄々と助けていった。

理由も事情も教えられないまま、ただ父親に言われたからと来た。


「怖かったですよ」と彼女は言った。

「でもお父さんが言うなら大丈夫かなって」


その言葉が、じわじわと胸の中に染み込んできた。


未来の自分は、娘に何も説明しなかった。

でも娘は来た。信じて、来た。


それがどれほどのことか、今の蓮にはまだ実感できない。

でも、なんとなく、大切なことだとわかった。


目を閉じたまま、蓮は少し笑った。


気づいたら、ベッドの中だった。


よくある夢落ちか?


まぁ明日から娘のために、ちゃんとしようと思った。

——まだ生まれてもいないけど。


今日はなんだかすぐに眠れそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