第16話 少女の選択 力の芽
◆アリアナ◆
「アリアナは人買いに売るしかない」
ある日の夜、ふと目を覚ました私は暗い台所で話をしている両親の会話を聞いてしまった。
「森で得られる食料も少なすぎる。このままだと飢えて死ぬしかなくなる。それならどこかに買われた方が飢えずに済むだろう」
なにそれ、という言葉を必死で堪えた私は物音を立てないように寝床に逃げ込んだ。
そして薄い毛布の中にくるまりながら自問自答する。
「私を売る? 人買いに?」
大人達が言っていた。人買いに売られたら一生こき使われるって。
印をつけられるから逃げてもすぐにバレて捕まるって。
そしたらもっとひどい目に遭わされるって。
二度と家には帰ってこれないって。
だから人買いに攫われないように村の外には出るなっていってたのに!
「なのに何で私を売るの?」
他人じゃない、家族の私を!?
私は必死でお父さん達のはなしを思い出す。
慌てて逃げ出した事を後悔する。もっと詳しく聞いておけばよかったと。
でもあれ以上聞くのも怖かった。
「……食べ物が無いから飢えて死ぬって言ってた」
そうだ、そんな事言ってた。だから人買いに買われた方が飢えないって。
「でも本当にそうなの? 人買いも食べる物がないんじゃないの?」
人買いに買われたからって私が助かる保証はないんじゃない?
それどころか食べ物が無くなってどうしようも無くなったら私が食べられちゃうんじゃ!?
怖い、怖い! それなのになんてお父さん達は私を人買いに売ろうとするの!?
「なんで最後まで一緒に居ようって言ってくれなかったの」
ご飯が無くなってお腹が空いて死んじゃうとしても、私はお父さん達と一緒にいる方がいいよ!
◆
「アリアナ、話がある」
「……なぁに」
「実はな」
翌日、お父さんは私に町で働かないかと言ってきた。
でもその表情はただ町で働かせる為だけじゃない、何か凄く悪い事を隠しているような顔だった。
こんな顔のお父さんは見たことがない。お母さんも凄く悲しそうな顔をしている。。
ああ、昨日の事は悪い夢だと思っていたんだけどな。
本当の事だったんだ。
「うん、わかった。私、町で働くよ」
「そ、そうか。すまんな」
結局お父さんは最後まで私を人買いに売るとは言わなかった。
「でもそれってつまり、私を見捨てたって事じゃない?」
家を出た私は、自分でもびっくりするくらい冷たい声で呟いた。
「私の為に人買いに売るって、それ何が起きても誰も助けてくれないって事だよね」
最悪の未来だけが頭の中をよぎる。
でもきっとこの最悪の未来は外れないと思う。それどころか私じゃ思いつかないようなもっとひどい目に遭う気すらする。
「キオ……」
フラフラと村を歩いていた私は、気づけばキオの家の前に来ていた。
「キオ」
キオなら助けてくれるかな?
