2. 同期の男
人の気配が消えた訓練場の執務室。
アナスタシアが、積み上げられた書類の一番上の訓練記録を見る。
「騎士団訓練、"最終試練"か……。」
騎士団訓練の締めに予定されている"最終試練"は、パートナーとチームワークの重要性を体感させる一週間。同期との絆を深める、いわば大切な儀式だ。
***
「お前、実は不器用だよな。」
野営の調理中に、ぎこちない手つきで野菜を切るアナスタシアをカインが覗き込んで笑う。
不意に近づかれたことで、アナスタシアがびくりと揺れる。
「料理など、食べてしまえばどれも同じだろう。」
「それは普通、男のセリフだぞ。」
「そ、そうなのか?」
素直にうつむく姿が、なんだか可愛らしい。
「貸してみろ。」
手元のニンジンをとりあげて、皮をむく。
「お前はこっちだ。」
皮のむけた野菜を手渡し、一口サイズに切るように促す。
黙々と作業をしながら、アナスタシアの表情が明るくなったのが分かった。
……まったく、わかりやすい奴だな。
アナスタシアの正直な反応に、カインが表情を緩めた。
可愛く小首をかしげているが、支給されている香辛料で味を足す姿はなかなか様になっている。
「どうだ?」
差し出されたスプーンから、スープを一口受け取る。
「美味いな。」
野営では、持ち回りで役割を分担している。
基本はバディーで行動。
役割も二人一組でこなすように割り当てられ、狩りや調理、準備に片づけと多岐にわたる。
***
騎士団訓練で、アナスタシアがバディだとわかった初日、カインは正直落胆した。
アナスタシアが騎士団にいるにはあまりに貴族令嬢然としていたからだ。
「わたしが女なのが気に入らないか?」
そんな自分の心を見透かしたように、最初の手合わせでアナスタシアが真正面から疑問をぶつけてきた。
言い返す前に、剣の打ち合いの合図がなった。
迷っている暇はなかった。
激しく撃ち込まれた剣筋は、確かに騎士のものだったからだ。
経験を積んだ剣士たちが口をそろえて言う。
『剣を交えれば、たいていのことはわかる。』
その意味を、カインは即座に実感した。
アナスタシアの剣は、真っすぐで迷いがない。
力任せではなく、どの一太刀も冷静な分析をもとに、打ち込まれてくる。
数分の手合わせで、第一印象を覆すには充分だった。
「顔に出てたな、すまん。」
休憩時間になって、真っ先にカインはアナスタシアに頭を下げた。
「何か書いてあったか?」
真顔でとぼけるアナスタシアに、肩の力が抜ける。
「俺は、カイン。カイン・ニコルソンだ。」
「わたしは、」
「アナスタシア・マーベルだろっ?」
「わたしを知っているのか?」
「紅一点だぞ。知らない奴は、いないさ。」
固く握手を交わす。
戸惑いがなくなれば、二人の距離はあっという間に縮んだ。
剣技のタイプは違ったが、それ故に、勝負はいつも一進一退。
魔術に関しては、アナスタシアが圧倒的実力を持っていたが、カインも触発されて腕を上げた。
「火魔法を安定させれば、風魔法を加えて炎に変えられるだろう。」
「それにはまだ、風魔法の威力が足りない。」
「だったら、訓練はまず風魔法のコントロールに集中したほうがいいだろうな。」
「コントロール?」
「お前はいつも、力任せなんだよ。」
互いの得手不得手を理解して、訓練の効率を上げる。
選りすぐりの騎士団員の中でも、この二人の実力に追いつけるものは少なくなっていた。
"最終試練"――訓練最終日までの一週間、ラピスの森でのサバイバル訓練が始まった。
***
ラピスの森は文字通り、岩場が多い。
足を踏み入れると苔むした岩肌から魔力粒子が飛び、視界を曇らせる。
昼間でも薄暗く、ひやりと空気が肩に圧し掛かる。
その分、隠れる場所は多いが、戦うとなれば足場が悪い。
開けた場所も少ないので、どちらかというと小型から中型の魔物が多く、それが訓練場として選ばれる大きな理由だった。
「あの不味い携帯食しか食べられないのも嫌だが、魔獣を食べることに慣れるのも、なんだかな……」
討伐した小型のホーンラビットを捌きながら、最終試練でグループになったラルフが笑う。
その横で、バディのジャックがラルフの発言に冷ややかな反応をする。
そんな二人を不思議そうに眺め、アナスタシアが得意げに告げた。
