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バケモノ➀


 町全体を囲む空高くまで聳え立つ青い光の壁。


 この光の壁は顕在的・潜在的を問わず一切の危険を排除する。


 一度でもこの壁から「有害である」と認められたものは何者(物)であれ絶対に壁の内側に入り込むことはできない。


 私が使った魔法とはそういうものだ。


 ()()()()

 

 この魔法は、私が主に用いる夢に関する魔法ではない。

 テンペスト君、彼にはすごい魔法だと簡単に説明したが、これはすごいなんてものではない。

 

 大地に宿る精霊に許しを乞い、精霊の力を借りて行使される『大魔法』レベルのものだ。


 いうなれば、妖精が作り出した壁。

 その壁に有害か否かを判断される。

 判断され、有害だとされればこの魔法が有効である限り、絶対に、壁の内側には入れない。

 そういう魔法を、私は今使ったのだ。


 そして私は生涯、この類の魔法を扱える魔法使いは二人しか見たことがない。


 ……長い、私の生涯において。


「…………」


 町の中から森を見る。


 光の壁越しの世界は今、まさに地獄と見間違うほどの世界に変貌を遂げている。


 荒々しく風が吹き、なにもかもがめちゃくちゃに空に巻き上げられ、轟く雷鳴がそれらに落雷として更に一打を与えている。

 猛烈な嵐の中で、空では火花が散っているのだ。


 巨大な嵐が幾重もの竜巻を発生させているのか、光の壁一面を墨汁でも塗りつけているかのように真っ黒にしている。


「……私がこのレベルの魔法を使えてなかったらあなたどうするつもりだったのよ」


 ぼそっと、口から零れる。


 森の中、あそこできっとユーテルは例の猛獣とやらと対峙しているのだろう。


 この規模で力を使えるならどんな猛獣相手であろうと問題はないはずだ。

 

 懸念すべき点があるとすればそれは――。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 槍みたいな雨が地面に突き刺さる。


 殴りつけるような風が地面すら抉る。


 どんな太さの幹を持つ木だろうと鋭利な爪で引き裂かれたみたいにみんな空に舞い上がる。


「この風の強さでも吹っ飛ばないんだね」


 だというのに。


 目の前には依然として、巨大なバケモノが二足歩行のまま立ち塞がっている。

 

 この大嵐の中、四つん這いになって態勢を下げてくれるのではないかと期待したがどうやらそれも期待外れのようだ。


 よく見れば後ろ脚の爪をかなり深く地面に突き刺しているようで、それで二足歩行を保っているのだろう。よくもそんな器用な芸当ができるものだ。

 

 でも逆に考えれば、それくらい踏ん張っていなければ二足歩行でいられない事でもあり。

 そんなに踏ん張っているという事は、他のことに対してあまり気を張れないという事でもある。


「付け入るスキはいくらでもある、よね!」


 ボクは今、宙に浮いている。


 この気象状況も、天災も、風も雨も雷でさえ、いわばボク自身によって作り出されたものだ。

 自分で作りだした状況下で、自分がどんなふうに立っているか、なんて自在にコントロールできる。


 誰しも立つことも座ることも、その場から走り出すことも、小さく飛び跳ねることだってできる。自由に、自分の意志で。

 それらを自由に選べるだけの、状況下であれば。


 ボクの力によるボク自身の状態というのは、いうなればそういうことなのだ。


 でも想定外だったのは、目の前のこのバケモノがこの大嵐の中でも吹き飛んでいかないことだ。

 ボクの想定が甘かった、といえばそれまでだけど、空を真っ黒にして森一面を禿げさせてしまうんじゃないかというレベルの突風を吹かせているというのに、それでも吹き飛んでいかないというのは想像のレベルとして本当に足りていなかったんだろうか。

 

 なんて、そんな事を今思考してどうするんだろう。


 ……いや、そう考え込めるだけ、ボクには余裕がある。


 だって、目の前のバケモノは相も変わらず、吹っ飛ばされないように精一杯、ただ地面に爪をめり込ませて、四足地面に付けた方が明らかに安定するのに見栄を張っているのか、頑張って二足歩行を維持している。

 威嚇のつもりかなんなのかは知らないけれど両脚で立ち上がり、その巨躯をボクに頑として見せつけている。


 いうなれば、それだけ。


「ふふっ」


 あれだけ威勢よく向かってきていたのに。


 圧迫感と恐怖を煽るような、意気揚々とそんな登場の仕方をしておいて。


 それでいて今このバケモノができるのがたったの、ほんの少しその程度でしかないのだ。


「ふふふっ……」


 だから。


 こんな状況であるにもかかわらず。


 ボク自身不思議なくらいに。


「アハハハハ!」


 何故だか自然と、不自然に笑いが零れる。

 

