三話
「…はぁ」
両手を塞ぐ大きめの紙袋を抱え直し、ため息をつく。
私は学校が終わった後、街へと買い出しに来ていた。
別に自分のものが足りてないとかではなくて、純粋に押し付けられたのだ。
(ただでさえ一日中教科書を投げつけられるわ、足を引っ掛けられるわ、間違った情報を教えられるわその他諸々で大変だったのに…)
この学校は原則寮生活で、料理等も自分でやる。
場所によっては料理人がやったりもするらしいが。
私が今両手に持っているのは、一週間分ほどの食材。
ほぼ毎回のように押し付けられているので、もはや慣れた。
勉強の時間は減るから、面倒くさいことこの上ないのだが。
少しでも自由時間を確保すべく、早足で帰ろうとする。
その瞬間、視界がブレた。
「…っ!?」
思考が追いつくよりも先に、自分の左半身から強い衝撃が走った。
反動で少し跳ね返される体。
そのまま地面に落下した。
「…っは…っ」
衝撃により肺に何か起こったのか、うまく息を吸えない。
息苦しくて、少しもがいていると、自分の顔に影が落ちた。
「…なぁんだ、色なしか。」
なんとか顔を上げて、誰かを確認する。
相手の顔を視認した瞬間、私の顔が歪むのがわかった。
「ルーズ…ミリー…ッ」
「買い出しでも押し付けられたのかしら?可哀想に。」
「まあでも一般人に当ててなくて良かったー!教頭怒るとこえーもん。」
そこにいたのは、嫌がらせの主犯格である2人だった。
ビビったビビった、とわざとらしく二の腕をさする餓鬼がルーズ。
あらあらと頬に手を当てつつ、しゃがみ込んで私を覗き込んできているのがミリーだ。
あくまでも優雅で心配している人を装っているが、絶対に相手を助けはしない。
愉悦に歪んだその瞳と口角は、もはや隠す気はないのだろう。
ルーズが私の髪を掴み、顔を引き上げる。
私だって何もできないわけじゃない。不意を突いて殴り返すくらいはできる。
でも、それをすると後々困るのは私だ。
だって彼らは、学園のトップの実力を持つのだから。
ほとんどの先生がこの2人の味方であり、私の敵。
せっかく勉強しにきたのに、追い出されたらたまったものではない。
「大変だなぁ、お前も。」
「…」
口は開かない。
その代わりに、睨みつけておく。
ここは、学園の生徒が特に多く買い物に来る場所。
ほとんどの人が見て見ぬ振り。
「いい加減言えばいいんじゃねぇの?解放してやるって言ってんじゃんか〜」
「…」
さらに眉間の皺を濃くして、唇を噛む。
ルーズが言う言葉とは、『誠意のこもった謝罪』らしい。
一度、例を聞いたら、侮辱的なことを言われたので、絶対に言ってやらないと決めている。
「…チッ…はーぁ、つまんねぇよ、お前」
「っ…」
依然何も言わない私に飽きたのか、手を離され、地面に捨てられる。
頭をぶつけたため、少し視界が揺れた。
しかし何事もなかったかのように振る舞う。
ルーズの興味は、私に向かなくなったようだ。
ミリーは横で面白そうに見ていたが、立ち上がった。
胸元から杖を取り出すと、私に向ける。
「[清き水よ、舞い踊れ、かの者を取り囲み、水の檻へと成れ]」
「ッ!?」
(まずい!!)
魔法が発動されるまでの数瞬の間に、私は両手で自分の口と鼻を塞いだ。
「[イュー・スピアー]」
直後、私の顔の周りに水で球ができる。
もちろん、空気はない。
口と鼻を塞がなければ、肺にまで水が入っていただろう。
苦しいが、これが1番マシだ。
(普段通りなら、一分も経てば解放されるはず。)
耐えろ、と自分に言い聞かせる。
苦しそうな私の表情を、ミリーは楽しそうに見ている。
やり返せない悔しさを押し殺しながら、時間を待っていた。
わずかに視界が霞み、苦しさのあまり手を離したくなった頃、ふいに、息ができるようになった。
次の瞬間には、顔の周りの水球が割れて、服がびちょぬれになった。
「ゲホッゲホッ……」
今日は気分が良かったのだろうか、濡れた手を見下ろしていた視線を前へと向ける。
どうやら、そうでもなさそうだ。
「…!?なんで…!?」
魔法を発動した本人が、誰よりも驚いている。
杖は依然私に向けられており、わずかに発光している。
魔法を発動中である証だ。
異なる点といえば、杖の中程に見慣れぬリングがあることだろうか。
そのリングはどうやら魔力でできているらしい。
「こらこら、流石に死んじゃうよ?」
横から、見知らぬ声が投げられた。