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天候を操る力②




「ユーテル! なんか後ろから人が叫びながら走ってきてる!」


 何やら異常事態だと感じて前を行くユーテルに聞こえるよう大きい声で呼びかけると「なんだよなんだよ」とぷんぷんとしながら早歩きをやめてすぐにこちらへ駆けてきていた。


「おっと! これはこれは面倒なモノを連れてきたね!」


 林の中に目を向けたユーテルはニヤリとする。

 

「面倒なモノ?」


 ユーテルのその言葉を怪訝に思い再び林の中を見ると、走り回る人物の背後に一回りも二回りも大きい獣の影が草木の隙間から見えた。


「助けて!!」


 走り回る人がこちらに気付いたのか、じぐざぐに走っていた方向が一直線へこちらに向かってくる。勿論その後を追う大きな獣の影もこっちへ向かってくる訳なんだが……!


 木々の枝や草花を押しのけながら走ってきた人物の姿をようやく鮮明に捉える。

 どうやら小さい女の子のようだが……それよりも背後の獣に目がいく。


 ドスンドスンと重い足音が響いてくる。まだ30メートルほどは離れているはずのこの距離からでもすぐにわかる巨躯! 

 緑色の林とは全く似つかわしくない黒々とした厚い毛に覆われ、自らの顔よりも大きい鋭い牙が獣の口先から飛び出している。

 その巨躯を突き動かす巨大な四本の脚が、図体の割にかなり速く女の子に追いつくまでもう時間が残されていないのは間違いない。


「グオオオオオオオオオオ!!!!」


 黒い獣は目の前を走る女の子へむけて雄叫びを上げながら迫ってきている。このままでは明らかにまずい。だが、恐怖で自分が何をしたらいいのかわからずその場から両脚が動かない……!


「テンペスト君はここにいて!」


 その時、視界の端からユーテルが勢いよく飛び出して森へ入っていく。あまりにもユーテルのスピードが速く彼女の名前を叫んだ頃には既に追われていた女の子のところにたどり着いている。およそ20メートルはまだ離れているはずなのに。


 しかしすぐに合点がいく。


 静かに吹いていたはずの風が急に激しく吹き荒れ、あたりの草木もいっぺんにまとめて森の中へ吹き込んでいく。 あまりの風の強さに思わず瞼を閉じてしまいそうになる。

 きっとユーテルは強く吹く風に乗ったから少女のところにすぐさまたどり着けたのだろう。


「もう大丈夫! きみはあのチンチクリンの男の子の方に走って!」

 

 ユーテルが女の子にそう声をかける。というか今俺に向かってチンチクリンって言っただろあの人! そんなこと言われるような筋合いないだろ!


 女の子がこちらへ走ってくると、黒い獣と女の子との間を分かつようにユーテルが立ち塞がる。

 獣は四足歩行をやめて二本の脚で立ち上がり、巨躯は倍近くにもなり周りの樹木と同じくらいの大きさになった。


「グオオオオオオオオオオォォォッッッ!!!!」


 両前脚を大きく広げた獣はユーテルへ怒号を浴びせ激しく威嚇する。


 あまりの怒号の大きさに鼓膜が揺れ、耳が痛む。大きく出来上がった影が目の前まで迫ってきていて、まだ離れているのに恐怖で全身が竦み震えが止まらない。


「ここまで大きいのは久しぶりに見るね!」


 ユーテルは全く動じず獣の前に悠々と立ち、不敵な笑みを浮かべる。


 風の激しさがより一層増し、晴々としていた天候が一気に曇る。

 太陽の光はあっという間に遮られ、獣の影は薄まり、森は暗くなる。

 草木だけでなく、木の枝や遠くから巻き上げられてきたであろう大小の岩石が森の中へ集まっていく。


「痛っ!」


 枝やら石やらが肌にわずかに傷をつけていく。ここにいては危ない、少しでも離れないと!

 本能がそう直感した時にちょうど女の子も激しく息を切らしながら俺のところにたどり着いていた。


 全身汗だくといった感じで黒髪には枝やら葉っぱやら花弁やら色々とくっついており、森の中で奮闘していたことがうかがえる。

 俺よりも3~4歳は下だろうか、あんなに大きな獣に追われていた恐怖と急激な天候の変化に戸惑い、表情は硬く緊張が解けていないのがすぐにわかる。


「大丈夫!? とりあえずここから離れて町へ走って!」


 少女にそう呼びかけるが、激しく息切れする少女は崩れるように地面に両脚を下ろし、倒れかける彼女を受け止める。


 どうやら自力で逃げ切れそうにはない。彼女を担いで急いでここから離れるしかないだろう。

 だが、あまりにも周囲の風が強すぎて俺自身も身動きをとることが難しくなってきて、その場にしゃがみこんで暴風と吹き込む雑多な大小の物体から少女を庇う事で精一杯だ。


 雲は段々と黒く荒々しい形に姿を変える。あたりは一気に暗くなり始め、雷鳴すら聞こえ始める。

 やがてぽつり、ぽつりと雨が降ってきたかと思えば刹那の間に激しい豪雨と変わる。

 

 だが不思議と俺と少女に雨が降ってくる様子はなく、それらは森の中を集中的に降っているようだった。


 尋常でない状況に恐怖する。

 

 これが、天候を操るユーテルの力……?


 少女を抱える両手に自然と力が入る。


 枝や石や砂や様々なものを運ぶ風は灰色になって森の中に吸い込まれていくように吹き荒んでいる。

 木々は激しく揺れ動き、森を集中的に襲う豪雨でユーテルの姿はおろか、あの巨大な獣の姿すら捉えることができなくなった。


 ……こんな力をユーテルは有している。


 澄んだ青い瞳と、見惚れるほどの綺麗な白銀の髪を持つユーテルのその姿が、今は恐ろしく感じる。


 …………こんな人と、俺はこの先旅を…………?


 俯くと、恐怖の面持ちの少女が森を凝視する。


 きっと、今の俺もこんな顔をしているんだろうな……。


 

 

 そうして、俺も森の中に目を向ける。



 やはり、ユーテルの姿は見えなかった。



 

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