第8話 奇妙な討伐者
「うおおー! 獲物を横取りされてたまるかー!」
既に誰かが主と戦っていると知った俺は、獲物を横取りされない為に急ぎ走る。
そしてようやく戦いの現場にたどり着いたところで俺は……仰天した。
「何だあれ!?」
それは巨大な牛だった。
それも大型トラックサイズの牛。
あまりのデカさに流石に驚く。
「でっか! しかも角が生えてる!?」
しかもデカイだけではなく巨大な牛の頭部には角が生えていた。それも三本。
「トリケラトプスかよ!?」
まるで恐竜みたいな角とサイズにどう戦えばいいのかと俺は躊躇ってしまう。
正直もっと小さいと思ってたんだよ。
『ほう、魔物化しているな』
「魔物化?」
『うむ、動物というのは条件が整うと稀に魔物に変化する事があるのだ』
「魔物って元から魔物なんじゃないんですか?」
じゃあゴブリンとかも元は別の生き物なのか?
『もとから魔物である生物もいる。しかしそれとは別に動物から魔物になるケースもあるのだ。こちらは稀だがな。しかしこれで読めたぞ』
読めたって何が?
『魔物になると体が大きくなり気性が荒くなる事が多い。見ろ、あの巨体を。あの体ならばかなりの量の食料を必要とする事だろう』
「つまり、主が魔物化したから食料不足になった?」
『純粋に不作というのもあっただろうが、主の魔物への変化が原因で森の食料が更に不足したのだろう』
おおう、確かに見た目からしてめちゃくちゃ食いそうだもんな。
確かゾウもかなりの量の草を食べるんだっけ?
それを考えればあの牛の食べる量は相当なもんだろう。
「ブモォォォォォ!!」
しかしそんなのんきな会話も主の爆音クラクションみたいな鳴き声にかき消される。
「うわっ、うるせぇ!?」
「ブモォォォォ!!」
そして主が頭を地面スレスレの位置まで下ろすと、一気に突進する。
「めっちゃ速い!?」
思った以上の速さにビックリする。
だが幸いにも主は俺とは別の方向へと突進する。
「こいっ!」
「あれは?」
見れば主の突進する方向には銀色の鎧を着た騎士の姿があった。
「あの騎士と戦ってたのか!」
騎士は赤いマントをたなびかせ、主の攻撃を回避する。
「っていうか、牛の魔物相手に赤いマントってヤバくない?」
こう、闘牛士的な意味でですね。
「ブモォォォォ!」
現に主は赤いマントのはためきに興奮して執拗に騎士を狙う。
「もしかしてアレ、わざとマントで主を誘ってる?」
『いや、この世界の住人にそんな知識はないだろうから偶然だと思うぞ』
おおっと、ただの偶然でした。
「くっ、何て激しさだ! 荒々しすぎて攻撃の隙が掴めない!」
そして本当に偶然っぽい。
「って不味いじゃん。あれ騎士の方もヤバそうだぞ」
そりゃそうだ。あんな重そうな鎧を着て激しく暴れながら突進してくるボスの相手をしてるんだ。
幾ら鍛えている騎士といえど長くは持たないだろう。
『それにあの騎士もおかしいな』
「おかしいっていいますと?」
『騎士団というのは個人の練度以上に集団での統制がとれた戦い方が最大の脅威なんだ。だがあの騎士は仲間もおらず一人で戦っている。それも主相手にだ』
言われてみれば、あの騎士は一人だけだ。
周囲を見回しても仲間の騎士の姿は見えないから、囮役って訳でもなさそうだ。
『良かったな、これなら相手の性格次第だが手柄を山分けに出来るぞ』
「あ、はい。そうですね」
でもあのバカでかい巨体を相手にどう戦ったもんか。
「あのデカさじゃガリン爺さんから借りた剣があってもなぁ……」
暴れまわるトラックを相手に剣一本で戦うとかかなりの無茶ぶりでは?
