六話
穏やかな日差しの差し込む中庭は、しかし全くもって穏やかではなかった。
『色なし』とミリーの決闘が行われると聞いてやってきたギャラリーによって、渡り廊下は埋め尽くされていた。
騒々しくざわめく野次馬たちをよそに、中庭には冷たい空気が流れている。
「私はいつでも構わないわ。今からでも棄権を受け入れるけれど?」
「必要ない。」
「…そう。先手はどうぞ?」
「それじゃあ、お言葉に甘えて。」
ぴっ、と杖をミリーに向けるソージャ。
一度深呼吸をして、もう一度息を吸い込む。
目を細めて、音を紡いだ。
「[弓よ、矢をつがえ、敵を撃て]」
「!」
「[アロー]」
言葉と共に出てくるのは魔力の弓矢。
つがえられた矢が、引き絞られ、ミリーへ向かって勢いよく飛び出す。
少し驚きながらも、後ろに飛び難なく回避した。
とん、と着地したミリーは、少しだけ怪訝な表情を纏う。
しかしそれも束の間、すぐに次の行動に出た。
「[叫びなさい、海竜の咆哮]」
その詠唱を聴いた観衆たちはざわつく。
それもそのはず、その詠唱から始まるのは、中級魔法…すなわち、先程ソージャが使った魔法よりも1段階上の魔法である。
「[オー・ルギア]」
凄まじい水の奔流に、周りがざわめく。
先程ソージャが出した弓矢は、全て飲み込まれていく。
ミリーは勝負をつけにきていた。
自分の感じた違和感を、気のせいにするために。
迫り来る水の砲弾に、しかしソージャはいたって冷静だった。
「[直進せよ、猛虎の乱風]」
使用するのは、風の『中級魔法』。
ミリーが目を見開く中、二つの魔法は衝突した。
お互いの魔法を押し返し合う中で、ありえない、という呟きが落とされた。
「…なぜ、色なしのあなたが」
意味がわからない、といった声色で、目の前の魔法を睨みつけた。
「『若草色』の魔法を使えるの?」
「…さぁ?」
ミリーの呟きに、肩をすくめてすっとぼけるソージャ。
会話によって意識がわずかに逸れた、その瞬間を、ソージャは見逃さなかった。
一瞬で出力を上げ、水を押し返す。
眉間に皺を寄せ、水を振り払うことでミリーはなんとか突風を回避した。
余波に肌を撫でられながら、初めて嫌悪感を露わにしたミリー。
しかし間髪入れず、風が肉薄する。
「[宙を切れ、吹き飛ばせ、荒れ狂え。その身は剣とならざるべし]」
「っ…[弧を描き、守れ、神秘のヴェール]!」
同時に展開された魔法に、咄嗟の反応で防御の姿勢に入る。
まるで剣を振りかぶるかのように杖を構えて、水色の瞳を見据えるソージャ。
そこには、明らかな焦りがあった。
「[フォー・ヴェント]」
「[イュー・ムアー]!」
水の盾と風の剣がぶつかり、凄まじい魔力が解き放たれる。
風圧に押され、観衆たちは思わず顔を覆った。
一度地面を飛び、距離を取る。
防御の姿勢に入ったミリーに、風の剣を向けるのはソージャ。
「…ソージャ。」
「なに?」
「あなたは、『色なし』。私、いえ私たちより上のはずがない。」
「『その点においては』ね。」
「なら」
「でも魔法は関係ない。そうやって教えてもらった。」
「…っ私は!そんなこと教わっていないわ!!」
初めて、声を荒げたミリー。
その顔には、懇願のような色が広がっていた。
これまで信じてきたものが崩れてしまうような、そんな感覚に襲われる。
それを振り払うように、攻勢に打って出た。
「[喰い荒らせ、薙ぎ払え!汝は竜の贄となる]!」
「…」
「っ『上級魔法』!?」
ミリーは、確かに強かった。
学生にしては過剰な魔力と実力、そして自信。
でも、それは『この学園』内なら、の話であった。
この学園でない、しかも規格外の人物によって変わったソージャには、ずいぶんと、脆くて、弱いものに見えた。
色こそが強い、色がないと魔法が使えない、だからお前は下だ。
ソージャだけは、その固定概念から解放された。
固定概念が崩れても、何も思わなかった。
だって彼女は色なしだから。
でも、見返したい、やり返したいという感情を引き出してくれたのは、紛れもない彼女だ。
「…だから、これはお礼と、ケジメ。」
「[竜の顎に捕えられる哀れなその身は、私の力となれ]!」
「[集え、清澄なる風。空を駆けるその時に、どうか私も連れて行って]」
「…なんだ、あの魔法」
「え、先輩も知らないんですか?」
「一応六年間この学園に在籍してはいるが…こんな魔法は知らない。」
図書館にも、載っていない。
そんな驚愕さえも吹き飛ばす爽やかで、軽やかで、しかし圧倒的な風は、水竜を圧倒するには十分過ぎるくらいだった。
「[イュー・アタクエ・ラゴン]!」
「[トゥーリ・クジェスト]」
一瞬、音が消えた。
いや、音が追いつくよりも早く、魔法がぶつかった。
そう感じさせるほど、圧巻だった。
風と水の、拮抗が許されたのは、ほんの一瞬。
水竜は風に切り裂かれ、かき混ぜられ、悲痛な声を上げる。
風が猛進する中、最後の抵抗とばかりに、水竜はソージャに食らいついた。
ミリーは、風に吹き飛ばされる。
直後、爆音と、弾けた水が、中庭を満たした。