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青い光の壁

 

 風が荒れ始めている。

 

 相変わらず地鳴りは響き、真っ暗な森からは異様な気配を感じずにはいられない。


 そんな森の入り口で1人立ち上がることもできずにいた恐怖もある中、ソニアさんがこうして駆けつけてくれたことに少し安堵すらしている。


 ……さっき夢を見せる魔法をかけられて急に空高く飛ばされたというのがなければもっとこの人を信用できたかもしれないけれど。


 とはいえ状況が状況だった。ユーテルは一人森に入ってしまったし自分もなぜか両脚がいう事を聞かず立ち上がることもままならない今、頼れるのはソニオさんだけなのも事実だ。


「ソニオさん! ユーテルが今森の中へ!」

 

 縋るように声をかける。


「わかってるよ。それにしても両足が眠ったまんまの弟子を放って一人行くなんて、薄情な師匠だよね、全く」


 ソニオさんが何を言っているのか理解できなかったが、とりあえずソニオさんがここまで来てくれたのばとりあえず呼んでくるというミッションは達成された。


「テンペスト君、だったね。いきなり魔法をかけちゃってごめんなさいね。あとは私たちに任せて、そこでしっかりと見ておきなさい」


 そう言うとソニオさんはしゃがみこみ地面に掌をくっつけ、目を閉じて深呼吸した。

 

 何をするんだろう、と怪訝に眺めていると、ソニオさんは小さく呟き始める。


『……我が力を与え給うたこの地に根差す偉大なる妖精たちよ。

 今ここに我らが願いを聞き入れ給え。』


 ソニオさんは数秒前の雰囲気とは打って変わって、まるで神聖な神官かなにかのように見えた。


 掌をつけた地面がぶわっと暗く不気味に青く発光している。これはまさか、マホウ……なのか?


『其はこの大地を踏み砕く者。

 其は之に住まう民草を侵す者。

 其は咲き誇る花を荒らす者。

 其の邪悪を我らは許さず、我らは其を永久に拒絶する。』


 青い光はますます広がりやがて辺り一面に血管のように浮かび上がる。


『我が力を与え給うたこの地に根差す偉大なる妖精たちよ。

 我らが願いを聞き入れるならば、今ここに力を降ろし給え。』

 

 薄明るかった青い光は眩いまでに煌めく。町の遥か先の地面まで光っているようで、まるで光そのものが町全体を覆っているようだった。


『之は其を阻む壁。

 之は其を絶つ刃。

 之は其を喰らう夢。

 之は民を守る光。』


 青い光の輝きはより強く、より眩く、より遠くまで、より高く広がる。

 もう、その光を直視することはできない。

 昼間の太陽を直視できないのと同じように、青い光は一面を照らす。


『妖精の力の基に、我らを守り給え!

   ――シタデリス・オルビス!!!』


 町全体を覆っていた青い光がひと際強く輝く。きっとこれは町を守る城壁そのものであるのだろう。

 ちょうどその境目が自分が倒れこんでいる外側のようだ。


 さきほどまで吹き荒れていた風が静かになった、と思えば光の壁の外側では今でも風が吹き荒れ、枝が激しく揺れているのが見て取れる。

 目の前では台風が来ているかのような光景が広がっているのに、こちらには全く影響もなく音も聞こえない。

 家の中から窓ガラス越しに外を見ていたあの頃と同じ感覚だ。


「ふう、これでよしと」


 ソニオさんは作り上げた壁を見上げ、一仕事終えたように満足げな表情だ。


「これは……何ですか? マホウ?」


「そうよ、これは結構スゴイ魔法。詳しい話はあの生意気な師匠に聞きなさい。さ、これで私の仕事もおしまいだね」


「まってください! なんか俺立てなくて、ちょっと手を貸してくれませんか?」


 特に何か教えてくれそうなわけでも無く立ち去ろうとするソニオさんになんとか立ち上げてもらえないか聞く。


「ああそれはね、私の魔法のせい。君の下半身、今寝てるから。それに、今の君じゃユーテルのとこに行ったって邪魔になるだけだよ。ここで大人しく帰りを待ってなさい」


「え!? ちょっと、待って……!」


 有無を言わさず、ソニオさんはこちらの話も聞かず町に戻っていってしまった。

 ほんの少し前に魔法をかけられたことを謝られたのって、まさかこのことだったのか!?


 いや、それよりもユーテルは大丈夫だろうか…?


 身動きの取れない今の自分が心配するのはどこか違うだろうが、しかしユーテルとさっき話したときに獣を追い払うので精いっぱいだった、と言っていた。

 なんだかその言葉が心配を増幅させる。


 その不安を他所に、およそ生物から発せられたようなものとは思えないバケモノのような叫び声が森から聞こえてきた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ハっ…ハっ…」


 揺れ動き不安定な地面の上、耳を劈くほどのけたたましい唸り声の元へ走っている。


 普通に考えてこんな叫び声、というか鳴き声を上げるような獣に自分から近付くなんてありえないんだけど。


 でも、仕方ない。


 あの町と、彼を守るためにも少しでも町から離れた位置に移動しなくちゃならない。


 さっき、テンペスト君がボクに何か話しかけようとしたとき、風の流れが急に変わるのがわかった。


 次の瞬間に、まるで地震でも来たのかと思うような地響き。これは、この声の主の脚音だ。


 そうして勢い任せに森の中で全力疾走きめてるけど、マジめちゃくちゃ怖い! 森の中ガチ真っ暗! ほんっとありえない! 来るんじゃなかった!!