『その無茶を選んだのはお前だろう? しかも一人で戦うつもりだったんだ。一緒に戦う仲間が出来て運が良いと思うべきだろう』
「でもあの巨体相手じゃそもそも攻撃できませんよ?」
『馬鹿者、その為に準備したんだろうが。お前は木を盾に身を隠しながら主を攻撃しろ。気を取られた隙に騎士に攻撃させればいい』
「成る程」
たしかに俺が接近戦する必要はないのか。
危ない戦いは本職に任せよう。
『死角から攻撃しろ』
「はい!」
俺は弓を構えると、騎士に突撃する主目掛けて矢を放つ。
「喰らえ!」
的がバカでかいもんだから、あっさりと矢は命中する。
「ブモオオオオオ!?」
『すぐに身を隠せ!』
「はい!」
父上の指示を受けてすぐに俺は木の陰に隠れる。
『やはり子供の矢では大した傷にはならんな。だがそれでも気を逸らす役には立つか』
どうやら俺の矢じゃ主相手に碌なダメージを与えられないらしい。
まぁそうだよね。相手は角の生えた大型トラックだもんな。
『騎士に声をかけて連携をとれ』
「分かりました。そこの騎士の人! 弓で援護します! その隙に攻撃を!」
「子供の声!? いかん! 此処は危険だ! すぐに逃げろ!」
意外にも騎士はモラルのある人間だったらしく、俺に逃げろと言ってくれる。
正直漫画とかに出てくる騎士って性格悪かったり傲慢だったりするイメージが多かったからちょっと意外だ。
あっ、ガリン爺さんも騎士だけど、爺さんだから例外で。
「主を相手に一人なんて無茶です! こっちは援護に徹しますから、主の気を逸らしている間に攻撃に専念してください!」
「っ! すまん、恩に着る!」
よし、これで連携の準備が出来た。
「それ!」
俺は木の陰から出ると、主目掛けて矢を放つ。
的が大きいから、碌に狙わないでもあたるのがありがたい。
「ブモォォォォォッ!」
「はぁ!」
主が矢の痛みに意識を逸らしたところで、騎士が攻撃を放つ。
「よし、いける!」
俺は再び木の陰から現れ、主へ矢を放つ。
「たぁ!」
そして騎士が攻撃を繰り返す。
「ブモォォォォォ!」
『いかん逃げろ!』
「え?」
突然の避難指示に困惑する。
「逃げろ!」
しかし騎士の言葉も重なったことで俺は急ぎ木の陰から飛び出して駆ける。
「ブモォォォォ!」
直後、真後ろから物凄い轟音と木がバキバキと折れる音が聞こえて来た。
「なんでー!?」
隠れてたのに!?
『視野角の違いだ。牛や馬は目の位置が顔の側面側にあるから、人間よりも後ろまで見ることが出来るんだ。半面至近距離なら真正面に死角が出来る』
「そういうことは早く言ってーっ!」
確かに言われてみれば牛の眼って横についてるよね。そりゃよく見えるわ!
『もっと真後ろから狙うんだ』
「分かりました!」
俺は位置関係に気を付けながら主に矢を放つ。
「ブモオオオ!!」
「はぁっ!」
チクチク、チクチク、俺が主の気を逸らし、騎士が斬る。
かなり地味だが、現状尤も安全な作戦なのは間違いない。
けれど相手は生き物。ゲームのようにハメ技で倒せるほど甘くはなかった。
「グモォォォォォォォォ!!」
主の反応がこれまでとは明らかに変わる。
『ヤツめ、一向にあの騎士を倒せず痺れを切らしたか。気を付けろよ、こうなったら多少の損害は度外視してでも攻撃してくるぞ』
「はい!」
『まずは主の変化を見極めろ』
俺は攻撃を控えめにすると主の行動の変化を確認する。
しかし一見すると主はこれまで通り騎士に突っ込むばかり。
「多少荒々しさは増してる感じかなぁ?」
隙を見て矢を放つ。
けれど、主は俺の矢には全く反応しなかった。
「あ、あれ?」
「グモォォォォォ!!」
そしてこちらを探そうともせず、ひたすらに騎士へと向かってゆく。
「どういう事だ!?」
『ヤツめ、姿が見えぬこちらを無視して先に騎士を潰す気にしたようだ。実際受ける傷の大きさはあの騎士の方が上だからな』
つまり囮として役に立ってないって事か!?
「ならどうすれば……」
囮として役に立たないんじゃ何の意味もない。
「だからって攻撃してもあの巨体じゃ大した傷を与えられないし……」
何かいい方法はないのか……
主の気を引く方法か、有効なダメージを与える方法……
「ブモォォォォ!」
「くっ!」
その間にも主は騎士を襲い、騎士はギリギリで攻撃を回避している。
主の動きが激しすぎて、騎士も反撃を出来ずに避けるので精一杯だ。
「避ける……はっ! そうだ!」
俺はある作戦を思いつく。
「かなり危険だけど……これなら!」