第一話 人生始まる前の最大の失敗
エイプリルフールなので新連載始めました。
夕方に2話を更新します。
また同時に「先日勇者から助けて頂いた聖剣ですが」の連載も始めましたのでよろしければこちらもどうぞ。
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「貴方は死にました。中略、という訳で異世界に転生して頂きます」
俺の名前は矢島希緒、どうやら俺は死んだらしい。
しかもその理由が通勤中に普通に交通事故死らしく、人助けをした訳でも特別ドラマチックな死に方をした訳でもないのだとか。
なんでそんな曖昧な良い方なのかと言うと、自分が死ぬ瞬間の事はよく覚えていないからだ。
まぁ死ぬ瞬間の記憶なんて苦しいか痛いか怖いかで無い方がいいけどさ。
「というか転生ってなんか漫画かゲームみたいですね」
「そんな事ないですよ。全ての命は転生しているのです。私は死した魂を適切な世界に送る為にあなたをここに呼び寄せたのです」
「適切な世界に送る為?」
「ええ、未練や憎しみ、後悔と死んだ人間は色々と強い思いを持っているものなのです。逆に疲れ果て摩耗した魂もあります。私はそうした魂に相応しい世界に送るのが役目なのです。激しい憎しみに囚われている者は戦いの絶えない世界に送って破壊衝動を薄め、疲れ果てた魂は穏やかな世界に送って魂の安らぎを得ます」
良く分からんけどとりあえずお前は地獄行きじゃー! とかいう事にはならなさそうと分かって安堵する。
「はぁ、それでどんな世界に送られるんですか?」
「貴方からは諦観を感じますね」
諦観、つまり諦めてるって事か? 俺が?
「貴方は何かを諦めてきたのでしょう。であれば何かを成す為のきっかけのある場所に転生するべきでしょうね」
はー、そんなことまで分かるのか。流石神様。
しかし俺が何かを諦め……いや諦めてるわ。
部活でレギュラーになるのを諦めたしあの娘に告白するのを諦めた。
第一志望校にも受からなかったし、仕事も妥協して選んだ会社だ。
言われてみれば諦め続けて来た人生だなぁ。
「あー、まぁそうかもですね」
確かにお金とか才能とか、どうしようもない所はあったけど、一つくらいは本気でやってみればよかったなぁと思わないでもない。
「ええ、ですから転生したらその未練を晴らすべく頑張ってください。私達神は貴方の望みを直接手助けしてあげる事は出来ませんが、応援していますよ」
「えっと、ありがとうございます」
「それでは転生の手順に入りますね。これから貴方は転生の禊を行い、全ての記憶を失いまっさらな状態で転生します」
「え!? 記憶なくなるんですか!?」
わざわざ神様が異世界に転生とか言うからてっきり漫画みたいに前世の記憶を持ったままで転生させてくれると思ったら違うの? 何もかも忘れて転生とかかなり怖いんだけど。
「前世の記憶があるとそれに引っ張られて動けなくなったり同じ失敗をしてしまう恐れがあるのです。ですから転生の時に持っていくのは貴方の生前の心残りである衝動だけの方が良いのですよ。ほら、妙にやる気のある人とかいるでしょう? そう言う人は前世の未練が強く働いているんです」
へー、そうだったんだ。じゃあだらだらしてる人間はそう言うのが無いって事か?
それともダラダラしたいって前世でめっちゃ忙しかった人間の衝動なんだろうか?
例えば過労死した人の衝動とか。うーむ、それはそれで嫌だなぁ。
でもまぁ、前世の恥ずかしい失敗まで来世に持ち込まないで済む分、まっさらな状態で転生した方が良いのかもなぁ。
うん、思い出したくない事ってマジであるよね。人に知られたら殺してくれーって言いたくなるような大失敗。
「ですから、思い残すことがあったら何でも言ってくださいね。聞く事だけなら出来ますから」
どうせ忘れるのにいるのかそれ?