 心の奥から湧いて出てくる文句が止まるところも知らずぽんぽんそのまま口から出てくるが、まあ誰も聞いちゃいないので問題ないだろう。


 テンペスト君のことも気がかりだけど、あのソニオさんって人、すぐに来てくれそうだったし。


 そうやってしばらく走ってから月明かりが零れるところまでやってこれた。


「ん、ここ、今朝テンペスト君が目を覚ましたあたりだね」


 気付けば花畑が広がる綺麗な場所。昼間とは雰囲気も変わって、冷たい夜空の下流れる風が花々を優しく撫で~~~……


「グオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!」


 てるわけもなく~。

 吹き付けるのは明らかにやべえ獣の叫び声でした~。


「感傷にふけようと思ってたのに邪魔してくれちゃって。ほんっとに嫌なヤツだね」


 ここまでくるとさすがに苛々が勝ってくる。

 でも本気だすと花の町にも大きな被害が出てしまうことは明らかだった。


 力半分、にも満たないくらいで花の町の代名詞の花をあらかた吹き飛ばしてしまった。またソニアさんに怒られてテンペスト君が魔法を喰らってしまうわけにはいかない。


「でもこれさ……」


 地面が大きく揺れる。


 風の流れが激しく変わる。


 近付く地鳴り。


 鼻に突く生臭い獣の匂いが辺りを埋める。


 草木をかけき分けるかのように、いとも簡単に木々を倒しながら、ソレは姿を顕した。


「なんか昼間よりもでっかくない…?」


 昼間に吹っ飛ばしたやつは木と同じくらいの背の高さだった。


 だが目の前のコイツはどうだ?


 腰よりも少し上くらいまでしか木の高さが来てないぞ!?


「そんな巨体で二足歩行とかマジかよキミ!」


 人の腕程はあろうかという牙を持ち、人の体ほどもある爪を両前脚に携えたバケモノ。こんなの見たことも聞いたこともない。


 身長は優に15メートルは超えるだろう。昼間のあいつで7メートルくらいだったし、単純に倍以上はある。


「こりゃ……町ぶっ飛ぶ覚悟でボクも本気出さないとね……」


 そう拳を握りしめた刹那。


 背後から輝く青い光が森全体を照らす。


「!?」


 驚いて振り向くと、空高くまで伸びた青い光の束が壁のように並んでいる。あっちは町の方向だ。


 そうして一瞬で悟る。


「ははっ、ソニアさんってほんとにすごい魔法使いなんだね。初めて見たよ」


 あの光の正体が魔法なんだとすれば、ここからボクが多少本気を出したって全く町が困らないってことが保証されたものだ。


「グヲ゛ヲ゛ヲ゛ヲ゛ヲ゛ヲ゛ヲ゛ヲ゛ォォォォ!!!!!!!」


 鼓膜が破れたかと錯覚するほどの低く、重く、鈍くおどろおどろしい叫び声が、バケモノから発せられる。


「っるさいなキミは!!! もうちょっと小さく叫べんのか!!」

 

 うす暗かった森は魔法の光で青く明るく照らされる。

 不気味なバケモノの眼は光に照らされながらこちらを睨みつけてきている。

 鋭利な牙からは大粒の涎が滴れ落ち、今まさに獲物にあり付こうと飛び込もうとしている。

 両前脚に伸びる爪はどれもこれも致命傷を与えるには十分すぎるほど大雑把な大きさで、少し委縮してしまいそうだ。そう、少しね。


 力を両手に込める。


 風が自分を中心に廻り始める。


 雷雲が立ち込め、ぱらぱらと降る雨音が次第に風の音すら遮っていく。


 急な天候の変化にバケモノが気付き空を見上げる。激しく降りつける雨に目を少しそばめている。

 

「いつぶりかなぁ……手加減なしでやるのは」


 雷鳴が轟く。稲妻が真上の空を斬りつける。


 先ほどの威勢はどこへやら、バケモノは天候の異常に気を取られて唸り声をあげるのを忘れている。


 嵐が吹き付ける。


 踏みつけられた花畑も、そこらに落ちる小枝はおろか、無残に折られた木々も何もかも、この嵐が全てを攫ってくれる。


 気合は十分。

 調子も悪くない。

 町への被害も気にしなくていい。


 なら、もうすることは一つだろう。


 再度、拳を強く握りしめる。


 どす黒い雲が渦を巻くように空に円環を描く。


 自分たちの背後から通っていた青い光は、分厚い雲と風の壁に遮られ森は再び暗黒の世界へと切り替わる。


 稲光は空を割る如く四方に伸びて真っ暗な森を点滅させるように照らす。


 雨の強さは極地にまで達し、辺り一面は既に水没して水の嵩は足首をとうに超えた。

 

「……思いっきりぶっ飛ばしてあげるよ!」


 

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