第7話 たった一人の討伐隊
「よし!」
主を倒しに行くことを決めた俺は、夜明けと同時に家を出る。
魔物が森の外周に姿を見せるようになったせいで子供は一人で森に行くなと言われているから、皆が起き出す前に行動を開始する必要があった。
とはいえ、夜明け前だと夜の闇に紛れた獣や魔物相手が危険すぎるので、ギリギリのタイミングでの出発だ。
「行ってきます」
小さな声でおじさんの家に向かって声をかけると、俺は森へと向かおうとした。
「行くのか?」
だが、そんな誰も起きていない筈の村で、一つの声が俺を呼んだ。
「ガリン爺さん!?」
声をかけて来たのは騎士のガリン爺さんだった。
「主と戦いに行くんじゃろ?」
「何で……?」
誰にも相談なんてしてないのに何故わかったんだと俺が目を丸くすると、ガリン爺さんはニヤリと笑う。
「そりゃあお前、こんな大不作の時に夜明けと同時に森に行こうなんざ主狩りで大逆転しようって馬鹿に決まっとろう」
「俺を止める気……!?」
まさか俺みたいに無謀な事をしない奴が出ないよう、こんな時間から見張ってたのか。
「もってけ」
しかし予想に反してガリン爺さんは俺を止める事はしなかった。
代わりに一本の剣を差し出される。
「これって」
「儂の剣じゃ。ナタよりは役に立つじゃろ」
「いいの!?」
「お主の鍛錬は見ておった。棒振りでもアレが正当な剣術の鍛錬だと分かる。全く、どこの流れの騎士の習ったのやら」
すんません、騎士じゃなくて神様に習いました。
『父だぞ』
あ、はい、そうですね。
「止めないの?」
「止めても儂の眼を盗んでいく気じゃろ? それならせめて役に立つもんくらい渡した方がよかろうて」
ガリン爺さん……俺、というか主狩りに行く人間を止めるつもりじゃなくて、手を貸してくれるために待ってたのか。
「戦いに行く前に一つだけ言っておく」
と、ガリン爺さんが普段とは別人のような顔になる。
「これは儂の経験則じゃが、戦いというのは絶対に思うようには進まん。間違いなく命の危機に見舞われることじゃろう。じゃから、そういう時が来たら……」
「来たら?」
「構わんから逃げろ。逃げてやり直せ」
「いや逃げちゃ駄目だろ!?」
アリアナを救う為に戦うんだぞ!? 逃げたら手遅れになるだろうが!
「落ち着け、逃げると言うのは態勢を立て直せと言う意味だ」
「態勢?」
「そうじゃ。仕切り直しということじゃよ。戦争だって一度のぶつかり合いでそのまま決着がつくことはない。不利となれば一旦引いて、相手の隙を窺う、作戦を立て直す。不利を感じたら躊躇うことなく逃げろ。それがひいては目的を達成できる最良の戦い方じゃ」
『この老人のいう事は正しいな。お前も森の鍛錬でよくやっている事だ』
「え?」
俺が森の鍛錬で?