「強い思いがある程来世での意欲に影響してきますから、来世でやりたい事を今のうちに考えておいてください」
へー、よくあれもこれもってやってる人いるけど、そう言う人はここで沢山やりたい事を考えてたって事か。
んー、俺は何を目的にしようかなぁ。特に思い浮かばないんだよな。
というか色々諦めた事が多すぎて一つに絞れないと言うか……
「んー、じゃあやりたい事が出来たら諦めないってので」
今までの人生諦めてばっかりだったし、それなら失敗しても後悔しない様にチャレンジだけはするようにしよう。
そうすれば来世で死んでも多少は満足できる人生になるだろう。
「聞き届けました。やりたい事を諦めない。それが貴方の来世への思いですね」
女神様がニッコリと優しい笑みを浮かべる。
それは美人の笑顔と言うよりも、まるで子供を愛でる母親のような笑顔だ。
「では、記憶を洗い流し、転生をする準備に入ります……ところで、本当にこれだけでいいんですか?」
「え?」
遂に転生が始まると思ったその時、女神様が確認をとってくる。
「あー、はい。大丈夫ですよ」
「そうですか、それなら良いのですが……すこしでも心残りがあるのなら遠慮せずに行ってくださいね。此処なら時間の経過は考えなくていいですから」
「大丈夫ですよ、そこまで強くやり直したいって思ってる事もないんで」
寧ろ浅く広く諦めて来たから、思い出すほど強い未練が無いと言うか……
「分かりました。でも転生が始まったら途中でやめられませんから、思いついたらすぐ行ってくださいね」
「いやだから大丈夫ですって」
妙に念を押すなぁ。
「でもほら、よくギリギリになってやっぱ忘れてたって言って戻ってこようとする人も多いですし」
「ハンカチ忘れた子供か!」
「転生してから『あー、こんな人生が送りたかったー』って地上で運命を呪っても取り返しがつかないんですからね」
けれど女神は何度も念を押すように確認してくる。
あーもう! どんだけ心配性なんだよ!
っていうかその時にはもうここでの事なんて忘れてるんだろ!?
「だから大丈夫だってば母さん!!」
「……えっ!?」
何故か突然女神様がびっくりしたような顔になる。
あ、急に怒鳴ったから驚かせ……
「…………はっ!?」
し、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
あんまりしつこいからうっかりうちの親を思い出して間違えちまったぁぁぁぁぁぁ!
しかもよりにもよって母親呼びとか、俺は幼稚園児かぁぁぁぁぁぁ!
「ああああああの、今のはですね……」
ぐぉぉぉぉぉ、殺せ! 今すぐ殺してくれ! ってもう死んでたわ!
生まれる前から死にたくなるような未練出来ちまったよ! どうすんだ俺の新人生っっっっ!!
「……っ」
俺は恐る恐る女神様に視線を戻す。
よりにもよって神様をお母さん扱いとか、ど、どうなるんだ!?
これで「恥ずかしがらなくても良いのよ。誰にでもお母さんと間違る時はあるんだから」とかフォローされたらそれはそれで恥ずか死ぬ!!
それとも何も聞かなかった事にしてスルーしてくれるのか!? どっちだ、どっちだ!?
「……あらあらまぁ」
にぱーっと笑みを浮かべる女神様。この反応はどっちなんだ!?
「うふふ、お母さん、そう、お母さん」
ま、まさか大人になった時に「アンタ私の事お母さんって間違えて呼んだのよ」っていう 近所のオバちゃんタイプ!? 最悪ご近所に言いふらされる一番ヤバイ奴じゃねぇかぁぁぁぁぁ!
「ええ、そうですよ、私が貴方のお母さんですよ!」
「……え?」
だが、幸か不幸か女神様の反応は俺の予想外のものだった。
「うふふ、子供、そう、そうですよね。ここから転生させる人間は確かに私にとって子供と言える存在なのかもしれません」
ええと、これはどういう反応? とりあえず笑われずには済んだって事でおけ?
「ああ、転生する人間が自分の子供と考えると随分と愛らしく思えてくるものですね。ですがそう考えると我が子が危険な地上に向かう事はとても危険な事と言えるでしょう」
「は、はぁ、そうですか……」
危険な地上って、これから行く異世界ってヤバいのか? 魔物とかガンガン人を喰いまくったりするのか?」
「ですのでなるべく魔物が弱い安全な場所へ転生させてあげましょう」
「それはありがたいです!」
良かった、敵が強いよりは弱い方がいいよな!
「でもそれだけでは心配ですね。そうだわ。私の『寵愛』を授けましょう」
そう言うと女神様は俺の額にチュッとキスをする。
「なななっ!?」
「ささやかな加護ですが、貴方が生きる上で役に立つでしょう。それでは名残惜しいですが、転生の時です。強く健やかに育つのですよ。私の可愛い子」
「いや、加護って何? 寵愛ってなんなのーっ!?」
こうして、俺は異世界へと転生したのだった。
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