第2話:狩猟師弟
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かつて僕が孤児院にいた頃、よくシスターはこう言っていた。
『自分の言ったことや行動には責任を持て』――と。
ぶっちゃけ、ずっとその意味はよく分からなかった。
だって孤児だし。母親が無責任だったからこうなっている訳で。
今までも分からないし、きっとこれからも分からないのだろう。
……結局のところ、今回の話もそういうことである。
◇◇◇
重厚な石造りの建物の中、どこかヒステリックな女性の叫び声が響く――
「なんで“魔の森”なんかに連れて行ったんですかッッ!!!?」
シルヴィアさんと僕は、ハンターギルドへとやってきていた。……いや、ジャイアントアントの討伐依頼を受けたのが四日前で今日はその報告に来たのだから、“帰ってきた”というべきなのかもしれない。
全然関係ないが、ハンターギルドの中はむさくるしい臭いに満ちていた。つーかぶっちゃけ吐き気がする。
シルヴィアさんの弟子をやっていると勘違いしがちだが、ハンターってのは基本的に“臭い”ものだ。
現に先ほどすれ違ったハンターの男達は滅茶苦茶汗臭かった。
でもそれも無理はない。むしろ臭くならない理由が無いと思った。
狩りの最中は、激しく体を動かし、風呂にも入れず、魔物の返り血を浴び――と、どう考えても臭くなる要素満載である。
たぶん僕も今凄く臭いだろう。数えてみれば五日も風呂に入ってないし……
だから相手の体臭に対しては見て見ぬふりをするのが、ハンターとしてのごく一般的なマナーとのこと。
……じゃあ、なんでシルヴィアさんは臭くないんだろうか?
むしろいい匂いがする、甚だ謎である。
――閑話休題。
「もう一度聞きますが、新人ハンターを魔の森なんかにどうして連れて行ったんですかッ!!??」
相当な怒声だと思うのだが、ギルド内にいるハンター達はそれほど気にしてはいなかった。
ギルドなんてものは喧騒と兄弟関係にあるようで、多少の怒声が聞こえてきたところで驚かないものらしい。
だから僕も気にしないつもりだった。
――それが自分の師匠に向けられたものでなければ。
「経験を積ませるためだが、何か問題が?」
まるで身に覚えのないことを指摘されているかのようなシルヴィアさん。
論争というより、我関せずという言葉が合っていた。本人なのに……
“暖簾に腕押し”とはまさにその通りの言葉だなぁなんて思う。気にしてないというより心底どうでもよさそうな顔だ。
「大アリですッッッ!!!!!!」
――バンッ!
受付嬢は力強く両の掌をカウンターの天板に打ち付けた。僕は『ビクッ!』――と驚く。(もちろんシルヴィアさんは微動だにしない)
受付の人は眼鏡をかけたショートカットの女性であり、理知的な雰囲気がした。
ギルドの“顔”である受付嬢なのだから彼女は当然美人だった。……まぁ、シルヴィアさんには及ばないけど。
しかしそんな見た目クール美人でも、これほどヒステリックに叫んでいては台無しだと僕は思う。
「……まぁ、確かに倒したのは大蟻だったな」
「そういう意味じゃありませんッッ!!」
師匠と受付嬢の戦いはヒートアップしていく。いや、シルヴィアさんは相手にしてないから受付の人の独り相撲という感じだが……
シルヴィアさんの態度に受付嬢は溜息をつく。
「……あの、シルヴィアさん?」
「なんだ?」
「一つお尋ねしたいのですが、ライアット君のハンターランクはいくつですか?」
「Fランクだろう、ハンターにしろ冒険者にしろFランクから始めるのが慣例だったはずだ。……違ったか?」
「いえ、そうです、その通りなんですよ……そして最後にもう一つだけお聞きしたいんですけど、ジャイアントアントの討伐難易度は幾つですか?」
「確かDじゃなかったか?」
「えぇ、そうです、そうなんですよッッ!!!! なにかおかしいとは思わないんですかッッ!!!?」
ここにきてギルド内の他のハンターの人たちも一体何事かとざわざわし始める。うるさいのにも限度というのがあるらしかった。
「……?」
「いや、なにキョトンとしてるんですか……Fランクのハンターが、Dランクのモンスターと戦っちゃ駄目でしょ……」
「……ん? そんな規則があるのか?」
「いや、ありません……けども、常識的に考えたらわかるでしょ?」
「そんな常識は知らんな」
「13歳の子供なんですよ? それを初めての狩りに魔の森って……あまりにも危険すぎません??」
「ハンターなんて危険はつきものだろう?」
「限度があるんですよッッ!!!!」
めっちゃこの人怒ってるなぁ……僕はそう思った。
この人っていつもこんな風に怒ってるのだろうか?
