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戦場の女騎士団長、アナスタシア・マーベル~あなた以外の愛ならいらない〜  作者: Alicia Y. Norn
第一章

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1/5

1. 女だてらに騎士団長

※本作は戦闘描写を含むためR15指定としました。






 ドラゴンの最後の息吹(ラストブレス)が騎士たちを襲う。

 それは、ほんの一瞬の出来事だった。


 「不滅の盾(エターナル・シールド)


 防御魔法の発動とドラゴンの攻撃が襲いかかったのは、ほぼ同時だった。

 青く燃え上がる炎は、騎士たちに届くことなく盾に吸収されていく。

 焼けた匂いが肺を刺す。空気が軋み、地熱が全身を襲う。

 それでも盾をかざしたその女性(ひと)は、眉一つ動かさず炎の前に立ちふさがった。

 

 「団長っ!」


 大きな音を立てて崩れ落ちるドラゴンの前で、華奢な身体が力尽きたように地面へと倒れていく。



 ――この戦いは彼女の運命を大きく変えることになる……けれど、それはもう少し先の話。


 女であることが足枷でしかない世界で、彼女は誰よりも強くあろうとした。

 しかし、権謀術数が渦巻く王宮で、彼女が守った数多の生命(いのち)ほど、彼女自身の生命(いのち)は重くはなかった。

 そして、このあとの彼女の未来に許されていたのは、決して容易な選択ではなかったのだ――。



***



 「いい加減にしないかっ!」


 罵声が飛び交う訓練場で、騎士二人が喧嘩をしている。

 野次馬たちは、嬉しそうにはやし立てて止める様子はない。

 そこに現れたのは、美しい黒髪を一つにまとめ、真っ黒な軍服を見事に着こなした女性騎士だった。


 「団長!」


 その場に集まっていた騎士たちの空気が一瞬で変わる。

 激しい殴り合いをしていた二人も、その場で固まっている。


 「説明してもらおうか。」


 落ち着いた声に、空気が鋭さを増した。

 


 

 アナスタシア・マーベル――歴史あるマーベル伯爵家のれっきとした令嬢だ。

 しかし、彼女は普通の令嬢ではなかった。

 それもそのはず、魔獣討伐隊として名高い、第三騎士団の団長として活躍しているからだ。

 

 「相変わらずだなぁ。」


 少し気の抜けた声が、アナスタシアの後ろから聞こえてくる。


 「カイン副団長。」


 団員たちの安堵をにじませた声が聞こえる。


 「お前ら、また喧嘩したのか。」


 人懐っこい笑顔で、当事者たちを覗き込んでいる。

 言葉に詰まってうつむく騎士たちの頭を、軽く小突く。


 「団長、しっかり言い聞かせておきますので、ここは俺に任せてください。」

 「言い聞かせるだけか?」


 笑えば美しいはずの切れ長の目が、鋭くカインに向けられる。

 鋭い視線にも、一切ひるむことなく、無表情で答えが返ってくる。


 「もちろん、規律違反の罰は与えますよ。」

 「なら、任せた。」


 無表情のまま短く告げ、踵を返して去る姿には、副団長を信頼している様子がうかがえる。

 ピンと伸びた背中には、ぶれることのない体幹に支えられた誇りが見える。

 誰もがその姿に息をのみ、言葉を失う。

 アナスタシア・マーベル――第三騎士団長、女性初の騎士団長だ。




 その後ろ姿が、訓練場から見えなくなると、その場にいた騎士たちから盛大なため息がこぼれる。

 安堵の空気が一斉に広がり、そこにいた誰もが脱力した。

 

 「お前らなぁ、団長が来るのがわかってて喧嘩始めるとか、馬鹿なのか?」

 「それはこいつが、」

 「お前が、」


 まるで子供が罪の擦り付け合いをするように、揉めていた二人が競って言い訳を始める。


 「まぁ、理由はどうでもいい。」


 ピシャリと言い切る。


 「訓練場で私闘は禁じられている。わかってるよな?」


 カインのおっとりとした雰囲気が、一瞬で消える。

 その殺気に、争っていた二人が言葉を失う。


 「これより四週間、訓練時間の前後に一時間ずつ、整備と片づけの任務を任せる。」

 「はっ!」

 「それと、訓練はみんなの倍な。」

 「えっ!?」


 二人が同時に、驚きの表情でカインを見る。

 いたずらが成功した子供のように、カインが笑う。


 「団長に直談判するか?」


 また、二人が同時に顔色を変える。


 「問題ありません!」

 「よし、解散。」


 両手をパンッと叩き、訓練終了を告げた。


***


 「訓練時間を倍にし、四週間の整備と片づけを命じておきました。」

 「ま、妥当だろう。」


 手元の書類を手早くさばきながら、訓練場から戻って報告をするカインにアナスタシアが頷く。


 「あの二人は些細なことでぶつかることが多い。遠征前に問題は解消しておく必要がある。」

 「そうですね。」

 「我々の任務において、信用できない者を仲間に持つということは"死"を意味する。」

 「早急に対処します。」

 「頼りにしている。」


 まとめた書類をカインに手渡し、アナスタシアが大きく深呼吸する。


 「どうかしましたか?」

 「いや、いつもありがとう。」


 窓辺から僅かに差し込んだ光が、柔らかい微笑みを照らす。

 二人の間に風が揺れる。

 時間にしたらほんの一瞬だろう。

 二人を包む雰囲気(ムード)が変わる直前、アナスタシアが視線を逸らす。


 「カインのフォローがなければ、第三騎士団はバラバラだな。」


 アナスタシアに自嘲気味の笑みがこぼれる。


 「それはないと思いますよ。」


 受け取った書類を確認して一礼すると、カインが退室した。

 



 はぁ……


 扉が閉まったことを確認して、アナスタシアが部屋中に響くような大きなため息をつく。


 「いい加減に慣れなければと思うのだが。」


 頭を抱える。


 「カインを前にすると、どうしてこう思うようにならないんだ。」


 ドクドクと高鳴る鼓動が胸の奥を締めつける。

 団長に任命され、カインが副団長となってから結構経つというのに、"自然なふるまい"というのがよくわからない。

 目を合わせると鼓動が速くなり、話そうとするとうまく言葉が出てこない。


 「指令なら問題ないし、討伐中に不便はない。でも……。」


 戦場では、誰より冷静でいられると、そう自負している。


 「それなのに、彼の前では落ち着かない。何故だ?」


 討伐から戻ると、途端に不便な事態に陥る。

 自分の行動が不可解でならない。

 かといって、相談できる誰かがいるわけでもない。

 どうにもならず、この状況に甘んじているのだ。


 「今まで、たいていのことはカインに相談してきた。」


 ポツリとつぶやいて窓の外を見る。


 「でも、カインに相談できないことは、どうすればいいんだ。」


 気持ちの行き場がない。

 名前をつけてしまえば、この戸惑いは消える気がした。

 けれど同時に、名前をつければ、それが自分を縛る"何か"に変わってしまう気もした。


 「情けない。」


 風に揺れる色とりどりの花が見えた。

 誰に聞かせるわけでもないその言葉は、静かな風に溶けて、遠くへ消えていった。



 アナスタシアに迷いはない……はずだった。


 『守りたいもののために剣を持つ』


 固く誓ったその想いが揺るぐ日がくるとは――想像すらしていなかった。

 試練は容赦なくやってくる。

 折れないはずの心も、戦場で負けないはずの強さも――運命はあざ笑うようにアナスタシアを待っていたのだ。


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