私は足を止める。そんな訳ない。寧ろキオの方が大変な生活をしている。
私と同い年なのに、キオは大人と一緒に一人で働いているんだから。
子供だから大人よりも食べ物を集める事も出来ないだよ。
私が助けてって言っても、何かできる訳無い。なにより……
「キオは優しいから、それでも私を助けようとするかもしれない」
キオに迷惑はかけられない。姉弟同然に暮らしてきたキオを巻き込みたくない。
「……」
だから私はキオの家を後にした。
「…………やはり、しか」
「仕方ない……よりは」
村のあちこちで大人達の話し声が聞こえる。
その言葉はどれも、お父さん達が夜に話していた事と同じ。つまり、村の皆も……
もう誰も信じられない。お父さんもお母さんも、私の為と言いながら私を捨てるんだ。
だれにも頼れない。なら、全部諦めて、キオにもバレないように人買いに買われるしか、ないじゃない……
◆
「キオが主を倒したぞぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
人買いに買われる日が近づいて来たある日、大人達の驚きの声が村中に響いた。
なんとキオが森の主を倒したって。
何かの冗談だと思った。
だって森の主は恐ろしい存在で、森の奥に住む魔物達だって手を出さない想像もできないような恐ろしい生き物だって大人達が話していたんだから。
でも、それは本当だった。
村の広場には村で一番大きい村長の家よりも大きなお肉の塊が山のように積まれていた。
「なにこれ……」
これ全部お肉? こんなに沢山のお肉観たこともない。
頭がクラクラした。もしかして私夢を見てるの? こんなことある訳がない。
でも、村長がキオと一緒にやって来て、キオが村の為に主を倒してお肉と素材を皆に分けてくれるって説明してくれた。
それでも信じられなかった私だったけど、村のおばさん達が振舞ってくれたお肉の美味しさと熱さで夢じゃないって分かった。
「キオ、ありがとう!!」
聞き覚えのある嫌な声に我に返ると、お父さんとお母さんがキオに抱き着いて泣きながらありがとうありがとうとお礼を言っていた。
それが、私には凄く嫌だった。
多分お父さん達は私を人買いに売らずに済んだことのお礼を言ってるんだろう。
大人達もキオのお肉に喜びながらこれで子供達を人買いに売らずに済むって言ってたから。
でも、それが、私には、凄く、気持ち悪く、見えていた。
そんな都合よくお礼を言えばめでたしめでたしなの?
都合よくキオが何とかしてくれたから?
胸の奥が冷たくなっていく。
目の前で泣いている大人達が、まるで人間の形をした魔物みたいに見える。
そんな怪物達が、私を見て嬉しそうに近寄って来る。
「良かったな、これで町に働きに行かなくて済むぞ」
良かった良かったと音が聞こえる。
「……私を捨てるって言ったくせに」
駄目だ、もう私は、この大人を、信用できない。
◆
「ありがとうキオ」
私は、何度も、キオにお礼を言った。
いっぱいいっぱいお礼を言った。
だってキオは、キオだけは私を助ける事を諦めずになんとかしてくれたんだから。
多分私の為じゃないだろうけど。キオは優しいから村の皆の為にやってくれたんだろうけど。
でも、それでも私は助けられた。たった一人私を助けてくれた。
「だから、私はキオにお礼をしなきゃ」
でもキオに恩返しをする。何をすればいいのか分からない。
「何でもしよう」
私に何が出来るだろう?
「何でもしょう」
何をしたら喜んでくれるだろう?
「なんでもしよう」
どこまでお礼をしたら恩を返せたことになるだろう?
「いつまでもしよう」
だから、私は……
「一生キオに恩返しをしよう」
自分の人生をキオにあげる事にした。
◆キオ◆
「たぁー!」
アリアナが剣を振るう。
するとザンッ! と鋭い音がしたような気がするほど鋭い剣閃が走り、練習用に設置していた枝を纏めた巻き藁もどきの半分まで食い込んだ。
「ほほう、こりゃあ凄い。一体誰に習ったんじゃ?」
アリアナの剣捌きを見ていたガリン爺さんが感心したようにアリアナに尋ねる。
「キオの練習を見てたから、それを真似したの」
「俺の!?」
「うん、実際に剣を振るのは初めてだったけど」
待って待って、初めてで今の動きが出来たの!? すげー堂に入ってたんだけど!?
『これは大したものだ。この娘剣の才能ならお前よりもあるぞ』
マジで!?
『マジだ。天賦の才だな』
俺の幼馴染、天才剣士でした。マジかよ。
「これでキオと一緒に騎士になれる!?」
「うむ、才能は十分あるようだな。私の正体を見破った事と言い、将来が楽しみだ」
そして騎士はアリアナの才能に興味津々らしく、彼女の剣に細かな指摘をする。
「こ、こうですか? たぁー!」
すると、明らかに先ほど以上に切れ味の鋭い一撃を放つアリアナ。
「うむ、素晴らしい!!」
「ほっほっほ、こりゃあキオもうかうかしておれんのう!」
「大丈夫!」
しかしガリン爺さんの言葉にアリアナが割って入る。
「私がキオを守るから!」
……うん、本当に近い将来俺が守られそう。