まぁ荒くれ者たちを相手にするわけだから、勝気でもないとやっていけないのかもなぁ、などと思う。
だったらギルドの受付の仕事って大変だなぁ、とも思う。
……あれ? ていうか、もしかしてこの話の議題って僕のことじゃない???
「あのですね……危険な職業だからこそ安全マージンは十分にとってですね……」
なんとか諦めずに苦言を呈そうとする受付嬢さん。
しかしシルヴィアさんはそれを遮るように、手を前に出した。
そのジェスチャーはの意味は明白だ。『この話はこれで終わりだ』――である。
「リサ……こいつは私の弟子だ。だから育てるにも私のやり方というのがある。口出ししないでもらおうか」
「いや、何も考えてないでしょ、シルヴィアさん……」
隣で聞いていた僕もその意見には同意するところだった。
この人の弟子になってからまだ数日しか経ってないが、割とこの人ってポンコツだと思う。
つーかこの受付の人はリサって言うのか……よく見れば胸の部分にネームプレートが付いていて『リサ・ブライダ』と書かれていた。
――ところで突然だが、ハンターにおける『狩猟師弟』というのを説明したい。何でシルヴィアさんの弟子をやっているのかを気になっているだろうから。
……と言っても僕もよくは知らない。五日前にギルドで説明してもらったことの受け売りでしかないのだけど、まぁそれでもいいなら聞いてほしい。
まず前提として、ハンターってのは大変な仕事だ。普通の人間よりもはるかに強いモンスターを討伐、駆除、狩猟しなければならない。
そして、些細なミスが命を奪うことに繋がるのも言うまでもないだろう。
そうならない為にも知識及び経験が必要だ。
しかし、新人にそんなものは無いし、また独学で身に着けることは困難である。
……ならどうする?
答えは簡単、先人に教えてもらえばいい。
ハンターギルドには知識も経験も豊富なハンターは大勢いる。
その人たちを利用し、安全にその知識や経験の継承を行うことを目指して行われるのが『狩猟師弟』という訳だ。
弟子側のメリットは上記の通りだが、師匠側にはメリットはあまりない。
じゃあなんで師匠役を引き受けるのかというと、かつて弟子側だった人間は師匠側で育てる義務が生じるのだ。
師匠になりたくないのであれば、弟子にならなければいいだけの話だが、その選択をするものは少ない。というのも、デメリットに比べてメリットが非常に大きいから。
そして、僕も当然『狩猟師弟』を利用し、ハンターギルドによって割り振られた師匠がシルヴィアさんという訳だった。
……とまぁ、そんなところである。
ってことは僕も一人前になったら後人を育てることになるのだろうか? 想像がつかないなぁ。
――閑話休題。
「えーっと……ライアット君?」
「あっ……なんですか?」
いかんいかん。いつの間にか意識がどっか行ってた。
シルヴィアさんに説教しても意味が無いと思ったのか、いつの間にか受付嬢――リサさんに話しかけられていた僕だった。
「この人――シルヴィアさんは優秀なハンターであることは確かなんですけど、師匠としてはちょっと……だから指導を仰ぐには他の人にしたほうがいいですよ? 手続きならこちらでしますので」
「――だそうだ。私はどちらでも構わん。お前が決めろライアット」
「……え?」
気づけば二人の視線が僕に注がれていた。
いや、その……突然そんなこと言われても困る。
つまり師匠を変えることもできるって話なのか……? 前もって説明はされてなかったけどなぁ。
ふと、右頬に刻まれた傷が痛んだ。ジャイアントアントに切られてから既に三日経っていたが、それでもまだ治らずに確かに存在していた。これは一生消えないんじゃないかな?
