晩餐
倒木だらけの森の片づけをユーテルと進める。
大きめの倒木は町で何かと使えそうなので運びやすいところに集め、それ以外のダメになってしまった倒木などは森のかつて道だったところを舗装するように並べられた。
驚いたのは、ユーテルが想像以上に細かく風をコントロールできることだった。
突風を吹かせてまた嵐でも起こすのかと身構えたが、町には被害が出ないよう風の方向を調整して、森の中だけに風が留まるようにしたのだ。
こんな芸当ができるのなら、最初から町の花畑を吹き飛ばさないようにできただろうに……。
片付けてわかったが、森の被害状況は大体花の町一つ分くらいの広さはあり、広大な森林地帯に急にひらけた場所が出現するという理解しにくい状態になっている。
自然環境への影響も気になるところだが、被害の外にあった地域は依然として豊かな自然が続いているのは不幸中の幸いといったところだろうか。
基本的にはユーテルが木を移動させているのを見ているだけだったのだが、それだとあまりにもあれなので町の周囲に散らばって落ちていた小枝とかそういうのを集めていた。
そんなこんなで森の清掃活動は驚くほど素早く進み、その日の暮れ時にはすっかり綺麗な状態になった。
「うん! これできれいになったね!」
「色々と早く片付いたとはいえ疲れたな……」
額を拭うと手の甲に土と汗がこびりつく。
考えてもみればこうして汗をかいた、というのも久々の感覚だ。
「そうだねー。壁も無くなってボクももう町に入れるはずだから、今日は町に泊まって明日出発しよう」
「出発? どこに?」
初めてユーテルから聞く出発という言葉に驚く。
この旅は俺をどうやら新しい力に目覚めさせるもの……らしいのがその展望は全く掴めないでいた。
「聞いて驚きな! 世界三大魔法大国が一国! エルドリシアさ!!」
「どこだよそれ」
誇らしげに肩肘張ってモノを言うユーテルにほぼノータイムで返す。
「知らないの!? エルドリシアだよ!?」
「聞いたことないな」
本当に知らないので仕方ないだろう。
俺の故郷、北方の国ではそういった外国の事をあまり学ぶことはない。
尤も、姉のテオは大学に通っていたからそこまでいけばさすがに他国のことも学ぶのかもしれないが、少なくとも俺はそこまでの知識を持ち合わせていない。
「そうか、そうだよね。考えてみればキミの国はノルディスだったね」
「ノルディス?」
「キミの国は世界一般でそういう国名で呼ばれてるんだよ。閉鎖的だってのは昔から有名だったけど、でもまさか自国民ですら自分の国の国名を知らないなんてね……」
ユーテルはそう言ってノルディスの事、エルドリシアの事を教えてくれた。
俺の故郷北方の国はノルディスと呼ばれており、世界三大魔法大国かつ最古の魔法立国なのだという。
そして、そんなノルディスと並んで称されるエルドリシアがこの旅の目的地ということだ。
エルドリシアは魔法が日々の生活に非常に密接に関わっているらしく、いたるところで魔法を見ることができるらしい。
三大魔法大国とも称されているが、魔法の質・量・扱いから見てエルドリシアが最大の魔法大国だとも言われているんだとか。
「いやいや、俺今までの人生でマホウなんて聞いたことがなかったんだぞ。ノルディスが魔法大国っていうんだったら、なんで俺はマホウを知らずに生きてきたんだよ」
俺の国ノルディスが魔法大国と外から呼ばれているにしては俺も姉も母も、俺が住んでいた町の人達は誰も魔法なんてものを使っているところは見たことがないし、そもそもそんな単語は聞いたことがなかった。
年がら年中凍てつく寒さが襲い掛かり、降り積もる雪と分厚い雲によって不作を誘う。
そんな、不毛の土地だ。
「さあね~。まあ魔法大国って呼ばれる所以は国規模の大きな魔法を取り扱ってるからなんだけど、まあノルディスは鎖国的だからね」
なんとも釈然としないが、とりあえず今は飲み込んでおくことしかできない。
魔法大国なんだとしたら、兎にも角にも貧困をどうにかしてほしかったところだ。
「そもそもの話、ボクたちがどこにいるかよくわかっているかな?」
「ここがどこかって、北方の国から海を隔てた東の大地、だろ?」
「まあ合ってるっちゃ合ってるか。大陸ってわかる?」
ユーテルの言葉にぽかんとしていると、ユーテルは小馬鹿にしたかのように笑って話をつづけた。
「えとね、今ボクたちがいるここは『ユグラウド大陸』っていって、エルドリシア以外にもたくさんの国があるんだよ。キミの言う『東の大地』ってところがここだね」