「魔獣は貴重なエネルギー源だ。しかも、正しい調理ができれば、魔力回復にもつながる。問題などなかろう。」
「お前、そういうとこ、本当に論理的だよな。」
アナスタシアの言葉に、ジャックが苦笑いする。
「間違っていないだろ?」
「あのな、そういうことじゃないんだよ。」
カインも呆れて、アナスタシアの肩に手を置く。
「よくわからんが、調理は終わった。食事にしよう。」
「そんな、ドライなところも好きだぜっ。」
ラルフがアナスタシアをからかう。そんなかみ合わない会話の合間に、アナスタシアが捌かれた一角ウサギの調理をし終える。魔獣が有能な食材だとしか認識しないアナスタシアに、苦笑いを浮かべながら、六人は揃ってその魔獣を食した。
騎士団訓練が最終段階を迎えるころには、紅一点のアナスタシアを、女性として扱う者はいなくなっていた。
剣の実力も、魔術の技能も、右に出る者はいなかったし、何より、冗談すら通じない硬さは、もはや普通に会話することさえ困難にさせていた。
「あなたは、戦うよりも守られている方が似合っている。」
訓練が始まったばかりの頃、ある訓練生がアナスタシアを口説こうと声をかけた。
「わたしは騎士だ。守られている方が似合っているとは、侮辱であろう。」
そう告げると同時に、アナスタシアが剣を抜く。
そして彼――のちに"初代勇者"と揶揄されるその訓練生は、完膚なきまで叩きのめされた。
以後、次々と現れる"勇者"たちもまた、同じ運命をたどり、去っていった。
皮肉なことに、"勇者"が現れるたびに、アナスタシアの剣は冴えわたり、不敗の名が確立されていった。
その後、勇者の数が両手を越えることはなく、自然と紅一点は訓練生たちの頂点に立つ、リーダーとなっていた。
最終試練終了の合図まで、あとわずかとなったころだ。
斥候役のフィルが青い顔をして帰ってきた。
「ラピスの森の奥で生息しているはずのパイアが、こっちに向かって突進してきます。」
「なんだと!?」
驚きの声をかき消すように、大きな足音が響く。
「この距離、近いぞっ!」
アナスタシアが叫んだと同時に、一番近くにあった木々が倒された。
あらわれたパイアは食用イノシシの五倍ほどの巨体だった。
「ラルフ、ジャック、狙うのは奴の目だ。」
「おう。」
「フィル、エリックと背後を頼む。ここは、わたしたち四人に任せてくれ。」
「了解。」
フィルが素早く散開する。
残った四人でパイアを倒す。
猪突猛進と言える単純な攻撃だが、パワーが桁違いなのだ。
やみくもに突っ込むように見えて、頭脳戦にもたけているのがパイアの特徴だ。
ジャックが強化魔法を付与したラルフの弓も弾き飛ばされる。
残る選択肢は接近戦のみ。
「カイン、風の盾で進路を限定する。まずは視界をつぶせ。」
「わかった。」
本来、防御魔法として使う盾を、進路限定に応用するのはアナスタシアならではの戦略だ。
ラルフとジャックは後方支援、アナスタシアはシールドを使い、パイアをカインへと巧みに誘導する。
「ジャック、ラルフ、カインの支援を頼む。空中から一気に目を狙え。」
三人がその指示に応えるように同時に動き出す。
カインの一撃が、見事にパイアの視界を奪い、断末魔のような雄叫びが森を揺らす。
「とどめだっ!」
風の槍でパイアを地面に縫い付ける。
宙を舞っていたカインが空中で一回転し、剣に青い炎を纏わせて、首を焼き切った。
大きな音を立て、パイアが絶命した。
「今夜はイノシシ鍋だな。」
「お前なぁ。」
戦闘が終わり、ほっと息をついた三人が、同時に肩をがっくり落とした。
***
はははっ。
懐かしい思い出に、思わず声が漏れた。
「……あの頃から、カインは特別だったのかもしれないな。」
ふと呟いて、首を振る。
「最も信頼のおけるバディ……そう、そういう意味での"特別"だ。」
誰もいない執務室に、言い訳のような言葉が落ちる。
それが、すでにどれほど不自然なことか――アナスタシアはまだ気づいてはいなかった。
書類をまとめて束にすると、窓の外で鐘の音が鳴った。
一瞬で、背中に冷たいものを感じ、空気が張り詰める。
「行こう。」
外套を羽織り、ブーツのかかとを鳴らす。
それは――鳴るはずのない、聞きたくもない"警笛"だった。
アナスタシアは持っていた書類の束をデスクに投げる。
ひやりと吹き抜ける風に向かって、真っすぐ歩き出した。