多分だけど、もしもシルヴィアさんが師匠じゃなかったらこの傷も刻まれることはなかったんだろう。
そう考えると変えるのも有りな気がする。シルヴィアさんには申し訳ないけれど。
まぁ、受付の人がこれだけ怒るくらいだから、よっぽどなんだろうな……このひとは。
そして実際、僕もそう思う。よく分からないがやっぱりいきなりDランクのモンスターと戦わせるのはおかしいと思う。スパルタってレベルじゃない。実際あと少しで死んでいたところだ。
でも本人が居る目の前で、『変えてください』って言うのはいくら何でもハードルが高すぎる気がする……
それにこの人美人なんだよなぁ。おまけにいい匂いもするし。
……えっ?『そんなくだらない理由で師匠を選ぶな』? うん。僕もそう思うよ。
まぁ、そんなアホなことを言ってる場合じゃないな。
美人に教育されることよりも、自分の命の安全を優先する方がいいだろう……受付の人が言うように、危険な職業だからこそ、安全マージン(?)は確保すべきだろう。
ハンターについて何も知らない僕だけど、この師匠の元で学ぶのはあまりにも危険すぎる――ということだけはよく分かった。
――というわけで、半ばこれからの行動を決めていた僕だが、もう少し判断材料が欲しかったので少し質問をすることにした。
「あの……ちなみに他の人に師事した場合、どういう人が教えてくれるんですかね?」
シルヴィアさん以上の外れ師匠を得る可能性もなくはない訳で、そうならないために、訊けるだけ訊いてみようと思った僕である。教えてもらえるかは望み薄だが。
「うーん、それは多分、ダリルさんになると思います」
「ダリルさん……?」
意外なことに僕の次の師匠役の人はほぼ確定しているようだった。
そして当たり前だが『ダリル』という名前に聞き覚えなんてなかった。名前からしておそらくは男の人だろうが……
「どういう人なんですか、その人?」
「ダリルさんは良い人ですよ。身長193cmの体重123キロのムキムキマッチョメンで、なぜか若い男子の成長を後ろからよだれを垂らしながら見守るのが趣味な、41歳の男性です。この人なら今から頼んでも快く引き受けてくれるでしょう」
「このままでお願いします」
即答だった。
命なんかよりも大事なことってあるよね……うん。
というかダリルさん、ギルドからの信頼厚すぎない?
僕の答えを聞いたリサさんは眼鏡を掛け直した。
「はぁ……ライアット君、貴方はもっと自分の人生について真剣に考えるべきだと私は思います……死んでからじゃ何もかもが遅すぎるんですからね?」
「は、はぁ……」
随分と物騒なことを言う人だなぁ、と僕は思った。
師匠をシルヴィアさんのままにしただけじゃないか。それが“死ぬ”だって?
――しかしすぐに間違いに気づく。
よく考えて見れば、ハンターってそういう職業だ。
自分の命を危険に晒して、大して多くない報酬を貰う。
『美人に教えてもらいたい』だとか、『良い匂いがする』だとか、そんなこと言ってたら命がいくつあっても足りないのだろう。
僕は今、多くのハンターの死を身近に感じてきたリサさんのアドバイスを無視したのである。
そのことに思い至った僕は、背筋がぞくっとした。
そのあと、踵を返しギルドを後にする中、シルヴィアさんはこう呟いた。
「じゃあ、次はCランクのモンスターとでも戦わせてみるかな……」
……う、うーん。 失敗したかなぁ?
さっきの話を聞いてたんだろうかこの人は?
僕は無意識に右頬に刻まれたまだかさぶたが覆っている切り傷に指を這わせた。
後悔する僕の脳裏に浮かんできたのはやっぱりシスターのあの言葉だった。
少年感を出す為に一人称を僕に変えようか悩み中。