「ほう」
「キミのいた国、ノルディスは『ヒューゲン大陸』ってところになる。大陸と大陸の間には大きな海洋があって、キミは大陸どころか海洋を一っ飛びしてここにいるってわけ。」
「へぇ」
「普通大陸から大陸を移動するには船を使うけど、本来なら3ヶ月くらいかかるんだよね。その距離を一晩でボクたちは移動したってわけ! すごいでしょ!」
「そうか」
「返事が素っ気なさすぎる! もっとこう、取るべきリアクションがあるとは思わない!?」
「そうは言われても想像しにくいんだよ。大陸と大陸が違うってことだけどそれがよくわからないんだ」
国外のことはあまり習わない、とはいうが実際のところ全く習わないわけではなく、周りにはこんな国がありますよー的なことは学んだ。逆に言えばそれまで。
そもそもの話、ユーテルの知識と俺とでは認識に大きな齟齬があるはずだ。
多分、世界は俺が思っていたよりもずっと広くてずっと複雑なんだろうけど、今の俺にはそれが想像しきれない。
「ま、この旅でキミ自身が経験していけばいいんだよ。習うより慣れよ、っていうしね」
そうこう話しているうちに俺とユーテルは花の町に戻ってきた。
光の壁が消えた今、ユーテルは前と変わらず町に入ることができたが、昨日ユーテルが壁に触れてしまった時は相当痛かったらしく「夕日で壁が見えなくなってるだけとかじゃないよね……?」とビクビクしながら町の敷居を跨いでいた。
町で宿を探しながら食糧を調達しようと買い物していると、同じく買い物中のソニオさんとバッタリ鉢合わせた。
ユーテルはやっぱりソニオさんのことを苦手に思っているらしく(俺もそうだが)ソニオさんを見つけた時は二人して影に隠れようとしていたがダメだった。
「アンタたちなに隠れてんのよ」
「な、な、何を言っているのかな! ボクたちがどんな理由があってソニオさんから隠れるっていうのさ!」
「いきなりテンペスト君に魔法かけて自由落下させたりアンタのこと脅したからまあ無理もないと思うけど」
「あれほんとに怖かったです……」
初対面で突然魔法をかけられて地上から空に向かって落下していく体験をどれだけの人がするかわからないが、死を覚悟したので是非やめていただきたいところだ。
「それに対してのせめてものお詫びなんだけど、アンタたち今日の夕飯はもう決まってる?」
「ちょうど今晩の食糧を買おうとしていたところでした」と言いかけた矢先ユーテルが「食べる!!!」と有無を言わさぬスピードで割り込んできた。今の今まで怯えていたのに胆が据わっているというかなんというか……。
流石にソニオさんもユーテルがこんなにも食い気味に来るとは思っていなかったようで顔を引き攣らせてドン引きしていた。
そんなわけでソニオさんのお家にて夕食を頂けることになった。
「あ、テンペストさん! ようこそ!」
ソニオさんのお家に入ると、可愛らしい花の刺繍が入ったエプロンを付けたサリエスちゃんが出迎えてくれた。
元々俺とユーテルを夕飯に誘ってくれるつもりだったのか、食卓には既に四人分のお皿が用意されている。
家の中はほんのり甘く心地よい酸味が香り、食欲をそそられる。食材を買ってこちらも何か食事を作ろうと思っていたのだが、どうやらもう料理はできているようだ。
「さ! ほら、座って座って!」
サリエスちゃんは俺とユーテルが来た事に喜んでくれているのか、上機嫌に席に案内される。
用意されていたのは食べやすく刻んだ野菜が何種類か入っている白いスープだ。
このスープはシチューという食べ物で、パンと一緒に食べると尚美味しい。
一口食べてそのあまりの美味しさに「うま!」とびっくりしていたらサリエスちゃんがすごく喜んでくれた。このシチューはサリエスちゃんが頑張ってつくってくれたものだという。
「あんたたちこれからどうするの? この町にずっといるわけじゃないんでしょ」
「エルドリシアに行きたくてね。明日の朝には発つよ」
初めての料理の味を堪能させてもらっていると、ソニオさんからの質問にユーテルが答える。
「エルドリシアか、懐かしいわね~。まあ長旅になるけどがんばんなさい」
ソニオさんの長旅、という言葉に気を取られた。
まさか1週間2週間とかの長旅ではあるまいな、と危機感が募りソニオさんに聞く。
「長旅ってどれくらいなんですか?」
「一か月くらいはかかるわよ」
「一か月!? その間の食糧や寝床は!?」
そらみろ! 不安が的中したぞ!
