森のあと片付け②
ソニオさんにマホウをかけられたユーテルは壁の外で倒れこんだように眠っている。
先ほど、ユーテルが森から戻り、町の入り口で俺を見つけ、俺はユーテルに土を投げつけた。
そこからユーテルは明らかに動揺した表情を見せ、何か言いながら壁から離れようとしたところをソニオさんがマホウをかけ、ユーテルを眠らせたのだ。
「本人に全く悪気はなったみたいね。それで? テンペスト君はどうするのかしら」
ソニオさんはどうやら夢の中でユーテルと話していたようだ。
夢の中でユーテルが思っていたことは本心であることに間違いはないだろうとソニオさんから教えてもらった……が。
「…………わかりません」
複雑な心境ではあった。
瞼の下に乾いた涙が張り付いて痒い。
ついさっきまでは森を壊した、俺の思い出を壊したユーテルを憎んでいた。
壁越しにユーテルが俺にどんな言葉を投げかけていたのかはわからない。
でもソニオさんの話を聞く限り、どうやら俺を心配してくれていたという事は確かであるようだ。
でも、俺はもうユーテルに土を投げつけてしまった。
壁の中から投げた物がすんなり通るとは思わなくて自分でも驚いたけど、それよりも土がユーテルの胸にぶつかった瞬間のあの表情……。
あんな表情を見せられては、さっきまでユーテルに抱いていた自分の思いが本当に正しいのかどうか、葛藤せずにはいられない。
……人間じゃない、などと。
「とりあえず彼女のことは私が見ておくわ。サリエスを家に一人残してるから、キミは今夜は私の家に泊まりなさい」
「……いえ、俺がここでユーテルを見ておきます」
ソニオさんからの誘いを断る。俺がここを動く気がないのだと感じたのか、ソニオさんは「そう、あんまり無理しちゃダメよ」と言ってあっさり引き下がり、町へと歩いて行った。
青い光の壁を出て、ユーテルの傍まで近付く。
よく見れば全身のあちこちが土埃で汚れていて、白くたなびかせていた髪にも小枝や葉っぱが付いたままだ。
あれだけの嵐の中森にいたのだから、汚れていてもなんら不思議な事ではない。
ユーテルは、彼女は一人戦っていたのは確かなのだ。
「……ユーテル、お前は本当に……人間なのか?」
眠る彼女に問う。
当然、返事はない。
聞こえるのはユーテルの穏やかな寝息だけ。
ユーテルが集めてくれていた薪で作った焚火の明かりがぼんやりあたりを照らしている。
こんな少しの焚火で暖かさを感じるのはいつぶりだろうか。
寒くない夜なんていつぶりだろうか。
星が空に輝いて見えるのはいつぶりだろうか。
ごそごそとカバンに手を入れて、昨日の夜自分が着ていた寝間着を取り出す。
極寒の北国で着ていたものだ。今朝ここに来てから暑くて脱いでたんだっけか。
その寝間着をそっとユーテルにかぶせる。
彼女を憎んでしまった事、恨んでしまった事、人間ではないと思ってしまった事。
それが正しいのか、間違っているのか、は今はいい。
とりあえず明日直接ユーテルから話を聞くことにしよう。
気持ちが落ち着いてきて、同時に眠気にも襲われる。
ソニオさんには俺がユーテルを見ておくと言ったのに、これじゃ立つ瀬がないな。
そんなことを考えながら、落ちる瞼の重さに耐えられなかった。
瞼を突き抜ける明るい光で意識を取り戻す。
薄目を開いて、辺りを見渡す。
朝だ。
ソニオさんが出したあの光の壁も無くなっている。
ユーテルは……まだ眠っている。ソニオさんのマホウで眠ったから起きるまで時間がかかる、というやつだろうか。
立ち上がって深く息を吸う。
少し肌寒く感じるけれど、吹き抜ける風は気持ちよく肌を撫でる。
気持ちの整理は、ついた……と思う。
「あの~」
ぼんやりと考え事をしていると少女から声を掛けられた。サリエスちゃんだ。
「おはよう。どうしたの?」
「おはようございます。お母さんがこれ、朝ごはんにって」
サリエスちゃんが木のかごを差し出す。見れば中には見たことのない食べ物が色々と入っていた。あ、これはたぶん『パン』ってやつだな。
「ありがとう! ソニオさんにはあとでお礼に行かないとな。ところでサリエスちゃんはもう朝ごはん食べた?」
俺の質問にサリエスちゃんは首を横に振る。
「よし! なら一緒に食べない? その量だとなんか3人分くらいありそうなんだよね」
木のかごの中に入っている食べ物の量はどうも俺とユーテルの二人分にしては少し多い気がした。そこにきてサリエスちゃんの朝ごはんがまだ、ということはソニオさんからの粋な計らい、というやつだろうか。
「いいの! 食べる!」
サリエスちゃんは元気よく返事してくれた。
サリエスちゃんの分と、寝てるユーテルの分と、俺の分と3人で分けてみると、やはり量がちょうどいい。早速いただくことにした。
基本的にはパンと、他にあったのは恐らくリンゴで、これは北方の国では生産量が少なすぎて滅多に食べられる代物ではない。
生のリンゴか……皮ごと食べていいんだよなこれ。
思えばここに来てから見たことのない食べ物にあり付けている。
それだけ俺の故郷の北方の国は貧しいということなんだろう。
それにしても、この黄色い棒状のものはなんだ……? どうやって食べるんだ?
