未知の世界への片道切符
昨日の事が頭から離れぬローランドは、突如として訪問してきたクラレンスからある話を持ちかけられる。
「クレメンスさん」
彼はクレメンス・ランス。
社内では私と同じく地味な立ち位置で、だが仕事ではそこそこ重要な職務を任せられる事もあると噂の、言うならば謎の人だ。
彼の事は別に好きでも嫌いでも無いが、人とはあまり関わらない様に生きてきた私にとっては喜ばしくは無い状況だ。
「ふーむ...見た所忙しくも無さそうだし、話をしても良いかな?」
「あぁどうぞ...コーヒーでもどうです?」
「貰うよ」
私は砂糖をたっぷり入れたコーヒーに、彼には純度100%のブラックコーヒーを淹れた。
「さて、まずは昨日おきた事について、話そうか」
彼はコーヒーを一杯啜りながら、話を始めた。
「君も知っての通り、昨日我々の会社の直ぐ近くで大きな陥没事故があった」
「大きさは丁度野球場ぐらいで、中に何があるのかは知らない」
「...そんな事なら昨日この目で見ましたよ」
私は少し呆れながら、甘いコーヒーをグビグビと飲んでいく。
「あぁそれは分かっているが...ニュースは見たかな?」
「えぇ」
「ニュースではあれは大きな陥没事故となっているが...君になら話せるね」
「...真実を?」
「その通り」
彼は掛けていた鞄から何枚かの紙を取り出した。
「それは?」
「これは計画書だよ、ローランド君」
彼は一枚の紙を手に取ると、私に見せた。紙の真ん中にはデカデカと“探検チーム“と書かれており、裏には小さな文字がびっしりと事細かく書かれていた。
「随分とまぁ...この探検チームというのは...?」
「文字通りあの穴の中を探検する者達の事だよ」
「...探検?」
「君はあの現場にいた。という事はあの“黒い液体“をその目で見たという事だ」
黒い液体。
昨日おきた事にも関わらず、私の中ではまるで遠い昔の様に聞こえてしまう。
「...えぇ」
「ではあれがただの穴で無い事は理解できる筈だね」
「...しかし、良く一日で探検何て考えましたね」
「まぁ確かに早すぎるかといえばそうだが、最近の事情を考えるとね」
「...それは会社が低迷してる事ですか?」
「あぁ。君も知っての通り、うちは様々な分野に手をだしている。エンタメや日常品にも」
「でもそのお陰で会社全体がかなりの危機に陥っていた...そんな中あの穴が現れた...上の人はこれは利用できるのでは無いかと考えた訳さ」
「...本気ですか?」
いくら会社が危機とはいえ、いきなり現れた大穴を独自に調査するとは。
はっきりいってまともな考えとは言えないが、しかし同時に、私の中ではあの穴を探検したいという気持ちが高まりつつあった。
「まぁ確かに常軌を逸した一手だと思うが、私個人としてもあの穴には何というか...一種の畏怖の念を感じている」
「つまり、会社は本気であの穴に今の状況を救える手があると信じてるのですか?」
「そういう事だ...そして、わざわざ私がこの書類を持ってきたのは、他でもない君に探検チームへと入ってもらいたいからだ」
...正直に言えば、結構興奮している。
もう三十代になる私がこんな事を考えるのも何だが、あの穴が普通じゃないのは事実だろうし、それに何より、このあまりに普通な日常にもうんざりしていた頃だ。
「...少し考えても?」
「うーん...そうだね。一週間あげるからその気になったら何時でも連絡してくれ」
そう言うと彼は電話番号が書かれた紙をテーブルの上に置いた。
「では」
彼は帰っていった。
...時計を見ると、もう十二時になっていた。
私は昼食にパンケーキを二枚食べ、それから一晩中考えた。
シャワーの最中にも、夕食後の読書の時も。
...私はベットに横たわっていた。
今まで当然だと思っていた日常。何も変わる訳が無いと思っていたこの毎日に、ある日突然光が差し込んだ。
全く新しい、未知の世界。
私は恐怖も感じてはいたが、同時に好奇心も燃え広がる炎の様に熱く滾っていた。
...そんな期待に胸を抱き、私は眠りについていくのだった。
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─── 我は夢を見る者。汝は...◯△□◎☆か
─── え? 我は何者か? ...我は永遠の我 ...時間と空間を超えた先に鎮座する至高の今
─── 成程。その様子を見るにまだ完璧には至ってないのか
─── 良い良い。我はすでに知っている
─── 汝はすでに、今我と共に ───
ローランドは無償髭が似合う金髪の白人。
クレメンスは眼鏡に黒髪の黒人。
舞台はアメリカ、カリフォルニア州。
言っておくとヒロインがでてくるのはまだまだ先の方です。