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第4話:ゴブリン(2)

主人公の一人称を見直しました。




 森の中、少し開けた場所の二つの岩。その上に僕たちは座っていた。


 何をしているかというと、休息と栄養の補給である。


 つまり食事だ。その内容はパンと水、という実に質素なものだが、そんな物でも体に活力を与える必要不可欠なものである。


 シルヴィアさんは片膝を立てながら、そして僕は両足を地面につけて多少お行儀よく、パンを食べていた。


「うまいか?」


「えぇ、まぁ……」


 多分美味いと思うのだが、正直味なんて分からない。さっきのこととこれからのことを思うと……


 ――僕はあれからゴブリンを二匹倒した。つまり最初に倒した奴を加えると、合計三匹のゴブリンを倒したことになる、今日だけで。


 人型の魔物、それを自分の手で切り殺したのだ。しかも未だに返り血はそのままである。


 だから、食欲なんてある訳がなかった。


 新人ハンターがどんな狩りをさせられるのかは知らないけど、結構きついことをやらされてるんじゃないかなぁって思う。


 ただEランクモンスターなのは伊達ではなかったようで、一匹ずつであれば僕みたいな新人でも問題もなく倒せるようである。


 ……うん。ゴブリンって弱い。あまり認めたくないが、僕は多少の自信がついてしまっていた。


「お前、成長したんじゃないか?」


 とパンを食べながら、シルヴィアさん。


「……はぁ」


 と同じようにパンを食べながら僕は生返事を返した。


 ……いや、こんな短時間で成長するわけなくない?


 内心そう思う僕。


 問題なく倒せる、と言ってもそれは外から見た話であって、僕の感覚的にはギリギリの戦いをしてきたつもりだ。


 というかもう帰らせてほしい……なって数日の新人ハンターの労働量としては既に十分だと思っている僕だ。


「あのー、やっぱり僕一人でやらないと駄目なんですかね……?」


 今度は水を飲みながら僕は尋ねる。


 そう、確かにゴブリンを三匹倒した。しかしそれは“一対一”という限定的な状況での話である。

 

 これから僕らはゴブリンの巣に侵入するつもりだ。(まぁ、僕“ら”というか僕“だけ”なんだけど……)


 巣の中じゃ、“一対多”の戦いを強いられるだろう……ぶっちゃけゴブリンを一対一で倒すのだってキツいのに、複数匹を同時に相手するなんて正気とは思えない。というかまず無理だ。


 だから僕はシルヴィアさんが考えを改めてくれることを期待していたのだが……


「最初からそう言っているだろう?」


 ――が、正気ではないのがやはりシルヴィアさんであるらしい。


 やはりシルヴィアさんは僕を一人でゴブリンを駆除させるつもりだった。


「不安になったのかお前?」


「えぇ、まぁ、そりゃあ……」


 昨日、必死に頼み込んだ手前、ここで帰りたいとはなかなか言い出せない僕。


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、シルヴィアさんは意外にも気遣ったようなことを口にした。

 

「安心しろ。お前は死なない」


「えっと……その理由は?」


「いいか? 死なないと思っている時は死なないもんなんだよ」


「……えっ?」


「現に私がそうだ」


「そ、そうっすか……」


 それって生存者バイアスって言うんですよ、シルヴィアさん……


 そうは思ったけど、間違っても口に出すことはできない僕。


 そんな訳で僕はゴブリンの巣に一人で突撃することになったのである。

 



 ◇◇◇




 昼食を食べ終わった後、ゴブリンの巣が見える地点まで移動した僕たち――


 ゴブリンの巣は崖下の洞穴に作られていた。


 入り口は木の枝を巧みに駆使し、うまくカモフラージュされている。


 ……まぁバレバレだけど。


「ゴブリンは人を襲うのも問題だが、ああやって横穴を掘って地盤を脆くするのも害があるんだ」


「へー、そうなんですか……」


 申し訳ないが、正直なところ実害がどうとかなんて死ぬほどどうでもよかった。


 今の僕の頭の中の半分近くは『今どうやってこの状況から逃げ出すか』――という考えに支配されていた。他人のことより自分のことである。


 ……まぁでも確かに崖の上にいるときに崩落でも起こったら危険だなぁ、とも思う。


 それに、この森は今でこそ人気はないが、人の手が入った形跡がある。つまり普段は利用されている森だということだ。そんな森を危険な場所へと変えてしまったあのゴブリン共はやはり駆除しなければいけない“害獣”なのだろう。


 僕はこの仕事がちゃんと他の人の役に立っている仕事なんだなぁ、と少し思った。


「じゃあ頑張れよ、ライアット」


「あぁ、はい……」


 近くの木に寄りかかりながらそういうシルヴィさん。そして失望する僕。


 やっぱり一人で行かないといけないのか……


 幽かに『ついてきてくれるかな?』――なんて思ったのは、いくらなんでも甘すぎる考えだったようだ。


 ……今からでも逃げちゃ駄目かな?


 そうした場合、どうなるのかを少し考える僕。




 ◇◇◇

 



 ――突如として逃げ出す僕。


 そしてすぐに追いつき、捕まえるシルヴィアさん。もちろん無表情である。


 『ふむ、こんなことで逃げ出すようなら、ここで殺しといてやった方がこいつの為かな……?』


 そして無表情のまま、剣を抜き――



 

 ◇◇◇


 


 うわぁ……


 僕は過ぎった想像を振り払うように、頭をブンブンと横に振った。


 いやいや、さすがに失礼だろ、今の想像は……


 ……いや、流石にないと思いたいが、絶対にないとも言い切れないと思ってしまう僕。


 なんせまだシルヴィアさんの弟子になって一週間も経っていないのだ。シルヴィアさんがどんな人なのか掴んでいないのも当然だと言えた。


 そして僕はもう一度、シルヴィアさんを見る。


「……ん? どうしたさっさと行け。日が暮れるぞ」


 しかし、帰ってきたのは実に非情な言葉。シルヴィアさんにとって弟子の命よりも夜になることの方が問題らしい。


 というかその手には謎の文庫本が存在している……まさかだと思うけど、僕がゴブリンと戦っている最中にあれで暇つぶしでもするつもりだろうか?


 僕は溜息を吐いた。


「はぁっ、……じゃあ行ってきますね」

 

 僕は重い足取りでゴブリンの巣穴へと移動し始めた。


 そしてこう思った――


 何事もなく明日の朝日を拝めればいいなぁ。と。





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