七話
水が引いた頃、そこにいるのは2人、しかし立っていたのは1人だった。
腹を抱えて蹲り、咳き込むミリーに、顔の血を拭うソージャ。
お互い無傷ではなく、でも、勝者は目に見えていた。
「っげほ…あなたは、本当になんなの?」
「ミリーがいうように、私は『色なし』であって、それ以上でもそれ以下でもない。」
「じゃあなんで?」
「なんでも何も、これが事実。」
「綺麗に色の出た人が、強い魔法を使えて…そうじゃないと、無能で!」
「その固定概念は、今でこそ楽だろうね」
「!?」
どこからともなく現れた、空色の魔法使い。
魔法使いの三角帽子を被っているその男性は、見覚えがあった。
「あなた、街の…!」
「いやー、あの時はごめんね?杖叩きつけちゃって。傷はついてないと思うんだけど…」
はい、と差し出される杖に、ミラーは歯を食い縛る。
パシン、という音に弾かれ、地面に着地する棒。
ソージャが目を見開く中、ミリーは魔法使いの手を、弾いていた。
「…同情?とりあえずなんなの?あなた…わざわざ杖を渡しに来るなんて…」
「いや、本当に他意はないんだけど…」
ぽり、と頬をかく姿に、さらにミリーは眦を吊り上げる。
立ち上がり、今にも魔法を使おうと、決闘でボロボロになった杖を構えた。
しかし、パン、と。
音が弾けた。
それだけで、魔法は止まった。
「…え?」
「あー…」
あちゃー、と額を押さえるのは魔法使い。
顔が横を向いた状態で固まるミリー。
状況を理解できていないのか、え、は、とうわごとのようにつぶやきを繰り返している。
そして、手を振り抜いたソージャ。
そう、ソージャがミリーの頬を叩いたのだ。
なんとかミリーが正面を見れば、そこにはいつも通りの、感情の読み取れない表情をした、ソージャがいる。
何も理解できず、受け入れられず、ただただ呆然と問いを投げかけようと、口を開いた。
しかし、その前に、言葉が割り込んだ。
「これで『許してあげる』。この人に生意気な態度とったことも、これまで私の魔法の勉強を邪魔したことも。」
「…は?」
ミリーの口からは、間抜けな音がこぼれ落ちた。
この人?邪魔?色々と気になるワードがあるが、いや、それよりも。
「なんで、あなたが…許す側に回っているの?」
ミリーの中の自分が上という自負が、その疑問の追求を許さなかった。
ギリ、と歯を食いしばり、自分を制する。
しかしそれも意味をなさなくなる直前。
「こらぁーーーーっ!!!何してるんだぁーーーっ!!」
「あ、学園長」
中庭に怒鳴り込んできたのは生え際の後退した1人の中年男性。
略してハゲ。
少し着きすぎた肉を揺らしながら、こちらへと走ってくる。
荒い息を整えながら、途切れ途切れに、何か言葉を紡いでいるが聞こえやしない。
「すみません、よくわかりません」
「だ、から…お前は、なんて、ことをしてくれたんだと、言っているんだ!!!」
「え、私何かしました?決闘は正式な手順を踏みましたよ。」
「そういうことを言っているんじゃない!!!私は、なぜミリーを攻撃したのかと聞いているんだ!!!」
「えぇ…なにそれ、ミリーじゃなければよかったってことですか?」
贔屓とも取れる発言に、ソージャは眉を顰める。
魔法使いも、思うところがあるのか、口を真一文に引き結んで、様子を見守っている。
まあ、事実、ただの贔屓なのだが。
成績優秀、かつそれなりに高貴なお家柄なミリーと、色なしに加え、庶民の出であるソージャ。
贔屓をするとするならば、どちらを取るかは明白だろう。
それゆえに、ミリーの暴挙は許されていた。
黙認されていたのだ。
教育機関としては、行き過ぎた、許されざる行為であるが。
尚も喚き散らかす学園長が、決定的な一言を言い放った。
「お前は、退学だ!!!二度と敷居を跨ぐな!!!」
フン、と見下す様に偉そうな態度をとる学園長。
実質偉いには偉いのだが、小物感が半端ない。
『退学』とは、これまでのソージャであれば、効果覿面な言葉である。
何よりも魔法の勉強をしたいソージャにとって、ここは唯一の手段だった。
泣き喚いて縋りついてくると予想していたのだろう。
しかし。
「え、いいんですか?」
「え?」
あっさりと、退学を受け入れたソージャ。
あまりの拍子抜けに、学園長の口から間抜けな声が出る。
ミリーや、魔法使いでさえ、目を見開いていた。
「むしろ本望です。別にここである必要はなくなったので。」
「は、いや」
「では荷物をまとめて今日中に出ていきますね。それでは」
「あ、おい、ちょ」
スタスタと、声も聞かずに歩き去っていくソージャに、届きもしない手を伸ばす学園長。
目の前を通り過ぎ、遠ざかる背中に、着いていくのは空色の魔法使いのみ。
中庭には、ボロボロのミリーと、学園長と、場違いなほど爽やかな風だけが残された。