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戦場の女騎士団長、アナスタシア・マーベル~あなた以外の愛ならいらない〜  作者: Alicia Y. Norn


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3. 警笛――魔獣討伐ヘ




 王宮に鳴り響いた"警笛"は、緊急事態を知らせるものだった。

 

 「報告。」


 移動中に合流したカインに、アナスタシアは短く状況説明を求める。


 「大規模な魔獣の群れが確認されました。」

 「場所は?」

 「ヴェルデスの深淵(しんえん)です。」

 「ラピスの森の奥か……」


 素早く移動しながら、戦闘手段を組み立てる。

 ヴェルデスの深淵(しんえん)はマナ濃度が濃い。大気中の魔力粒子が通常の三倍はあるといわれ、空気が重く感じられる。おまけに、森林が複雑な地形をつくり、大型魔獣がほかの魔獣の狩場にしている場所でもある。集団戦闘には不向きで、戦術的制約も多い。森の奥地は、低く唸る魔獣の声が響き渡り、肌を突き刺すような冷たい風が吹き抜ける。木々が繁り、視界の制限が多く、魔力粒子の影響で、魔法の発動感覚も微妙に狂いがちだ。


 ――考えている時間はない。


 「森林による死角が多い場所だ。足場の悪さも考慮して、魔術師戦闘部隊にも……」

 「連絡済みです。」


 アナスタシアのつぶやきに、間髪入れずにカインが答える。


 「さすがだな。」

 

 視線を交わし、にやりと微笑み合う。

 

 「行くぞ。」


 窓から吹き込んだ風に魔力粒子がほのかに反応して光る。

 アナスタシアの声に、石畳の廊下を蹴る二人の足音が重なって響いた。

 歩き出す二人に巻き上げられて風に揺れた光が、キラキラと輝いていた。


***


 「魔術師戦闘部隊の隊長、ルーカス・ポルタコフだ。」


 戦場近くの後衛拠点として組み立てられた簡易テントで、戦場に似つかわしくない銀髪の男性と挨拶を交わす。黒いローブを身にまとい、一目で魔術師だとわかる。戦闘に向いていないと言われがちな魔術師だが、彼は一目で鍛えられていることがわかるほど、騎士にも劣らない体格をしている。 戦場に似つかわしくないのは、輝く銀髪とその美しい顔立ちだった。


 「アナスタシア……」

 「アナスタシア・マーベル団長。」


 自己紹介をしようとしたアナスタシアの手を、長身で長髪の彼が軽く持ち上げキスを落とす。


 「ルーカス隊長……魔術師団の団長だな。」


 アナスタシアは、貴族女性に対する礼をしたルーカスの行動にはさして気に留める様子はない。

 けれど、紹介に語弊があったことに気づいて役職名を訂正する。

 その横で、カインが拳を強く握りしめてルーカスを睨みつけていた。


 「今回の討伐では、君が司令官、わたしは団長ではなく、君の部隊の隊長という立場だ。」


 カインの鋭い視線に気づきながらもそれは華麗にスルーして、ルーカスが意味深に微笑んで答える。

 視線は何か言いたげなだが、それを言葉にするつもりはないらしい。


 「わかった。よろしく頼む。」


 視線だけでやり合うカインとルーカスに気づいていながら、アナスタシアは優先順位を考慮して、何も気づかなかったことにする。


 素早く地図を広げ、赤い駒で魔獣を、青い駒で戦力を示し、簡単に並べる。

 魔獣大量発生の原因と総力は現段階では不明――故に、赤い駒は一か所に固められたままだ。

 おそらくは小型と中型が先行してくることが想定できるため、まずは群れの進行を防ぐことを優先する作戦だ。


 「われわれ第三部隊は二手に分かれて一気に攻める。」


 アナスタシアが地図上に広げた青い駒の戦力を二分する。


 「左は高い岩場……ここは視界も広く、魔獣の動きが読みやすい。だが、足場はいわばむき出しで動きやすいとは言いづらい。一方で、右は低地で隠れる場所は多いが、攻撃範囲が限定され視界も悪い。」


 戦術を考えあぐねているのだろうか、アナスタシアがあごに手を当てて考えている。


 「各団員の位置と、支援魔法の範囲……現在の戦力で攻めるとすればここだろう。」


 アナスタシアが地図の一点を差す。


 「貴殿の隊には魔法支援と、遠距離攻撃部隊に分かれてもらいたい。」

 「攻撃の強化魔法と、隊全体への防御魔法……」

 「隊員たちの強化より武器への強化を頼む。」


 アナスタシアが、ルーカスの提案に素早く修正を加える。


 「回避訓練は充分にしているからな。この魔獣の量では、武器が役に立たなくなるのが一番困る。」


 アナスタシアの視線を受けて、カインがその意図を説明する。


 「そうですね。われわれの攻撃が回避できる程度には訓練がしてありますから、問題ないでしょう。」

 「団長殿と、副団長殿の攻撃回避ですか。それは……」

 「言いたいことはわかる。生きるための訓練だからな、我が隊では必須だ。」


 アナスタシアが笑う。

 その笑顔に、ルーカスがポツリとつぶやいた。


 「……あなたはもっと笑った方がいい。」

 「何か言ったか?」


 ルーカスのつぶやきは、アナスタシアには届かなかった。

 だが、その言葉を耳にしたカインは厳しい表情を浮かべた。


 こいつ……戦場だってことわかってるのか。


 なにか面白くない。カインはアナスタシアに気づかれないように、再びルーカスを睨みつけた。

 カインの視線を感じながらも、ルーカスは全く動じる様子を感じない。

 無言の牽制の応酬が、空気を凍りつかせる。


 「作戦開始は?」

 「半刻で動けるよう通達しておいてくれ。」

 「わかりました。」


 内心とは裏腹に、カインは指令にあくまでも冷静に返答を返す。 


 「魔術師戦闘部隊の方も、頼む。」

 「仰せのままに。」


 ルーカスが恭しく礼をする。

 カインはその態度も気に入らない。


 「ルーカス隊長、司令官への応答は、軍の規則に基づいてお願いします。」


 カインはとうとう我慢ができず、忠告を口にした。


 「そうだな。ここで女性として扱われることは本意ではない。」


 カインの言葉を援護するようにアナスタシアが続ける。


 「ここは戦場だ。騎士服を着ているものはみな、騎士だろ?」


 アナスタシアの鋭い視線がルーカスに向けられる。

 いい加減、二人の視線の攻防を見て見ぬ振りができないと悟って、団長として不要な争いを抑止する。


 「失礼しました。」

 「よし、解散。」


 ルーカスの答えを受けて、アナスタシアがもう一度カインに目線を送る。

 その視線に、大きく息を吐いたカインが、アナスタシアを迷いなく見つめる。

 三人が頷きあった。

 そして、それぞれの役割を果たしに各場へ散った。


 嵐の前の静けさ――そう呼ぶのにふさわしい、静かな緊張感が漂っていた。



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