この町ではたまたま食糧は手軽に手に入ったし、宿もあるが他の町ではそうはいくまい。
一か月もの長旅、餓死する自信しかない。
どうするんだ、という気持ちを込めてユーテルを睨みつける。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ! またひとっ飛びするし!」
「……そういう問題なのかなぁ……」
俺を故郷からここに連れてきた時みたく、また風の力を使って飛ぼう、ということになるわけか。
その時俺は気を失っていたから飛んでいた時の状態を知らずにいるけれど、人間が吹っ飛んでしまうようなレベルの強風の中どれだけの時間人間は精神を保っていられるのだろうかと不安になる。
「前からどことなく思ってたけど、テンペスト君って変わってるわよね。あんたどっから連れてきたのよ」
ソニオさんの言葉にユーテルはドキリとした表情で口へ運ぶスプーンの手が止まる。
「ま、まあ訳アリってやつだよ!」
「ふ~ん…………」
ユーテルは挙動不審気味にそれ以上問い詰められまいと勢いよくシチューを啜る。ソニオさんはあえて追及しないような、そんな素振りも感じられた。
ユーテルは俺を拉致してきたことをソニオさんに伝えていないようだが、なにか理由があるんだろう。
まあ、そもそも人を拉致っちゃダメに決まってるから至極当然のことではあるのだが。
それはそれとして、俺が変わってるなんてことを言われたがユーテルを目の前にしてそれはあまりにも心外な気分だ。こいつの方が俺よかよっぽど変なヤツだと思う。
「はいはい、食べ終わったら片付けね!」
御馳走をお腹いっぱい頂き満足して椅子の背もたれに寄りかかっていると、両手をパンパンと鳴らしたソニオさんの声で姿勢を戻す。
ユーテルもサリエスちゃんも食べ終わって何やらじゃれ合っている最中だった。
サリエスちゃんと一緒にいそいそとテーブルから食器を台所に運ぶユーテルのその姿はまるで怒られた子どもがちょっと行儀よくするみたいで面白かった。
「とても美味しかったです。本当にありがとうございます」
「ん、ちゃんとお礼を言えるとは感心だね。ところでキミ、このあたりの人間じゃないわよね」
油断しているところを急に不意を突いてくるようなソニオさんの言葉にドキリとする。
テーブルを拭くために持ってきていた濡れた布巾を握る力が少し強くなって、滲んだ水分が指と指の間をじんわりと湿らせていく。
「あの子が人を連れて一緒にいるところなんて見たことがなかったから、突拍子もなくキミを弟子にでもしようとしてるのかな、なんて思って見てたんだけどなんかそんな感じじゃないなと思ってね」
「……俺もよくわかってないんですが、力をつけるための旅だとかなんだとかで」
「力?」
「はい。ユーテルと同じような力を俺は持っている……らしいんです」
自分でもこうして話していておかしいなと思う。
普通に暮らしていたら突如として訳の分からない事を言われながらここまで連れてこられて、力をつけるために旅をするんだ、なんて言いだしてくるような奴の言葉を信じて一緒にいる。
半信半疑どころではない、普通に9割方疑ってみるべき状況なのに、どういう訳か俺はユーテルと行動を共にしている。
「ちょいと失礼するよ」
考え込んでいるとそれを遮るように、ソニオさんが俺の頭の上に手のひらをぽん、と置いた。
「? あの……?」
一瞬、何か夢の魔法でも掛けられるのかもしれないと身構えたがそんなことはなく程なくしてソニオさんは手を下ろす。
一連の動作を不審に思いソニオさんに目をやると、その表情は少し朧げにつかれているように見えた。
「キミも随分遠いところから来たんだね。やれやれ、ノルディスとは」
「なんで知ってるんですか!?」
あまりの衝撃でその場で腰を抜かしそうになる。
ソニオさんは意地悪そうに口角を上げて答える。
「ん、魔法」




