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戦場の女騎士団長、アナスタシア・マーベル~あなた以外の愛ならいらない〜  作者: Alicia Y. Norn
第一章

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5. 祝宴の夜

功績と偏見の狭間で揺れる騎士団長。

祝宴の夜、彼女の胸に灯るのは、誇りか、それとも……。




 「今回の討伐、ご苦労であった。」

 

 遠征を終え真っ先に登城し、陛下からねぎらいの言葉を賜った。

 アナスタシアの真っ黒な軍服に、また一つメダルが増える。


 「とどめを刺したのは、副団長だというではないか。功績は彼のものだろう。」

 「まぁ、立派な肩書があるのだから、団長殿にもそれなりの功績を与えようというご慈悲だろうな。」


 ――好き勝手言ってくれる。


 聞こえてくる中傷に、腹立たしさよりも情けなさを感じる。

 アナスタシアは、功績というならば討伐した騎士団員すべてに与えられるべきだと思っている。

 しかし、代表者としてここに立っているのだ。


 「騎士団の功績を讃え、祝宴を開こう。団員たちに伝えよ、英気を養えとな。」

 「ありがたきお言葉、感謝痛み入ります。」


 深く一礼すると、謁見の間を去る。

 不躾な視線も、失礼な小声も気づかないフリをするのが一番だ。

 陛下が団員たちの功績を認めてくれている。

 アナスタシアにとって、それが何よりも喜ばしいことだった。


***


 魔獣討伐は時折起こる日常だが、今回のようなスタンピードとなると、別格の話だ。

 祝宴は、短時間で準備されたにもかかわらず、豪華なものだった。

 中央に設けられたビュッフェ形式のテーブルには、新鮮な前菜をはじめ、色とりどりの野菜や果物が並び、中央にはメインディッシュのプライムリブが、王宮シェフの手によって切り分けられている。左右には赤と白の年代物のワインが並び、ワイン通の貴族たちを喜ばせていた。

 

 「今回は、騎士団がよくやってくれた。」

 「守り切れなければ、魔獣が王都まで押し寄せたと聞いています。」

 「本当に良かった。」


 祝賀会のあちこちで、安堵の声が聞こえる。


 「女団長ごときが止められたのなら、大したことはなかったのかもしれんがな。」

 「いや、後衛で指示を出すのであれば、性別は関係ないのでは?」

 「もっともだ。」


 悪意と蔑称に満ちた声もする。

 アナスタシアは、自分の立ち位置を理解していた。


 女だてらに……貴族の娘が……


 騎士を目指したばかりの頃、無数の侮蔑の視線が突き立てられた。

 それは、忘れようと思って忘れられるほど軽いものではない。


 聞こえないフリを続ければ、いつしか本当に聞こえなくなるものだ。

 けれど、ふとした心の隙に、悪意が入り込むこともある。

 残念ながら、アナスタシアはそれを止める術をまだ持ってはいなかった。


 「あの、最後の攻撃は見事なものだった。」

 「カイン副団長の剣捌きは、やはり一流だ。」


 興奮冷めやらずと言った口調で、団員たちがベヒモス討伐の様子を語る。


 「あのスピードと判断力。どれくらいの鍛錬をすれば、追いつけるものなのか……。」

 「それはお前じゃ無理だろうな。」


 酒が入っているせいか、互いに掛け合う言葉も遠慮がないようだ。


 「あの人が、団長じゃないことの方が不思議だよな。」

 「どうして副団長におさまっているんだ?」

 「そうだよな。第三騎士団の(つるぎ)、カイン団長!」


 あちこちで笑い声がはじけ、乾杯がはじまる。

 カインを団長と口にするものに、異を唱えるものはいない。

 酒が入って気分もいいのだろうが、誰もがグラスを交わし微笑み合っている。

 


 アナスタシアは壁際にひっそりと立ち、そんな部下たちの様子を見ていた。


 やはり、カインの実力は誰の目にも明らかだな。


 同期であり、最も信頼する存在――副団長。

 彼を褒める声が聞こえるのは嬉しい。

 その一方で、どこか晴れない気持ちがあることも、アナスタシアは気づいていた。


 ――女であることの弊害……か。


 騎士になると決めたとき、それがいかに無謀であるかは、父にも兄にも耳が痛いほど聞かされた。

 王宮での女性騎士は、騎士ではなく見世物だった。囁かれる好奇という名の中傷……隠しもしない悪意に満ちた誹謗……覚悟という鎧がなければ、心はとうに折れていただろう。


 ――だからと言って、諦める理由にはならなかったのだがな。


 自嘲めいた笑みが浮かぶ。

 

 『大切な人を自らの手で守りたい』


 そう強く願って騎士になった。

 強さを極め、失わない戦略を立て、魔術を磨き、仲間を守ってきた。

 その結果の先に、第三騎士団の団長という立場があった。

 自分の背中を預ける。

 副団長として最も信頼できる人物。

 そう考えたとき、頭に浮かんだのはカイン一人だけだった。


 わたしの目に狂いはなかった。

 カインは……ほかとは違う、何かがある。


 賞賛の声を遠くに聞きながら、自分の判断を誇りに思った。

 けれど、なぜかその表情は複雑に翳りを差していた。

 

 強い光には暗い影が射す。

 アナスタシアは、自分の存在がその闇の中に立っているように感じていた。


 はじけるような団員たちの声。

 功績を讃えようと、団員たちをねぎらう貴族たち。

 騎士に憧れの眼差しを向け、熱心に話を聞く令嬢たちの姿も、どこか遠い。


 場違い……だな。


 騎士団長という立場上、この祝宴を途中で離席するわけにはいかない。

 観客を決め込んで、会場に視線を送ったその先で、数人の令嬢に囲まれているカインを見つけた。

 華やかに着飾った令嬢たちは、口々にカインに賞賛を贈っているのだろうか。

 戸惑いながらもカインが笑顔で対応している。


 ズキッ


 誤魔化しようがないほど胸が痛む。

 じくじくと広がっていくその痛みの意味も理由も、暗く広がる心の奥底へ押しやった。

 何とも言えない居心地の悪さに、その場にいるのが躊躇われる。


 「カインに気づかれずに済んだのは、幸いだな。」


 誰にも聞こえることのないつぶやきを落として、アナスタシアは逃げるようにバルコニーへと向かった。



 

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