『複数の敵を相手にする時にわざと逃げるふりをして敵を分断させ、勝機が見えたら戦っていただろう? 要はあれと同じだ』
そっか、言われてみればそうかもしれない。
「ありがとうガリン爺さん。ちょっと視野が狭くなっていたみたいだ」
「ははっ、視野か。そんな小難しい言葉を知っとるという事は、やはり誰ぞに学んだと見える」
いや、視野は前世の記憶なんだけど……まぁそれも前世の師に学んだって意味ではあってるのかな。
「あとこれを持っていけ。ポーションじゃ」
「ポーションまで!?」
ポーションと言えば飲むだけ、傷口にかけるだけで怪我が治るマジで魔法の薬だ。
最も保存がきかないし、薬師のお婆にしか作れないから、本当にキツイ怪我をした人間しか使わせてもらえなくて俺は飲んだ事ないんだけどね。
「いいか、怪我をしたら躊躇うことなく使え。こういうのをケチると簡単に死ぬんだ」
「うん、わかった。ありがとう」
「礼は生きて帰って来たらにせぇ」
「分かった。絶対勝って帰ってくる!」
「負けてもええ。生きて帰ってくればやり直せる。忘れるなよ」
「ああ! 行ってきます!」
ガリン爺さんに見送られ、俺は森へと入っていった。
へへっ、まさかの援軍だ。
俺は自分でも予想できなかったほどに勇気づけられていた。
◆
『これだな。主のマーキングだ』
獣や魔物から身を隠して森の中を進み、真ん中くらいまで進んだところで、巨大な生き物の痕跡を発見した。
まるでクマみたいに木に大きな跡が付けられていて、何からキツい匂いがする。
『ご丁寧に小便で匂いを濃くしてアピールしているな。ここまではっきり匂い付けをしているという事は、巣も近いかもしれん』
ほえー、おしっこの匂いだけでそこまで分かるんだ。
『匂いというのは雨や風で薄れるからな。匂いが濃いという事は頻繁に巡回しているという事だ』
成程、パトカーの巡回パトロールみたいなもんか。
「それに足跡もバカみたいにデカい……」
足跡一つで俺の前腕くらいはあるぞコレ。
『よし、この辺りで休憩と同時に準備をするぞ』
「はい!
俺はしばしこの場所で休息をとることにする。
『主の匂いが濃いなら、他の生き物は危険を感じて近づいてこない。主が現れない限りは安心って訳だ』
虎の威を借るキツネって感じだなぁ。
『ドラゴンの巣穴で寝るネズミと言ったところだな』
おおっと、異世界にも同じようなことわざがあるみたいだ。
『よし、こんなもんでいいだろう。そろそろ主の捜索を再開するぞ』
「はい!」
準備を終えた俺達は、再び主の探索を続ける。
「……」
足跡や周辺の折れた枝を頼りに、俺は主を追う。
「…………っ」
気の所為か、凄く寒さを感じる。
なんだこれ、冬だから寒いのは当然だけど、それにしたって寒すぎる。
まるでこれから吹雪が吹き荒れそうな気さえしてくる。
『主に近づいているな。周辺が殺気で満ちているぞ』
「殺気? もしかしてこの寒さが?」
『そうだ。大したものだ。直せず対峙せずともこれ程の殺気を周囲にまき散らすとはな』
おいおい、父上が褒めるとかかなりヤバイ奴ってことなんじゃないの!?
『だが妙だな。こんな殺気を振りまいていたら獲物に気取られて狩りどころじゃないぞ』
しかし父上は主の放つ殺気に違和感を感じたようだ。
「って事は殺気を放つような何かが起きてるって事ですか?」
『ああ、おそらくは……』
と、遠くからキィンキィンという音が聞こえてくる。
「この音は?」
『例えば、主が別の誰かと戦っている可能性とかだな』
誰かが主と戦っている!?
「それじゃ……」
『ああ、おそらくは主狩りに来た騎……』
「獲物を横取りされちゃうじゃないですか!!」
ヤバイ! このままだと主をどこの誰とも知らん奴にもってかれる!
「そうはいくか! 主は俺の獲物だーっ!!」
俺は急ぎ戦いに介入する為、音のなる方角に向かって駆け出す。
『あ、おい、ここは主の力を知る為にも隠れて戦いを観察しタイミングを見てだな……』
「そんな事してる間にも主を狩られちゃうかもしれないでしょ! それに戦いに加わるのが後になればなる程、先に戦っていたんだから獲物は全部俺達のモンだって言われる可能性が高いです!」
それじゃダメなんだ。相手次第じゃ獲物の山分けを認めてくれるかもだけど、それでも活躍が少なければ取り分が減る。
けど俺が欲しいのは全部だ。最低でも村の皆が冬を越せるだけの量が要る!!
『やれやれ、しょうがない奴だ。だが弱気なままよりはやる気が出た方がいいか。それにどうせ主の姿を見れば冷静になるだろうからな』
「うぉぉぉぉぉ! 待ってろよ主――っ!!」