五話
「…あの子、最近楽しそうねぇ」
「そっ、そうでしょうか…?」
「えぇ。前よりも顔がイキイキとしているわ。」
つまらない、と口を尖らせる彼女、ミリーに、遠巻きにしている生徒たちは、少し怯えた表情を見せる。
それもそのはず、ミリーはわがまま姫として知られていた。
ある時、彼女はとある生徒を模擬戦と称して半殺しにした。
曰く、『生意気な目をしていたから』と。
ある時、彼女は周りを囃し立てて、巻き込んで、とある生徒を自殺に追い込んだ。
曰く、『あの子が勝手にやっただけだ』と。
加えて、実力が伴っているものだからタチが悪い。
まあ、兎にも角にも、目をつけられると不幸しかない。
それゆえに、彼女への畏怖の感情を利用して、笠に着ている生徒の取り巻きを除けば、皆近づきたがらず、いつ目をつけられるか怯えて暮らしていた。
ここ最近は、『色なし』の生徒がお気に入りだったようで、そちらにばかり構っていたので、他生徒は内心胸を撫で下ろしていたのだが。
そんな時に、この冒頭の発言。
誰が次の標的にされるのか、ビクビクと怯えるのも無理もない。
心休まらない学校の日々が半月ほど続いたある日。
「ルーズ。ミリー。」
「あら?ソージャ。何か用事があるの?」
「最近つれなくなったよなーお前。今更なんかあんの?」
廊下を歩いていたルーズとミリー、そしてその取り巻きたちの前に現れたのは、色なしと呼ばれる、ソージャ。
2人の名前を呼ぶその瞳には、確かな感情の色が見え隠れしている。
明らかに、これまでの擦れ切った目とは違った。
ルーズが怪訝な目でソージャを見ている中、彼女は着けていた黒い手袋を両手とも外し、そして…。
ペチッ、と小気味良い音が、のどかな廊下に響き渡る。
それと同時に、目を見開く取り巻きたち。
「…どういうつもりかしら?ソージャ」
感情を読み取れないくらい声が、ミリーの口から漏れる。
それもそのはず、ソージャは、ミリーの顔に手袋を投げつけたのだ。
手袋を掴み、ぐしゃ、とつぶすミリー。
投げつけた姿勢から姿勢を正したソージャは、再びミリーを見据えて。
「決闘だ、ミリー。」
「…はあっ!?」
その声はルーズか、それとも取り巻きか。
意味がわからない、という顔をするルーズも、ついでの如くもう片手の手袋を投げつけられた。
「あとルーズも。」
「…俺が付属物だってか?」
「…」
「なんか言えよ!!」
ぎゃあぎゃあと、突っかかるルーズを全て無視して、ミリーに向かい直す。
未だ穏やかな笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「…いいわ。受けましょうその決闘。」
ミリーは、微笑を消して、ぽつり、と呟いた。
初めて見た感情の顔。
ソージャは、震える手を、拳をグッと握って止めた。