4.戦闘と余韻
風を切り裂く音がする。
焼けた木々の焦げる匂いと、パチパチと燻る炎の音が、戦場での感覚を研ぎ澄ませる。
「第三、右翼の陣展開!」
アナスタシアの号令と同時に、第三部隊が一斉に動いた。
彼らの武器に、強化魔法がかけられる。
魔素の濃度が極端に濃くなる深淵の霧の中、二つの影が同時に先陣を切る。
まるで互いの動きが見えているかのような一糸乱れぬ動きだ。
息遣いだけで、その気配だけで、二人は距離もタイミングも計れる。
「カイン、右斜め上だ!」
アナスタシアの緑色の風刃が牙をむく。
かろうじて、それを回避したガルムにカインが剣を振り落とす。
ガルムの強力な爪が、あがくようにカインを襲う。
アナスタシアの防御壁がそれを防ぐ。
「目を狙え!」
ぎゃあっ!
声が届くのと、カインの剣がガルムの目を貫いたのは同時だった。
その一瞬を逃すことなく、アナスタシアの剣が息の根を止める。
そのまま、二人は止まることなくガーゴイルの群れの中に突入する。
「飛ばせるな!」
慎重なガーゴイルの群れが、空へと戦場を移動しようとした瞬間、カインがその群れに飛び込んだ。
アナスタシアの風の防御魔法が、カインを守る。
殲滅よりも背の翼にダメージを狙った素早い動きで、数十体を一気に片付ける。
空へ回避を試みようとしたガーゴイルたちは、混乱している。
「一気に叩き潰せ!」
アナスタシアの号令と共に、第三部隊の精鋭たちが群れの中に飛び込み、素早い動きで次々に魔獣にとどめを刺す。騎士たちの動きを確認しながら、カインとアナスタシアは静かに頷きあい、さらに奥へ戦線を押し上げる。
「すごい……」
遠隔で強化魔法をかけていた魔術師戦闘部隊から、思わずつぶやきが漏れる。
カインが踏み込むその先の死角を、アナスタシアがことごとく潰していく。
致命傷を与えるというより、戦闘機能を一時的に麻痺させる戦法を繰り広げている。
動きが鈍くなった魔獣たちを、ラルフやジャック、フィルやエリックが小隊を率いて鮮やかに殲滅していく。
しかし、騎士団優勢が確定かと思われたそのとき――地面がひときわ大きく響いた。
「ベヒモスだっ、いったん引けっ!」
群れの中央にあらわれた巨体に、フィルが反応する。
ベヒモスは"比類なき存在"と恐れられる大型魔獣で、その存在感に空気が一気に変わる。
「団長。」
「やつの再生能力は最強――ならば与えるべきは致命傷だ。」
カインが頷く。
「攻撃と防御を一気に破壊する。」
「ジャック、強化魔法を頼む。」
「おう。」
アナスタシアの作戦をカインが理解して指示を飛ばす。
「フィル、エリック、一気にたたみかけるぞ。」
「了解。」
「ラルフ、特大級の弓を頼む。」
第三騎士団の動きを見ていたルーカスが何かに気づいたように笑う。
「強化魔法の準備をするぞ。どうやら特大級の攻撃をお見舞いするようだ。」
眼前で繰り広げられる第三騎士団の戦いは、阿吽の呼吸で次々と魔獣をなぎ倒していく。ルーカスの心が、柄にもなく高鳴った。特に最前線で戦うカインとアナスタシアは、息の合った舞踏のようだ。その凛とした美しさに、思わず息を呑む。
カインがベヒモスの足を止めた。
アナスタシアの魔法陣が空に輝く。
防御の弱体化に気づいたベヒモスが咆哮をあげて魔素を吸い込む。
「魔素を吸収……暴風魔法……」
吸い上げられた魔素が、ベヒモスを中心に大きな竜巻を巻き上げ始める。
「ミールストームが来るぞ!」
アナスタシアがありったけの声を張り上げる。
「竜巻中央に攻撃を叩き込む。一斉攻撃用意!」
「はっ。」
ラルフを中心に、騎士たちが同時に矢を空へ放つ。
魔術師戦闘部隊はその矢を一つに束ねて強化する。
アナスタシアが空を見上げ、束ねられた矢に風魔法を乗せる。
「カイン、炎。」
アナスタシアの叫び声に間髪入れずに炎魔法が放たれる。
特大の矢が竜巻の中心を射貫いた。
ズドンッ
地響きを鳴らしてベヒモスが倒れる。
小型の魔獣たちが巻き込まれて地面になぎ倒されていく。
アナスタシアがトドメと言わんばかりに、ベヒモスの得意技によく似た竜巻を起こした。
その竜巻に、残っていた魔獣たちもすべて空中に消し飛ばされた。
静寂――。
土煙が晴れ、そこに二つの影が立つ。
「……やったな。」
アナスタシアとカインが視線を交わし、微笑み合う。
言葉よりも確かな信頼がそこにあった。
「大丈夫か?」
微笑みにわずかな違和感を感じ、カインの顔色が変わる。
「問題ない。少し……魔力を使いすぎたようだ。」
力なく微笑むアナスタシアの肩を支える。
声が少し掠れている。
見たことのない表情――その妙な色気に、思わず息を呑む。
戦場とは違う熱と鼓動を感じ、心が跳ねる。
「休んでろ。ここは俺が……」
「大丈夫、指揮官が倒れるわけにはいかない。」
「おい。」
カインの腕を振り払って力強く立ったアナスタシアが、剣を持った右手を掲げる。
「勝鬨を上げろ!」
おぉ~っ!!!
森が揺れるほど大きな叫び声が響いた。
***
夜の帳の中、アナスタシアは野外の焚火を前に一人静かに戦いの余韻を噛みしめていた。
「見事な戦いだった。」
不意な言葉に、肩がわずかに揺れる。
振り向くと、銀髪を風になびかせてルーカスが微笑んでいた。
油断した――。
反射的にアナスタシアはそう思った。
「さすが、君の第三騎士団だ。噂に違わぬ美しさと強さだった。」
冗談めいた響きに似合わない、真剣な眼差しに妙な空気が流れる。
「滑らかな口だな。」
「勝利の功労者にふさわしい言葉をかけただけだが、問題あったか?」
慣れた口調にアナスタシアの体温が上がる。
「魔術、綺麗だった。君も――笑うと、もっと綺麗だ。」
柔らかい声に、アナスタシアの頬がわずかに赤く染まったように見える。
離れた場所で待機していたカインは、その雰囲気にざらりと不快な感覚を全身に感じる。
「ルーカス隊長、撤収の準備をお願いします。」
単純な連絡事項なのに、声が低くなる。
その意図を察したように、ルーカスがにやりと笑って肩をすくめた。
「副団長殿、了解しました。」
その優雅な対応が、余計に腹立たしく感じた。
それよりも、アナスタシアの表情に、見たことのない"揺れ"を見つけた。
カインはその違和感の正体がわからないまま、もやもやとした感情を持て余していた。
ただ一つ――あの時のアナスタシアの微笑みだけは、頭から離れることがなかった。