「グオオオオオオ!!!」


 そんな不遜な態度のボクを見て癪に障ったのか、目の前のただのバケモノは威嚇じみた咆哮を上げる。

 さりとて変わらず、バケモノはただの一歩も前に動けずに。


 いや、もうこんなのバケモノでもなんでもない。


「ただの二足歩行の獣、かな?」


 口角が勝手に上がる。

 

 笑みが零れる、どころではない。笑いがこみ上げるというか、笑わずにはいられないというか。

 

 満面の笑みって、やつ。

 

 ……良い気分だ。


 鷲掴みにした風を掌の上に集めて渦巻かせる。

 集まった風は一つの塊のように、丸みを帯びた白い風はまるでボールみたいに、掌の上でその形状を整わせる。


 揺らぎ、揺蕩い、掴みどころのない、空を切る風を、文字通り掴む。

 掴んで、固めて、丸めて、それでいて空を斬る『風』を掌の上で自在に操る。


 風は白い線を引いて、丸まったボールの中をぐるぐると螺旋を描くみたいに集まっている。

 

 ところでこの技、なんて名前を付けてやろうか。

 風が螺旋上に集まって弾丸みたいになってるから、螺旋が……いやいや、このまま名付けてしまうのはまずいな。なんかそんな気がする。

 

 嵐のような気候条件でないときっとこの技は上手くできない。嵐なくして丸く、円くはできない。

 

 ならば今、この技名は決まった。


「そこから動くんじゃんないよ、ケモノ!」


 だらだらと思考しながら目の前で踏ん張るヤツに目を向ける。

 変わらずそこに突っ立ったまま大した動きを見せないナマケモノに歩みを進める。

 

 と、いけないいけない。ボクは今、浮かんでいるんだった。


 せっかく浮かんでいて、今ならどんなに速く移動ができるのだから、そう動かないと。

 そう動くべきだと、そう感じた。


 突風の向きを変える。

 目の前のコイツを吹き飛ばすための風向きじゃなく、自分自身を今できる最速でコイツの元へたどりつける風向きで、風の強さで、風の形で。


「風でダメなら、物理でぶっ飛ばしてやるよ!!」


 脚の先にぶわっと風を集める。

 掌に集めた量よりも、ずっとずっとたくさんの風をこれでもかというくらいに。

 竜巻が両脚から伸びるみたいに。

 

「これでも喰らいな!!」


 ついさっき名付けた技名を口に出す。

 思いっきり息を吸い込んで。弾けるみたいに勢いよく風で押し出して。


 猛烈な風が吹き流れる。

 自分から目の前のナマケモノに向けて、とんでもない速度であふれ出す!


「ぶっ飛んでけぇぇぇっ!!」


 刹那。


 ボクとナマケモノの20メートル程の距離はただの一瞬で密着する。


嵐円(ランエン)ッッ!!!」


 全身の力を全て押し出して、右手に貯めた弾状の風の塊を思い切りナマケモノに押しぶつける。


「グオオオオオオオ!!!??」


 ナマケモノは突然自分の目の前に現れたボクにびっくりしたのか、はたまた自分の腹目掛けて風の弾がぶつかったことに驚いたのか、ナマケモノらしく情けない声を上げた。


 風の弾、嵐円はぶつかった瞬間その箇所にザキザキと風が空を斬るみたいに、ナマケモノの分厚い皮をいとも簡単にぐちゃぐちゃに切り刻んだ。

 螺旋を描いて渦巻いていたたくさんの風の層は、切り刻んでいきながら丸みを解消していく。抑圧から解放されるみたいに、どんどん、どんどん広がっていく。


 広がる風の刃が大きいだけのナマケモノの身体を包み込むくらいに広がって、広がった分だけ傷跡を増やしていく。

 そうして増やしながら、広がりながらボクが乗ってきた風の勢いと一緒に猛烈な勢いで叩きつけられた風がナマケモノの四肢すら切断していく!


「グアアアアアアア!!!!」


 苦悶の声をあげるナマケモノにボクは追い打ちをかけるべく、今度こそ四肢の捥がれたその巨躯を飛ばすべく、思い切り風をぶつけてやる!


「おらぁぁぁっ!!!」


 真正面からぶつかった巨大な風の塊が、ただただ大きいだけのナマケモノの身体をふわりと浮かばせ、あっという間に上空空高く舞い上がった!


 舞い上がりながら、どてっ腹にぶつけた嵐円は今も全身を切り刻み、空高く、空高くまで飛ばされたナマケモノは哀れな断末魔を上げながら巨体が嵐に吞まれていく様をボクはニヤニヤしながら眺めていた。


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