「バナナだよこれ。知らないの~?」
サリエスちゃんがバナナと呼ぶ黄色い棒状のフルーツの表面を剥いで、中身の実を食べている。
「ば、なな…? そうやって食べるんだね」
戸惑いながらもサリエスちゃんと同じやり方でバナナと呼ばれるこいつを食べてみる。
う~ん、なんだか独特な香りがするけど、きっとおいしいに違いない。
「あらあら、なんだか随分仲良くなってんじゃない」
バナナを味わっているとソニオさんも来てくれた。途端にユーテルも目を覚ます。
たぶんソニオさんが来たことでユーテルへのマホウも解けたんだろう。
「あれ……朝だ……」
「……おはよう、ユーテル」
自分でもぎこちないな、と思いつつユーテルに声をかける。
ユーテルは寝ぼけ眼をこすりながら「おはよう…」と返す。
「って! テンペスト君! 脚の怪我は!」
俺の顔を見るなりユーテルは急に元気になって声を上げて、俺の脚の心配をする。
単に気まずくなっていたと感じたのは俺だけだったのか、と思うほどに元気がいい。
「怪我してないよ。その話ソニオさんから聞いたんじゃなかったのか」
「……? そんな話……したか。したね。うん、したわ。うん……」
ユーテルの元気は急に影を潜め、こちらへ目を合わせようとしない。
あれ、どうしたんだろう。
「思い出したかいユーテルさん。キミが何をして、テンペスト君が何をしたか」
ユーテルの表情はみるみるうちに険しくなっていく。
恐る恐る、怖いものを見るみたいに俺の方をゆっくりと見る。
「……そんな顔するな。それについて話をしたかったんだ」
ユーテルに声をかける。
俺が土を投げたことをユーテルは思い出したんだろう。
俺がひどい顔でユーテルにひどい事を言ってたことも。
「なんかすごい顔してたよね……壁のせいで何言ってるか聞こえなかったけど」
ユーテルが恐る恐る言葉をつなげる。
ああ、聞こえてなかったんだ。まあでも聞こえてなくて良かったかもしれない。
自分で何を言ってたかよく覚えてないけど、酷いことを言ってしまっていたのは間違いない。
「はいはい! それ食べたら森を綺麗にしてもらうからね」
パンパン! とソニアさんが手をたたいて俺とユーテルの目線を向けさせた。
確かに森の復旧は急務。ユーテルとの話も大事だが、それは森の清掃活動をしながらでもできることか。
起きたユーテルに朝食のパンとリンゴを渡しながら、俺も早々と胃に流し込むように食べた。
朝食も済ませ、俺とユーテルは森へ向かった。
事が起きていたのは昨晩のことだったし視界も悪かったが、こうして明るくなって森を見ると、その被害の実情がこれでもかというくらいに見て取れてしまう。
森を形成していた樹木の数々は、そのほとんどが折れているか、根っこから倒れていたりしてぐちゃぐちゃだ。
「……これ全部ユーテルがやったんだよな」
二人で森の中に入って、少しでこの惨状だとさすがに言葉に詰まる。
「そうだよ、ボクが全部やった。幻滅した?」
「…………町を守るためにやってくれたんだろ」
結果はどうあれ、ユーテルは随分と俺の心配をしてくれていた。
それはもしかしたら、俺を陥れるために演じているだけなのかもしれない。
でも、だとして、他人を心配するほどの慈愛を持つ”人間”を憎め、なんてことを俺は親から教わっていない。
あれだけひどい事をユーテルに言ってしまって、やってしまった俺の方がよっぽどひどい人間だ。
「キミはそんなふうに言ってくれるんだね、泥投げつけてきたくせに」
「あの時は動揺してて……ごめん」
「ふふっ、いいよ」
泥というか土の塊だったと思うのだが、まあ違いはそうないし俺が悪いのは間違いないので謝ることしかできなかった。
「さて、と! 気を取り直して! この森を綺麗にしよう!」
突然ユーテルは背伸びをして声高らかに宣言する。
あまりのテンションの変わりようにぎょっとするけど、そうだユーテルはこういうや奴なんだ。
「こんなぐちゃぐちゃになった森をどう綺麗にするんだ? とんでもなく時間がかかりそうだが」
「そりゃ、こうするんだよ!」
ユーテルは両腕を大きく広げて風を呼び起こす。
突如として強い風が背後から襲い掛かってきて態勢が崩れそうになるが、すんでのところでユーテルに腕を支えられて倒れずに済んだ。
「これで本当に森が綺麗になるのか?!」
「いいかい、森ってのは木とか草とか、そういうのが繰り返し腐って倒れていくことでそれを栄養分にして新しい森ができるものなんだよ」
「つまり?」
「ダメな木は全部ぶっ飛ばす!」
「やっぱり滅茶苦茶じゃねえか!」
ユーテルはやはり信用ならなかった。




